第34話 水族館の散策


 水族館に入場した俺達は、まず最初にあるエリアに到着した。

 薄暗い通路には川辺を模した水槽が設置されている。


 小魚を始め、アナゴやうなぎといった生物がいて、この水族館がイチオシしてるオオサンショウウオがのんびりとくつろいでいた。


「オオサンショウウオって、なんか可愛いよね」

「可愛いか?」

「可愛いよ。この『ぬぼ~』ってしたところとかさ」

「あはは。天音、今の言い方面白いって。『ぬぼ~』って」

「ちょっと、そこだけ切り取って笑うのやめてよ」

「ぬぼ~」

「ふふふっ。春彦の方が面白いじゃん」


 俺達、こんな風な会話をするの久しぶりかもしれない。

 めずらしい生物を見ているからなのか、気持ちがなんだか純粋になっているような気がする。


 こんな調子で楽しみながら先に進むと、フ筒状の水槽が柱のように立ってた。

 そしてその中から一匹のゴマフアザラシが、こちらを見るように浮かんでいた。


「あ、見て。アザラシがいるよ」

「本当だ」


 水族館の人気者と言えばアザラシだけど、こんな風に自分と同じ目線で、さらに至近距離で見ると、今までとは違った魅力に気づくことができる。


 なんて言うか……抱きしめたくなる可愛さだ。


「こうしていつもと違う動物の姿を見ると、急に好きな気持ちが高まったりしない?」

「わかる。愛らしいっていうか、今まで以上に好きになるっていうか」

「そうそう。それそれ」


 入場前はどうなることかと心配したけど、今のところ水族館デートは成功のようだ。


 天音も楽しそうだし、言う事なしだな。


 それにしても水族館ってこんなに楽しかったんだ。

 陰キャの俺にはハードルが高いスポットと思っていたけど、こんなに楽しいのなら何度でも来たくなる。


 しばらく歩くと、今度は暗いエリアに入った。


 そこは深海をイメージしたゾーンで、クラゲが幻想的なイルミネーションのように展示されている。


 ゆっくりふわふわと動くクラゲがピンク・イエロー・ブルーと様々な光で彩られる光景は、まさに異世界に迷い込んだような感動があった。


「ふぅん。いいね、こういうの。なんていうか落ち着く」


 うっとりとした様子で天音は俺の手を握った。


 細くて、綺麗で、優しくて、守ってやりたい。

 そんな感情を呼び起こしてくれる、とても可愛い手だ。


 なんか、すごくいいムード……。本当に幸せだ。


 ……と、ここで近くにいたカップルがイチャイチャし始めた。


 年齢的に俺達より少し上の大学生くらいだろうか。

 女性の腰に手を回した男性が、さりげなく顔を寄せる。

 すると女性は甘えるように男性に抱きついた。


 うっわ……。すっげぇ自然にイチャイチャしてる。

 

 でもすぐ近くでそんなことをされると、こっちとしては気まずいんだけど……。


 カップルが去って行った後、天音が恥ずかしそうに訊ねてきた。


「あのさ……、カップルってもしかして、あれくらいイチャイチャするものなの……」

「どうなんだろ……」

「私達もやってみる?」

「今?」

「うん。っていうか、やって欲しい」


 そう言われると、……うん。やるしかないよな。

 っていうか、実は俺もやってみたかった。


 俺はなけなしの勇気を振り絞って、天音の腰に手を回した。


「こ……こうかな」

「んー。もうちょっと力入れてもいいよ」

「そ、そうか。じゃあ……こんな感じ?」

「うん。いいかも」


 そして俺は思う。


 ほっそぉぉ!! なにこれ、天音の腰ってこんなに細かったの!!

 なんていうのコレ! なんか男の体と全然違う!!! 一種の感動だよ!!


 華奢な女の子の可愛さってこういうところにあるのかな。

 もう俺の心は今まで以上に鷲掴みにされていた。


 くっそぉ……!! 好きすぎる!!!


 すると天音は俺に体を寄せてきた。

 そしてさっきのカップルと同じように、俺の腰に手を回す。 


「なんかさ。水族館がデートスポットになるのってわかる気がする」

「というと?」

「水族館の楽しさって、彼氏といる時の感覚と似ていると思わない? 可愛いと思ったり、新しい発見をしてドキドキしたり、落ち着いて癒されたり」


 すると天音は、甘い声で静かにつぶやいた。


「それでさ、こうして暗い所で落ち着いてフワフワした気分の時に思うの。『あぁ……、私、今この人と幸せを共有してるんだな』って」

「天音……」


 俺達の間に流れる時間がとてつもなく緩やかになったような気がした。

 甘くて、甘くて、ひたすら甘い時間。


 そして天音の唇が目に入った。


 こ……これって……、キス……していいタイミングってこと?


 そ、そうだよな。

 俺達は恋人なんだから、キスをしてもいいよな。


 こうして見つめ合っていた時だった。


 じ~……っと、誰かの視線を感じる。


 見てみると、小さな男の子が俺達を凝視していた。

 そして突然、大声で叫び出す。


「ママー。このお兄ちゃんとお姉ちゃん。チューしようとしてるよー。早く来て―!」

「こら。邪魔しちゃいけないでしょ。こっちに来なさい」

「やだぁー! チュー見たい! チュー!」


 やめてくれぇぇぇぇ!!!

 大声で叫ぶのはやめてくれぇぇぇぇぇ!!!


 あまりの恥ずかしさに俺は完全に硬直した。

 天音はブルブル震えて、俺の身体に顔を埋めている。


「つ……、次に行こうか」

「そうね……、うん」



■――あとがき――■


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