第33話 水族館の前の広場で

 

 電車を降りた俺と天音は、駅のホームを見渡した。


「とりあえず、無事に水族館に到着できたな」

「でも月野さんがどっちに行ったかわからないから、本当に図書館にいったのかどうかわかんないよ?」


 まさか月野さんも同じ電車に乗ってるとは思わなかったな。


 月野さんはいつも俺と天音を応援するって言うけど、いざとなるとすぐに修羅場に突入するからな。

 しかも色仕掛けのパターンが多いし……。


 もちろん俺は月野さんの大きな胸とかに惑わされたりはしない。


 以前、彼女が水色のブラを付けていたところを見た事があるけど、全然これっぽっちもやましい気持ちは抱いていない。


 なぜ未だに月野さんの下着が水色だったことを覚えているのかと訊ねられると……、まぁ……、そこは不可抗力というか、刺激的だったからなのだけど。


「まぁ、考えても仕方がないよ。もし水族館に月野さんが居ても、バッタリ会う事なんてそうそうないだろ」

「それもそうね」

「じゃあ、気を取り直して行こうか」


 こうして俺達は駅を出て、すぐ傍にある水族館へ向かった。


 水族館の入口は大きな広場になっていて、多くの観光客でにぎわっている。


 家族連れやカップルたちが楽しそうに歩いている光景は、見ているだけで幸せになれた。


 俺と天音も、他の人からお似合いのカップルとか思われてるのかな。


 そんな事を考えていた時、聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえた。


「お嬢様~! どこですか、お嬢様~!!」


 こ……この声は……。


 ゆっくりと声の方向を見ると、私服姿の日七瀬さんが大声で叫んでいた。


 えぇぇ!! なんでここに日七瀬さんがいるの!!!!


 日七瀬さんは天音と仲がいいけど、恋愛ごとになると急に攻撃的になるんだよな。

 ここはとりあえず、隠れた方が良さそうだ。


 俺は天音の手を引っ張り、慌ててすぐ近くにある建物に隠れる。


「ふぅ。とりあえず、今のところは見つかってないみたいだな」

「なんで水族館に、日七瀬ちゃんがいるの……」

「様子から察するに霧咲さんを探しているみたいだけど……」

「それってつまり……、霧咲さんもいるってこと!?」


 もう一度こっそりのぞいてみると、日七瀬さんは霧咲さんを見つけることができたようだった。


「お嬢様、探しましたよ!」

「……ごめん。……すぐ傍にいたけど、気配を消し過ぎた」

「ナメック星のクリリンじゃないんですから、無駄に気配を消さないでください」


 二人はそんな話をしながら、水族館へ入っていった。


 しかし、まさか知っている人間が三人も周辺にいるとは……。

 これはかなり気合を入れないと、またトラブルになりかねない。


 すると天音は『はぁ……』とあきれたようにため息をついた。


「やっぱりこうなっちゃうんだ……。せっかく初めてのデートなのに……」


 そうだ。俺達にとって今回は初めてのデート。特別な日なんだ。

 記念になるそんな大切な日を、楽しめないなんてもったいない。

 今日は天音に、最高の思い出を残してやりたいんだ。


 よし!


「なぁ、天音。こんな状況だからこそ楽しんでみないか?」

「えっ?」

「知り合いに見つかるかもしれないデートって、なんかスリリングじゃないか。どうせなら他人が引くほどイチャついてやろうよ」


 強引でムチャクチャな理屈だけど、このまま見つかるかどうかをビクビクするより、楽しんだ方がいい。俺はそう思った。


 そんな突拍子もない言葉に、天音は笑って答える。


「ぷっ……。あははっ!」

「なんで急に笑うんだよ」

「だって春彦って、子供の頃からそうだもん」


 笑うのを止めた天音は優しい表情になる。


「普段は消極的な陰キャ体質だけど、私が落ち込んでいたり困ってる時は、いつもポジティブに振る舞って助けてくれたよね」

「そ……そうだったか?」

「うん。そうよ。……覚えてる? 小学二年生の時、キャンプ場で私が迷子になったことがあったでしょ」

「ああ、あの時は本当に焦ったよ。助けに行った俺も道に迷ったんだからな。今思い返すと、カッコ悪いよな」

「ううん、そんなことないよ。私、あの時本当に怖かった。でも春彦がずっと『大丈夫だよ。絶対に助かるから』って笑ってくれて、すごく頼もしいって思った。今でもあの時の春彦の笑顔、しっかり覚えてる」


 そして天音は俺の正面に立って、手を後ろで組み、最高を笑顔を見せる。


「きっと月野さんや日七瀬ちゃんも、春彦のそういうところが好きになったんだと思う。だって私が春彦のことをこんなに好きなっちゃった理由なんだもん」

「そ……、そこまで言われたら……照れるんだけど……」

「いいんじゃない? 照れてる春彦も可愛いし」

「茶化すなよ……」


 なんだか天音を元気づけようとしたら、俺の方が照れる羽目になってしまった。

 でも天音がどうして俺の事を好きなのかということを聞けて、すごく嬉しい。


「じゃあ、行こうか」

「うん」


 こうして俺達は手を繋いで水族館へ入った。



■――あとがき――■


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