第29話 葉子さんの……
霧咲さんの豪邸に行った翌日の土曜日。
自宅で夕食を食べていた俺は、一緒に食事をする父さんに許嫁の話をした。
すると父さんは豪快に笑ってみせる。
「わっはっは! なんだ、そんなことを気にしていたのか!!」
「そりゃあ、気になるだろ。大体、なんで許嫁みたいな話を軽々しくするんだよ」
「そりゃあ、ガキの頃のお前は志保ちゃんと仲が良かったからな。オッサン二人の話が盛り上がれば、ノリでそんな話になってしまうだろ」
そう言えば霧咲のお父さんもそんなことを言ってたな。
にしてもメイド達の噂になるほど広がるのは止めて欲しかったよ。
するとここで父さんは真剣な表情で考え出した。
「いや、待てよ! ……春彦が結婚したら、天音ちゃんに続いて志保ちゃんも俺の娘か……」
何を言い出してんだ、この人は……。
俺が呆れた表情になってることにも気づかず、父さんは勝手にしゃべり続ける。
「娘が二人……。いや待て! メイドの日七瀬ちゃんも一緒に来るかもしれないから娘三人かぁ!!! いいなぁ~っ! すごくいいなぁ!!! はっはは!!」
一人で勝手に妄想し、勝手に暴走し始めたぞ、このオヤジ……。
しかも、だらしない顔だなぁ……。
きっと三人の美少女に囲まれて、楽園気分に浸るような妄想をしてるんだろう。
自分の父親ながら情けない……。
っていうか、こんな所を見たら葉子さんは幻滅するんじゃないか?
そう思った次の瞬間――、父さんがうめいた!
「――はぐわぁッ!?」
葉子さんが父さんのおでこ付近を『ガシィッ!』と鷲掴みにした。
これってなんていうんだっけ……。そうだ! アイアンクローだ!!
「あらあら。純一郎さんったら、こんな時間に寝ぼけるなんて……。少しお仕置きが欲しいのかしら。ねぇ~~~~~」
「よ……葉子ひゃん!? ち……違うんだ!? い、今のは酔っぱらったオヤジ特有のノリで、本気では……!」
「うふふふふふふふふふふふふ。お仕置きのメニューは『地獄行き』と『地獄行き』と『地獄行き』だけど、どれがいい?」
「選択肢がみんな地獄なんですけどおぉぉぉぉぉ!!」
父さんの悪ノリは一度始まると寝るまで続くのに、それを力づくで止めるなんて。
葉子さんってすげぇ……。
そして葉子さんはニッコリと微笑んで俺と天音を見た。
「天音ちゃん、春彦君。ちょっと純一郎さんと話があるから、二人は二階で待っててくれる? 一時間は降りてきちゃ、だ・め・よ♡」
「「は……、はい……」」
◆
二階に上がった俺は、とりあえず自分の部屋に入った。
すると後ろからついてきた天音は俺のベッドに腰掛ける。
いつの間にか俺のベッドは天音のソファと化しているようだ。
俺は以前と同じように椅子を天音の前まで移動させて座った。
「いやぁ……、怖かったな」
「お母さんは怒っても笑顔を崩さないからね。私の経験では、まだ十パーセントよ」
「マジで? もしかして第二形態があるとか?」
「フリーザ様じゃないんだから、するわけないでしょ……。でも百パーセントになったら笑顔が消えるわ」
「冗談のつもりだったのに、本当に最終形態があったとは……」
葉子さんから笑みが消えた時の本気の怒りモード……。
ひゃ~、想像するだけでも怖いな。
すると天音はベッドの上をポンポンと叩いた。
「春彦。こっち座ってよ」
「ん? どうしたんだ」
天音の口調はいつものぶっきらぼうな言い方だけど、ベッドで並んで座るのってドキドキするんだよな。
緊張しながらもゆっくりと座ると、天音は俺に体をくっつけてきた。
昨日もお弁当を食べている時に同じことをしたが、今は生地が薄い部屋着ということもあり、彼女の感触がダイレクトに伝わってくる。
今まで以上にドキドキするかも……。
「へへっ」
「なんだよ。今日は妙に甘えん坊だな」
「なんか私達さ。一日ずつ恋人になって行ってるって感じしない?」
「というと?」
「最初付き合いだした時は嬉しい気持ちはあったけど、実感がなかったんだよね。でもこうやって少しだけ触れ合ったりするたびに、『あ~、私、春彦のカノジョなんだ~』って思えて……」
俺達がこうして同居生活をし始めて、まだ数日しか経っていない。
それでも確かに俺達の関係は少しずつ変化している。
じれったさは今までのままだけど、より心が近くなったという実感が俺にもあった。
「言われて見るとそうかも。同じ好きでも色っていうか、質が変わってきている気がする」
「でしょ」
すると天音は小声で甘えたようにつぶやく。
「手……にぎっていい?」
「待って。俺の方から握りたい」
「うん、いいよ」
ひざの上に置いてある彼女の手を握る。
すると彼女も俺の手を握り返してきた。
天音の想いがまるで流れ込んでくるようで、すごく嬉しい。
だからかもしれない。
俺はずっとくすぶっていた考えを口に出すことにした。
「あのさ。今日は父さんもいるし、思い切って俺達のことを言ってみないか?」
「でも、この前ダメって言われたのに……。大丈夫?」
「もし本当にダメなら、ちゃんと理由を聞かないと、今回みたいに無駄足をくりかえしてしまうだろ」
「うん。そうね。わかった」
■――あとがき――■
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