第30話 カミングアウト
父さんに天音と付き合っていることを話す。
そう決めた俺は天音と一緒に一階に降りた。
「父さん、話があるんだけど……」
だけどリビングには、お茶をすする葉子さんだけしかいなかった。
お仕置きをするから一時間だけ上に上がっていてくれって言われたけど、父さんは一体どこへ……。
葉子さんに近づいた俺はおそるおそる訊ねる。
「あの……、父さんはどこに……」
すると葉子さんは部屋の隅を指さして、ニッコリと笑った。
「あそこ♡」
見ると、そこには疲弊しきってへたり込む父さんがいた。
余りにも焦燥しきっているので、まるでゾンビみたいだ……。
「ォァ……。春彦ォ……、ァ……。ァ……」
「父さん!? この一時間で何が!?」
すると葉子さんは爽やかに説明をした。
「大丈夫よ。ちょっぴりお仕置きしただけだから」
「ちょっぴりですか!?」
「ええ。ちょっぴり♡」
いったい葉子さんのお仕置きって何だったんだ……。
知りたい気持ちはあるけど、聞くのが怖い。
とりあえず父さんが回復するのを待ってから、俺達家族四人は再びダイニングテーブルを囲んで座った。
「んっん……。それで春彦。このイケてる父さんに話ってなんだ? どーんと聞いてくれ!」
さっきゾンビみたいになってたのに、もういつもの調子だよ。
並のメンタルじゃないよな……。
「実は……、その……。俺、天音と付き合いたいんだ。……正直に言うと、もう告白してる」
「そうか……」
そうつぶやいた父さんは腕を組み、真剣な表情で頷いた。
「実はな、二人のことは知ってたんだ」
「えっ!?」
「葉子さんから、お前達が互いに恋愛感情を抱いているかもしれないから応援できないかと相談されていて、俺もどうしていいか考えていたんだよ。もっともすでに付き合ってるという話は今初めて聞いたんだが」
「そうだったんだ……」
すると父さんは顔を上げ、今までにない真剣な表情で俺を見た。
それはまさに男の顔という感じで、一瞬俺はたじろいでしまう。
父さんは真っすぐ俺を見て、話を続けた。
「だがな、春彦……。男親にとって再婚相手の娘さんをどう守っていいのかというのは、お前が考えている以上に慎重な問題なんだ」
「慎重な問題?」
「男と女では体の作りが違うし、考えていることも違う。ましてや俺は天音ちゃんのことをそれほど知ってるわけじゃない。もし二人が付き合ってうまく行かなかったとき、同じ家に住み続けるのはストレスになるだろう。それでもいいのか?」
言われてみれば、俺は天音のことを大切にしたいと思っていても、どう大切にしてやればいいのかというところまで、まだ考えが及んでいない。
父さんを説得するために少しは将来のことを含めて考えたけど、きっと今のままでは足りていない部分はあるだろう。
でも……、天音のカレシで在り続けたいという気持ちは揺るがなかった。
俺はどんなことがあっても、天音と一緒に居たい。
「父さん……。俺達は幼馴染で、お互いにいい所も悪い所もわかってる。もう天音がいない生活なんて考えられない。問題はあるかもしれないけど、やっぱり俺は天音と付き合いたいんだ」
さらに俺は言葉に熱量を込めて言う。
「勉強もちゃんと頑張るし、いい加減なことはしない。だから天音と付き合うことを認めて欲しい」
周囲に静寂が訪れた。
この場にいる全員が、俺の言った言葉をしっかりと吟味していることが伝わってくる。
しばらくして父さんが口を開いた。
「……よし、それならいい。俺が聞きたかったのはその言葉だ」
「えっ!?」
「もし状況に流されて付き合っていたら、きっと後悔していただろう。だがちゃんと覚悟を持って付き合うなら話は別だ」
「もしかして、俺を試すために?」
「そこまで大層なことじゃない。とりあえず最初は反対する姿勢を見せて、ちゃんと真面目に付き合うことを考えてもらおうと思っただけだ。男親なら誰でも考える陳腐なことさ」
「じゃあ、俺達、付き合ってもいいって事なのか?」
「ああ。絶対に天音ちゃんを泣かすんじゃないぞ」
「わかってるよ」
付き合ってもいい……。
父さんのその一言を聞いて、俺は嬉しさでいっぱいになった。
それは天音も同じらしく、立ち上がって喜びの声を上げる。
「純一郎さん……。いえ、あの……お父さん。ありがとうございます」
だが、これが失敗だった。
天音の言った『お父さん』の一言で、父さんは急にだらしない顔になり……、
「いやぁ~! 天音ちゃんにお父さんって言われちゃったら、嬉しぃなぁ~!! そうだ! 春彦が嫌なことをしたら、俺に相談してくれよ!! お父様パワーで癒してやるぜぃ!! がーっはっは!!」
「純一郎さん……」
「はっ!?」
デレデレていい加減なことを言う父さんを、葉子さんがアイアンクローで掴んだ。
「どうしてせっかくいい雰囲気だったのに、あなたはぶち壊すんですか……。ねぇ……」
「あ……えっとですね……。これは俺なりのムード作りというか……なんというか……」
「次のお仕置きは三十パーセントで行こうかしら。うふふふふふふふふふ」
「待って! 待って! 待ってェェェぇェェェ!!!」
こうして葉子さんは父さんを部屋に連れて行った。
これから三十パーセントのお仕置きが始まるのだろうが、明日父さんはどうなっているのだろうか……。
俺は隣にいる天音につぶやく。
「俺達よりあの夫婦の方が心配なんだけど……」
「私も同じことを考えてた……」
■――あとがき――■
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