第51話 友達が帰った後、突然?
天音が帰ってきた後、自宅で俺達は夏休みの課題をしつつ、ゲームや漫画を読んで遊んでいた。
そして夕方になったので、月野さんと日七瀬さんを玄関まで送る。
「じゃあ、私達は帰るわね」
「はふぅ。春彦様、天音様。し……失礼します」
天音がいると二人とも大人しいんだよな。
代わりに女子三人が仲良しオーラを全開にするので、俺は輪の中に入りにくい。
陽キャラでコミュ力のある男子だったら余裕なのかもしれないが、生憎と俺にはそんな社会適応能力はない。
彼女達が帰った後、リビングに戻った天音はさっきまでの楽しさの余韻に浸りながら、体を伸ばした。
「二人が来てくれて楽しかった」
「そうだな。俺達だけになると、急に静かになったような気がするよ」
「私達って騒いだりする性格じゃないからね」
俺も天音も、静かに時間を過ごすタイプだ。
こうして二人っきりになっても、はしゃいだりすることはない。
他のカップルならインスタやTikTokをしたりするんだろうか。
……と、その時だった。
「えいっ!」
何を思ったのか、天音が突然抱きついてきた。
「どうしたんだよ……」
「二人っきりになれたから、つい」
さっきまではいつものクールな態度だったのに、急に子供のように甘えてくる天音。
今までもこういうことはあるにはあったけど、ここまで急に態度を変化させたのは初めてだった。
タイミング的に月野さんと日七瀬さんが帰った直後……。と言う事は、もしかして……。
「もしかして、二人にヤキモチを焼いていたとか?」
「ヤキモチ、焼いて欲しかったの?」
「欲しいって言ったら俺が嫌な奴みたいになるけど、……まぁ、意識してくれるのは嬉しい……」
なに言ってんだ俺。
それってつまり、ヤキモチを焼いてもらえて優越感に浸りたいっていってるようなものじゃないか。
俺の言葉をどう受け取ったのか、天音は甘えた声でささやく。
「私の本音を知りたい?」
「教えてくれるのか?」
「いいよ。その代わり……」
間をおいて、彼女は言う。
「ぎゅっ……ってして欲しいな」
可愛い……。マジで可愛い。
女子達のリーダー的存在で、モデルもこなすクール系美少女が俺のためにこんなふうに甘えてくるなんて。
ぎゅってして欲しい? 違う……。俺の方からぎゅってしたい!!
思いっきり、すごく、力強く、ぎゅってしたい!!
つまるところ、俺は天音が好きすぎて、ぎゅってしたい!!
暴走寸前の感情を抑えながら、俺は優しく天音を抱きしめる。
「こ、こんな感じで、どうかな?」
「うん。いい感じ」
すると天音は、すーっと息を吸い込んだ。
「春彦の匂いがする。なんか、落ち着く」
「俺の匂いなんて汗臭いだけだろ」
「ん~。そういうのじゃなくてさ……。好きな男子の匂いって、香水みたいに感じるの」
「そういうものなんだ……」
落ち着いた天音は、ゆっくりと話を続けた。
「私がどう思っているのか、本音を知りたいんだよね?」
「う、うん……」
「えっとね……」
抱き合っているので顔は見えないけど、天音の声に恥ずかしさを感じる。
そんなに言いづらいことなのだろうか。
「ヤキモチは本当に焼いてないんだけど、春彦を独り占めしたいって気持ちはある……かな」
ヤキモチではないけど、俺を独り占めしたい?
つまりネガティブな感情とは別……ということだろうか。
「……俺は天音一筋だぞ?」
「うん。それはわかってる。でもそう言うんじゃなくてさ……、春彦の声も、匂いも、この感触も、全部私だけのものにしたいって気持ち……」
俺に抱きつく天音は、指に力をいれた。
「時々ね、すごくそういう気持ちが強くなる時があって、そうなると自分でも予想外の事をしちゃうときがあるの……。って、そんなことを言ったら、ヤバい女みたいだよね。はは……」
自分で言ったセリフが誤解されそうだと思った彼女は、あからさまに空笑いをして誤魔化していた。
だけど俺はわかっている。
そういう社会的な上っ面の理屈を抜きにして、好きな人ととにかく一緒に居たいという問答無用の感情は確かにあるんだ。
「いや、わかるよ。俺も……その……、天音の全部が欲しいって思う時があるし……」
「本当?」
「ウソを言う必要なんてないだろ?」
「じゃあ、私達の利害は一致しているんだね」
「そ……そうなるかな」
「じゃあ、もっと強く抱きしめて……」
それからしばらく、俺達は抱き合っていた。
お互いに手や指で、相手の体の感触を確かめ合いながら、じっくりと二人の時間を過ごした。
そして壁時計が午後五時を知らせるオルゴールを鳴らした時、天音はポツリと言う。
「今日の夜……さ。春彦の部屋に行ってもいい?」
えっ!? それって、つまり!!
■――あとがき――■
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