第38話 40パーセントの朝食


 水族館に行った翌日の朝。

 食卓のテーブルについた俺に、葉子さんが水を差し出してくれた。


「おはよう、春彦君」

「おはようございます」

「もうすぐ純一郎さんも来るはずだから、朝食はもうちょっと待っててね」

「はい」


 今日の朝食は目玉焼きに鮭の塩焼き。あとはお味噌汁。

 まさに母親の味って思えるようなメニューだ。


 冷凍食品だけだった以前の朝食と比べると、圧倒的に健康的だ。

 感激だよな。


 すると天音も食卓へやってきた。


「おはよ、春彦」

「おはよう。天音」


 挨拶を終えて目が合った時、俺達は同時に昨日キスをしたことを思い出し、お互いに真っ赤になって下を向いた。


 初めてのキスの感動はあまりにも衝撃的で、正直なところ記憶がとびとびになっている。


 とにかく嬉しくて、居ても立ってもいられないソワソワした気持ち。同時に現実感がないフワフワとした感覚。


 キスのなにがいいのかずっとわからなかったが、こんなに刺激的だとは思わなかった。


 昨日の水族館デートは、きっと一生の思い出になるだろうな。


 ここで隣の席に座った天音が訊ねてきた。


「そういえば霧咲さん達って、どうして水族館に来てたのかな?」

「ああ、それな。俺も気になってたんだ」


 霧咲さんが水族館に来た理由は、俺と天音のデートに乱入することだった。これは月野さんから聞いた話で知っている。


 でも、どうして俺と天音が水族館デートをすることを知っていたのかということは、未だにわからないでいた。


 とはいえ終わったことだし、今さら気にする必要もないかな。


 すると食卓に父さんがやってきた。

 起きて間もないということもあり、頭はぼさぼさで髭も生えたまま。

 おっちゃん丸出しという姿だ。


 だけど声だけは元気だった。


「二人ともおっはよぉ~!! 父さんだよぉ~!!」

「おはよう、父さん」

「おはようございます、純一郎さん」


 父さんは席に座ると、葉子さんが用意した水をグビグビと一気飲みした。


「ぷっはぁーっ! いっやぁぁ~! 爽やかな月曜日っていいよなぁ!! そうだ、葉子さん! 朝から搾りたてのチューハイなんてシャレオツじゃないかい!!」

「うふふ。純一郎さんったら、寝言は寝てほざいてくださいね」


 わお……。爽やかな朝に似つかわしくない葉子さんのキツイ一言。


 現在の我が社のカーストは、一位が葉子さん。二位と三位が俺と天音。その間にテレビやスリッパが入り、ず~っと下の方に父さんがいる。


 ここのところ、失言が続いたからな。


 でも俺は父さんのいい所を知っている。

 一見頼りないように見えて、実は懐が深くて優しんだ。


 暴走して止まらなくなる時もあるけど、それも持ち前の明るさがあってのことだと思っている。


 尊敬できるいい父親だ。うんうん……・


 ……と、ここで父さんはとんでもない話をし始めた。


「そういえば、春彦。デートはどうだった?」

「息子のデートの内容を聞いて来るなよ……」

「いいじゃねぇかよぉ~。父さん、知りたいんだよ」

「……まぁ、……楽しかったよ」

「そうか、そうか」


 ったくさぁ~。父親がデートのことを聞いて来るのはダメだろ。

 こういうのは母親には話しやすいけど、父親には触れて欲しくないんだって。


 だが、父さんの話は終わりではなかった……。


「実は昨日の朝の事なんだが、霧咲と話をしていたんだよな。んで、春彦たちが水族館にデートへ行く話をしたら、アイツ、娘の志保ちゃんにそのことを言ったらしいんだぜ。信じられるか?」

「はぁ?」


 え? ちょっと待って。待って、待って。


 ずっと気になっていたけど、霧咲さんが俺達のデートのことを知っていた真相ってこれってこと?


 じゃあ、昨日のドタバタの原因ってつまり……。


「じゃあ……、霧咲志保さんが水族館に来たのは、父さんのせいだったのか?」

「おいおい。俺のせいじゃなくて、霧咲のオヤジのせいだって! まー、問題はなかったんだからいいよな!! 結果オーライってやつだ! がーっはっは……。――はぐわぁっ!?」


 バカ笑いをしていた父さんの顔面を、葉子さんのアイアンクローが再び襲った。


 グギ、グガ、ガキ、グググガ……と、女性の握力とは思えない効果音が鳴っている。


 だが葉子さんは微笑んでいた。


「あらあら、純一郎さんったら……。私の知らないところで、ずいぶんふざけたことをやらかしていたんですね」

「よ……葉子しゃん!?」

「今日のお仕置きはどのコースがいい? 十パーセント? 二十パーセント?」

「ま、待って! 待ってくれ!! 志保ちゃんに話したのは霧咲で、俺じゃないんだって!!」

「四十パーセントで決定ね♡」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


 父さんの叫び声を聞きながら、俺と天音は静かに朝食を食べた。

 そして支度をして、制服に着替え、カバンを持って玄関に向かう。


「じゃあ俺達、学校に行ってくるよ」

「待ってくれ、春彦! 助けてくれ!! なぁ、おい!!」


 懇願する父さんの声が聞こえるが、俺に葉子さんを止める力はない。

 ゆるしてくれ。


 続けて父さんは、天音に助けを求め始めた。


「そうだ、天音ちゃん!! お母さんを止めてくれ!! 頼む!!」

「えっと……。純一郎さん。頑張って……」

「そんなぁぁぁぁぁぁっ!!」


 どうやら葉子さんを止めることは、天音にも無理のようだ。



■――あとがき――■


いつも読んで頂き、ありがとうございます。


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【朝の7時15分頃】になります。


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