第31話 次の目標は……〇〇だよね
日曜日の朝。
今日はいつも以上に目覚めがよかった。
きっと父さんに天音と付き合うことを認めてもらって、気持ちがスッキリしたからだろう。
一階に降りて洗面台でうがいをしていた時、パジャマ姿の天音がやってくる。
「おはよう、春彦」
「お……、おう。おはよう、天音」
あっけらかんと挨拶する天音に、俺はうわずった声で返事を返してしまった。
そんな俺を見て、天音は首を傾げる。
「なに緊張してるの? は……、恥ずかしいじゃん」
「ごめん。でも、父さんに認めてもらったら、なんだか今まで以上に意識してしまって」
「まぁ……、わかるけど」
もちろん今までだって付き合っているという自覚はあった。
だけど両親から公認となったことで、天音との関係が一歩前進したと思うと、妙に照れくさい気持ちが沸き上がる。
未来が少しずつ開けてくる感覚が、俺の感情をふわふわとしたものにしていた。
それは天音も同じだったらしく、頬を赤く染めている。
「そ……、そろそろさ。私達もアレやっていいんじゃない?」
「アレって?」
「こ……恋人がやることって言ったら、ほら……。あるでしょ。キ……キス……とか」
「えっ!?」
今まで手を握るとか、肩が触れ合うとか、そんなスキンシップはしてきた。
だけどそれが精一杯で、キスをするところまで全く考えが及んでいなかった。
彼女と付き合ったらキスをする……。
当たり前の事なのに、俺にとってはとてつもなく大きな壁のような気がした。
「えっと……。まぁ、そうだよな。うん、わかってる」
とりあえず余裕を見せようと言ってはみたけれど、声が震えてる……。カッコ悪いなぁ、俺……。
すると天音はとんでもないことを聞いてきた。
「ところでキスってどうするの?」
「え……。そこから?」
「じゃあ、春彦はわかってるの?」
「いや……。いきなり言われるとわからないけど……」
言われて見るとどうなんだろう。
なんとなく映画やアニメだと普通にしている印象があるけど、実際にやろうとすると一大決心だよな。
とりあえずスマホで調べるか。
こっそりスマホを取り出した時、隣で天音がスマホを操作しようとしている場面が目に入った。
「天音……、何してるの?」
「えっと、グーグル先生に相談してみようかなと思って……。春彦は?」
「グーグル先生に相談……」
洗面台の前で俺と天音はスマホを持ったまま、しばらく沈黙をした。
恥かしいような、もどかしいような、なんとも言えない微妙な空気だ。
「今思ったんだけど、私達ってかなり恋愛に疎いのかな?」
「そんなことないだろ。だって付き合って間もないのに手を繋いだんだから」
「そう……よね。付き合った瞬間に手を繋ぐなんて、あり得ないよね」
「うん。俺達が正しい……はず……だと思う」
本当に恋愛が下手なら、きっと手を握ることすらできないだろう。
つまり俺達は普通なのだ……。
きっと……そうだよな? むむむ……。
「春彦……」
ふと……天音が俺の手に触れてきた。
こんな話をしたから、俺のことが恋しくなったんだろう。
もう、なんて可愛いんだよ。こいつは!!
その時だった――!
「二人とも、おはよう」
「「ぴぎゃっ!?」」
おっとりした口調で挨拶をしてきたのは現在我が家のカーストトップの葉子さんだ。
いつものほほえみを崩さず、今日も圧倒的な存在感を放っている。
「ふふふ。二人とも初々しいわね。手を繋ぐくらい、私は気にしないのに」
「そういうものですか?」
「もっとも、わざと足音を立てないようにして、こっそり近づいて、タイミングを見計らって声を掛けたんですけどね」
「まさかの計画的犯行!?」
葉子さんって前々から思っていたけどこういうイタズラ好きな所があるんだよな。
いい人なのは間違いないけど、油断はできない人だ。
葉子さんは俺達に近づいて、楽しそうに訊ねてくる。
「ところで今日は日曜日だけど、二人とも時間は空いてる?」
「はい。なにかあるんですか?」
「うふふ。じゃあ……はい、これ」
そういって葉子さんが手渡してきたのは、二枚のチケットだった。
「これは……水族館のチケット……ですか?」
「再婚してからずっとバタバタしてたでしょ。それで二人に楽しんでもらおうと用意してたの」
「俺達のためにここまで……」
「本当は家族四人で行くつもりだったけど、せっかく公認の恋人になったんだから、二人でデートに行ってらっしゃい」
そして葉子さんは俺に近づいて、こっそり耳打ちをしてくる。
「水族館はキスをするにはちょうどいい場所だから頑張ってね」
「そんなところから聞いていたんですか……」
「うふふ。応援してるわ」
こうして俺と天音は、水族館にデートへ行くことになった。
■――あとがき――■
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