第44話 初体験のハンバーガー


 神社に散歩に行った後、俺達は街をぶらぶらと歩いていた。

 その時、天音が思い出したように言う。


「そう言えばさ。今日のお昼はどうする?」

「ん~。なんでもいいけど」

「またそれぇ?」


 おっと、うっかりしてた。

 天音って『なんでもいい』という言い方を嫌うんだよな。

 注意注意っと……。


 するとここで、天音が予想外の提案をしてきた。


「じゃあ……さ、ハンバーガーショップに行かない?」

「別にいいけど」

「そこでさ……トリプル旨々バーガーを頼んでみない?」

「え?」

「ついでに……フライドポテトとかも頼んでみない?」

「……」


 ハンバーガーの話をする時、天音の目が妙に怖かった。

 瞳の奥に執念の炎が宿っているように見える。


「もしかして天音って、ハンバーガーを食べたことないの?」

「お母さんの手作りならあるけど、ハンバーガーショップのものはまだなの」

「えー。そんなことあるのか? 友達と一緒に入ったりするだろ?」

「店に入ったことはあるけど、チキンナゲットとサラダだけなんだよね」


 ずいぶんと徹底しているな。

 カロリーを気にしてのことだろうか。

 

「ほら。私のお母さんってバリスタでしょ。それで味覚を保つためにファーストフードは控える習慣がついちゃってるのよ」

「じゃあ、インスタントラーメンとかコンビニ弁当も?」

「うん。絶対禁止って言われてるわけじゃないけど、お母さんがそうしてるから私もつい……ね。……はは」


 なるほどね。そういうことか。

 言われて見ると葉子さんが作る料理って、味はしっかりしていても優しいんだよな。


「そういえば葉子さんの作る料理を食べ始めてから、味覚が鋭くなったかも」

「春彦の場合は、ファーストフードに偏り過ぎだって」

「それは……、まぁ……、反省してるけどさ」

「でも春彦ならわかるでしょ? 時にはカロリーの暴力にさらされたいっていうか、自暴自棄への憧れって言うか」

「ハンバーガーでそこまでオーバーな表現は普通しないけどね」


 でもここまで聞いて、ようやくわかってきたような気がする。

 天音がモデル体型を維持できているわけは、どうやら葉子さんの食事の影響が大きいみたいだ。


   ◆


 駅前に向かった俺達は、ハンバーガーショップに入った。

 レジカウンターへ向かうと、店員さんがさわやかな笑顔で応対してくれる。


「いらっしゃいませ~。ご注文はお決まりですか? スマイルはゼロ円ですよ」


 さて。今日は何にするかな。

 とりあえず新商品を食べてみたいところだけど……。


「天音はトリプル旨々バーガーにポテトだよな?」

「ちょ……ちょっと待って。てりやきも食べてみたいし、月見エッグも……。あぁ……どうしよう……」


 ……めっちゃ迷ってる。


 今どき、ハンバーガーショップでここまで真剣に悩む人っていないよな。

 とはいえ、天音にとっては初めてのファーストフードだ。

 緊張しても仕方がないのかもしれない。


 するとここで、店員さんが別のメニュー表を取り出した。


「今なら武士バーガーと炙りベーコンサラダバーガーがおすすめですよ。ちなみにスマイルはゼロ円です」


 おっ! これって確か、今CMでやってるやつだ。


「じゃあ、俺は武士バーガーにするよ」

「あ、じゃあ私……、ぅぅ……。炙りベーコンサラダバーガーも美味しそうね……。でも、トリプルの暴力的なカロリーも体験してみたいし……。よし! 決めた! 炙りベーコンサラダバーガーで!」


 悩みに悩んだ末、天音もようやく注文が決まったようだ。

 それから俺達は一緒に飲むドリンクを選ぶ。


「はい、ご注文を承りました。スマイルはゼロ円でぇす」


 こうして購入した食事をトレイに乗せ、俺達は外が見える窓際の席へ向かった。


 席に着くと、天音がソワソワしているのが目に入る。

 ははは……。本当に食べたかったんだな……。


「じゃあ、食べるか」

「うん」


 包み紙の口を開いて、天音は小さな口でハンバーガーをガブリと食べる。

 一口が小さいので、端っこの方しか食べれていないが、それでも彼女にとっては嬉しい瞬間だったみたいだ。


「っ~~~~~!! 美味しいぃ~!! 春彦と居ると、新しい体験ばっかりね」

「本当にオーバーだなぁ……」

「初体験の感動を好きな人と共有したいの。わかるでしょ?」

「えっ!? 初体験!?」


 突然言われた『初体験』という言葉に、俺はビクッと体を震わせてしまう。


 初体験ってつまり……その……、男と女の……初めてのこと……ってことか?

 もしかしてハンバーガーショップに誘ったのは、遠回しに初体験を求めている合図!?


 いやいや……、それはいくらなんでも飛躍しすぎだ。


 でも、今夜俺達は二人っきり……。なにかあってもおかしくない!

 うわぁぁぁぁぁ!! 意識し始めると変な妄想が止まらなくなってきた!!


 天音はというと、俺があたふたしている意味が分からずキョトンとしている。

 だが、さっき言った『初体験』という言葉の意味に気づき、ジト目で俺を見てきた。


「春彦……。今、エロいこと考えたでしょ?」

「えっ!? いやいやいや! 考えてないって!」

「本当? あやしいなぁ」


 でも、これから一週間。

 俺達は二人っきりの夜を過ごすんだ……。


 今さらだけど緊張する。



■――あとがき――■


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