第37話 間接キスと、その後と……


 イルカショーを終えた俺達は、水族館を散策していた。

 するとスマホに、月野さんからLINEが届く。


『私と日七瀬さんは霧咲さんを連れて帰るから、あとはゆっくりして』

『ありがとう、月野さん。それに日七瀬さんも』


 それにしても霧咲さんはなにをしたかったのだろうか。

 以前、『自分のモノになれ』って言ってきたけど、結局のところ霧咲さんは俺の事をどう思っているんだろうか。


 以前会った時も、あんまり俺に興味を持っていなかったように感じたけど……。


 まあ、今は考えても仕方がない。

 俺は天音と一緒に水族館デートを楽しむことにした。


 館内を一通り見終わった後は、屋外に設置されているペンギンコーナーへ。そこで可愛いペンギンたちの写真を撮影する。


 新しい思い出が増えていくことを実感しながら、俺達は楽しく時間をすごした。


 ……そして午後三時頃になり、そろそろ帰る時間になった頃、俺達は売店に立ち寄る。


「なあ、天音。ドリンクを買って行かないか?」

「うん」

「天音はなにがいい?」

「ん~。ミルクティーかな」

「わかった。じゃあ、俺はレモンティーにするよ」

「あれ? もしかして、春彦のおごり?」

「まぁな」

「やったね」


 普段はちょっと近りがたい空気をまとうクール系美少女の天音だが、今はそんな様子をみじんも感じさせない。

 彼女の天真爛漫な表情が、俺を癒してくれる。


 売店で父さん達へのお土産とドリンクを買い、俺達は駅に向かって歩き出した。


 建物を出て少し歩いたところにベンチが合ったので、俺達はそこに座ることにした。

 ビニール袋からミルクティーを取り出して天音に渡す。


「はい。これミルクティーな」

「うん。ありがとう」


 お互いにドリンクを飲みながら、空を眺める。

 まだ十分に明るい時間だけど、午後三時のまったりとした雰囲気が周囲に流れていた。


「もうすぐ、初めてのデートも終わってしまうな」

「うん。すごく楽しかった」


 天音のその言葉を聞いて、俺は不安に思う。


「俺、ちゃんとカレシできてたかな?」

「なにそれ?」

「いやぁ、テンパってしまうことが多かったから、大丈夫だったかなと心配になって……。はは……っ」


 正直、初デートの時はもっとリードをして、天音を喜ばせたいと思っていた。

 でも実際に今日の出来事を振り返ってみると、ただ単に一緒に遊んでいただけのようにも感じる。


 カレシとして本当にこれでよかったのだろうか……。

 そんな不安が、どうしても消すことができなかった。


 すると天音は、急に妙なことを言い出す。


「ねぇ、春彦。そのレモンティーを一口くれない?」

「ええ……。別に構わないけど、それって……」

「いいから。早く」

「うん……」


 俺が持っていたレモンティーを受け取った天音はひと口飲んで、すぐ俺に返した。


「間接キスもキスだよね」


 そう言って、天音は『にかっ!』と強気に笑って見せる。


「私達さ、たぶん他のカップルに比べたらスローペースなんだと思う。でも毎日少しずつ前進してると思うの。だから、無理に理想を実現する必要なんてないんじゃない?」


 そう……。天音は俺が不安を抱いていることを見抜いていたんだ。

 そして間接キスをすることによって、今日のデートは特別なものだったと伝えたかったに違いない。


 彼女のそんな気持ちが嬉しかった。

 俺は自分の感情を抑えきれなくなり、思わず叫ぶ。


「天音!」

「わっ! なに? どうしたの?」

「俺さ……。前にも行ったけど、ものすごく天音のことが好きなんだ。自分でもどうしていいかわからないくらい……、すごく……。とにかく好きで! 好きで……」

「……うん」

「上手に言えないけど……、好きなんだ!!」


 俺は思いのまま、思ったことをそのまま話した。

 きっとカッコ悪いセリフだろう。

 でも、今の俺にはこんな言葉しか思いつかなかった。


 すると天音は優しく、だけど甘い感情を込めた声で言う。


「私も好きだよ。春彦の事が好き。どんなことよりも好き。大好き。好き。ずっと好き。これからも、どんなことがあっても好き」


 そして彼女は俺に抱きついて、いきおいに任せるように唇を重ねた。


 やわらかい感触が伝わり、同時に天音への想いが暴走しそうなくらい高まる。


「先制攻撃は私がもらったから、次は春彦の番だからね」

「あ、ああ……」

「最高のシチュエーションでしてくれないと、怒るからね」

「わかったよ」


 こうして俺達の初デートは、初めてのキスで終わることになった。


 天音をこんなに好きになることができて、俺は幸せだ。



■――あとがき――■


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