第39話 天音のエプロン姿
その日の夕方。
授業を終えて自宅に戻った俺と天音はリビングでくつろいでいた。
「そろそろ今日の夕食を作るけど、食べたいものとかある?」
最近は葉子さんが早く帰ってくる場合が多いけど、基本的に夕食は天音が作っている。
もちろん一人では大変なので、俺も洗い物や掃除を手伝ってサポートしていた。
しかし、食べたいものって言われると、なんて答えていいかわからない。
あまり手間のかかるものは迷惑だろうし、天音の好みだってあるだろう。
「天音の作るものなら、なんでもいいぞ」
すると天音はわざとらしく困った表情で抗議する。
「あのね……。なんでもいいが一番困るんだけど……。う~ん、それじゃあ……肉じゃがでいい?」
「肉じゃが? あれって時間がかかるんじゃ……」
「レンジを使った時短テクニックがあるのよ。味も染みて、結構おいしんだから」
「へぇ、そうなんだ」
それから天音は髪を後ろでまとめて、薄い水色のエプロンを掛けた。
天音が使っているエプロンはシンプルなデザインで、後ろで腰ひもを結ぶタイプ。
彼女の綺麗なボディラインがハッキリとわかるので、なかなか魅力的だ。
天音は胸の大きさを気にしているらしいけど、標準的な大きさだし、むしろバランスが取れていて美しいと思う。
くぅ~! エプロン姿の天音を見ているだけで幸せだ!
一方、天音は手早く調理を進めていた。
ボウルに切った食材を入れてラップをし、レンジに入れてタイマーをセット。手慣れたものだ。
そして俺の視線に気づいて、彼女は照れくさそうに唇をすぼめた。
「もうっ。ジロジロ見ないで。恥ずかしいでしょ」
「ははは、ごめん。天音のエプロン姿を見ると、なんか落ち着くから」
「そうなの?」
「うん」
エプロン姿の天音を見ていると、なんだかこのまま結婚して幸せな家庭を築けるんじゃないかな……なんて考えちゃうんだよな。
すると天音がちょこちょこと近づいてきた。
「そ……、そういえばさ。まだ前からハグをしてもらったことがないんだけど……」
「え? そうだっけ……」
「うん。今なら両親もいないし、調理はレンジで加熱中だから手持ち無沙汰だし……。さ……さびしいし……」
「天音……」
うわぁぁぁっ!! なんだ、この可愛すぎるカノジョは!!
そんなことを言われたら、理性なんて無視して抱きしめたくなっちゃうじゃないか。
「じゃ……じゃあ……。い、いくぞ?」
「うん」
俺は緊張しながらも天音を抱きしめた。
エプロンの布地の感触が心地よく、そのことが彼女に触れているという感動をより強調してくれる。
柔らかくて、暖かくて、癒される。
俺の、俺だけの天音だ。
するとなぜか、天音がうめき出した。
「ぅぅぅぅ~~~~~っ! どうしよう、春彦ぉ~!」
「なに?」
「幸せ過ぎて、どうしていいかわかんないよぉ~~~~!」
かわゆすぎか!!!!!
さらに天音は言葉を続けた。
「ま、また……、キスする?」
「そ、そうだな。しよっか」
「うん」
そうして唇を近づけようとしたとき……。
チーン……と、レンジが調理終了の音を鳴らした。
くっそぉ……いい時に……。
もうちょっと空気を読んでくれよ、レンジ先生!!
「レンジの過熱が終わったけど……」
「だ……大丈夫。このまま続けよ」
そうだよな。こんなところで止まれないよな。
俺達は再び、キスをしようと唇を近づけた。
だが今度は、『ピーッ!』と笛付きヤカンが音を立てる。
「ヤカンが鳴ってるけど……」
「ちょっとだけなら大丈夫よ」
……なんかもう、ムードもへったくれもなくなってきた。
こうなったら意地でもキスをしてやる。
そう思った時、今度は玄関のドアが開いた。
「ただいまぁ~!」
この声は父さんだ……。
普段は遅いけど、最近帰ってくるのが早いんだよな……。
でも、よりにもよってこんなタイミングなんて……。
ことごとくキスを妨害されてムスッとした表情をする天音に、俺はなぐさめるように言う。
「父さんが帰ってきたから、今日はここまでにしようか」
「うん……」
不謹慎ではあるが、いじけている天音もすごく可愛い。
帰ってきた父さんはリビングのドアを開いて、大きな声で挨拶をする。
だが、そのテンションが妙だった。
「やぁ! 春彦に天音ちゃん! 今日も素敵な学園生活をエンジョイしていたかい!!」
「と……、父さん。……どうしたの?」
「どうもしないさ! 俺は今はこの世界のすばらしさに感動をしているんだ! あぁ! 空が青いなー!」
「今は夜だよ?」
なんだろう……。
もともとテンションは高めだけど、今の父さんは変だ。
すると今度は葉子さんが帰ってくる。
「ただいま」
その声を聞いた父さんは、素早く葉子さんのところへ駆け寄った。
「葉子様ぁぁぁぁーっ!! よくお帰りになられました! ささっ! この椅子のおかけくださいませ!!」
「あらあら。しっかりお仕置きが効いたみたいね。よきに計らってね」
「ありがたきお言葉あぁぁぁぁぁぁーッ!! この純一郎、一生あなたについていきます!!」
ちょ……ちょっと待って!!
確かに朝、四十パーセントのお仕置きをするとか言ってたけど、人格が変わっちゃてるじゃん!!
もうこれって調教じゃん!!
葉子さん! いったい、お仕置きって何をやったんだ!?
■――あとがき――■
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