第36話 暗闇の中のカップルたち


 いよいよイルカショーが始まろうとしていた。


 この水族館のイルカショー会場はドーム構造になっていて、天井が閉鎖することができる。

 つまり昼間でも夜と同じような状態にすることができるというわけだ。


 真っ暗な中、プールの部分だけがライトアップで照らされている。

 この水族館の名物・ナイトイルカショーの始まりだ。


「いよいよ始まるな」

「楽しみだね」


 ブルーの光によって幻想的に照らされるプール。そしてイルミネーションやレーザーによって演出される空間。

 そんな中をイルカたちは様々なパフォーマンスを繰り広げていた。


「ナイトイルカショーか。すごいな」

「……うん、綺麗」


 すると天音が手を握ってきた。

 いつもより『ぎゅっ』と握ってくる。


「春彦とこうしてイルカショーを見るのっていつ以来かな?」

「もうかなり前だよな」

「うん。あの時はお互いの両親と一緒に来たんだよね」


 天音と一緒にイルカショーを見たのは、確か小学一年生くらいのときだったと思う。

 高峰家と空野家で一緒に旅行に行って、水族館に立ち寄ったんだよな。


 あの時俺達は、二人そろって無邪気にイルカショーを楽しんでいた。

 そして今は恋人になって、一緒にショーを楽しんでいる。


 イルカショーは演出方法こそ変わって行くけど、基本となる部分は大きく変わらない。

 だからこそ、子供の頃に見たことを追体験できる。


 じんわりと沸き上がってくる感情が、すごく心地いい。


「ね、……ねぇ、アレ……」

「ん?」


 急に天音が俺の服をひっぱったので見てみると、すぐ近くでカップルがイチャイチャし始めた。


 わわわわっ! あの二人、何やってんだ!! 

 って、キスまでしてるし!!!


 でもイチャイチャしているのはそのカップルだけではなかった。

 よくよく見ると、周囲にいるカップル達それぞれイチャイチャしている。


 みんな、この雰囲気に呑まれているんだ。


 でも、わからなくはない。

 昼間なのに急に夜のようになって幻想的な空間が広がり、すぐ横に恋人がいる……。

 こんな状況だと、とにかく側にいる恋人を抱きしめたくなるのは必然だ。


 だって、今の俺がまさにそういう気持ちなんだから。


 すると天音がつぶやいた。


「あのさ……、春彦。……私達も……する?」

「それってつまり……」

「うん……。キス」


 もじもじしながら、彼女は身体を寄せてくる。


 天音の方から誘ってくるなんて……。きっと彼女もこの雰囲気に流されているのだろう。


 もちろん、俺だってしたい。

 だって俺はずっと天音のことが好きだった。

 こんなロマンチックな場所で初めてのキスをするなんて、夢のようじゃないか。


 でも……、と俺はこっそり横を見て、少し離れたところに座っているメガネ美少女をみた。


「あわわ……」


 そう……、今この場には月野さんが居るのだ!!


 月野さんは俺達の方を見ながら片手で口元を抑え、もう片方の手で身体を抑えている。

 さらに表情を戸惑いと興奮に染めて、あわあわと慌てふためいていた。


 まさかここでキスシーンに突入するとは思っていなかったのだろう。


 っていうかさ! なんでガン見してんの!

 メチャクチャ気まずいんだけどォォォ!!!!


「春彦……」


 天音が身体をさらに寄せ、目を瞑って俺に顔を寄せてきた。


 可愛い! 可愛すぎる!

 今すぐキスがしたい。

 だけど月野さんが見ている。


 ……どうする? やるか? もうやっちゃうか!?


 と、そこでさらに思いがけない状況であることを俺は知ってしまった。


「はわわ……。はわわわ……」


 少し前の方の席に座っている小動物系の美少女が、こちらを見ていた。

 そう――、日七瀬さんだ!!

 隣には霧咲さんもいる!!


 霧咲さんはこっちに気づいていないみたいだけど、日七瀬さんはとんでもない現場を見てしまったというような微妙な表情でこっちを見ていた。


 俺と目が合ったことに気づいた日七瀬さんは、困ってるのか、笑ってるのか、戸惑ってるのか、恥ずかしいのか、訳の分からない表情でニッコリ微笑んだ。


 人類史上初めてと言っていいくらい、微妙な笑顔だ……。


 知っている女子二人に見守られながら初めてのキス!?

 なんなんだよ、この超ヘビー級の状況はさぁぁぁぁぁぁ!!!!!!


 天音の唇が近づく!

 月野さんがさらに奇妙な悶え方をし始める!!

 日七瀬さんがより微妙な表情をして笑う!!!!! 

 霧咲さんはまったく気づかずイルカショーを見ている!


 なんなんだよぉ、この状況!!

 どうしろって言うんだよ!!

 泣くぞ、泣いちゃうぞ!! うわぁぁぁぁ!!


 その時、水族館のスタッフのアナウンスが流れた。


「これにてナイトイルカショーを終了しま~す! 皆さん、ありがとうございました!」


 いつの間にか、イルカショーは終わっていたのだ。

 ドームが開き、会場に太陽の光が戻ってくる。


「あはは……。なんか、タイミングを逃しちゃったね」

「あ……、ああ」


 こっそり月野さんと日七瀬さんを見ると、二人ともメチャクチャ気まずそうに下を見ていた。


 まぁ……、そうなるよな……。



■――あとがき――■


いつも読んで頂き、ありがとうございます。


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投稿は一日二回

朝・夕の7時15分頃です。

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