第28話 日七瀬ちゃんの憂鬱


 霧咲さんの自宅の豪邸の招かれた俺達は、客室で優雅なティータイムを楽しんでいた。


 煌びやかな食器に、香り高い紅茶。

 オシャレなテーブルの上に並べられたお菓子は、どれも美味しかった。

 やっぱりセレブってすごいな。


 だけど、この家の令嬢である霧咲さんは、テーブルの一番端で存在感を消してじっと座っていた。

 完全な無表情だから、何を考えているのか全然わからない。


「それにしても、霧咲さんの素の顔が陰キャ系の中二病女子だったなんて……」


 小声でそう話す俺に、小動物系女子の日七瀬さんが答える。 


「普段はクラスでも存在感がなく、教室の端でじっとしています。見栄えを変えても、素の性格は変えられませんから」

「……なんかそれ、同じ陰キャとしてすごくわかる。楽しく振る舞うのが疲れるんだよな」

「共感の仕方が悲しいですね……」


 うーん。でもこの状況は困ったな。

 せっかく一緒にお茶をしているのに、空気が重い。


 よし! 思い切って話しかけてみよう。


「そういえば霧咲さんは日七瀬さんといつも一緒だけど、何歳くらいの時に出会ったの?」


 すると霧咲さんはようやく話をしてくれた。


「日七瀬と初めて会ったのは九歳くらいだったかしら。彼女を一番理解しているのは、間違いなく私ね」


 ……と、ここで霧咲さんはチラリと天音を見る。

 その視線には挑発的な鋭さがあった。


 もしかして日七瀬さんの新しい友達になった天音のことを警戒しているのだろうか。


 百合アニメで見たことがあるけど、こういう女同士の戦いってすごい修羅場になるんだよな……。


 だが、事態はまったく予想外の方向へ向かうことになる。


「な……なにを言ってるんですか……」

「日七瀬?」

「なにを言ってるんですか! お嬢様はいつも、私の大切なものを奪っていくじゃないですか!!」


 そう言えば視聴覚室で襲われた時も、日七瀬さんはそんなことを言っていたっけ。


 きっと霧咲さんが言った『彼女を一番理解しているのは、間違いなく私ね』という言葉が気に障ったのだろう。


 だが日七瀬さんの言葉の意味が分からない霧咲さんは困惑した表情を浮かべていた。


「どうしたの? 私が何をしたっていうの?」

「覚えてないんですか! お嬢様はいつも……。ぅぅ……」


 急に押し黙る日七瀬さん。

 きっとメイドとしての立場から、本音が言えないのだろう。


 たまりかねた天音が俺に小声で相談をしてきた。


「春彦。これヤバいよ……」

「どういうことだ」

「私も詳しい事情は知らないけど、日七瀬ちゃんは何度も大切なものを奪われてストレスがピークに達してるの。このままだとケンカになっちゃう」

「でも一体なにを奪われたんだ? それがわからないと話が進まないよ」

「そうなんだけど、日七瀬ちゃんはそこは全然教えてくれないのよ」


 どうやらこの問題を解決するには、日七瀬さんが本音で話すことが重要のような。

 ちゃんと二人で話し合いをさせてやろう。


 そう思った俺は立ち上がり、日七瀬さんの近くまで行った。


「日七瀬さん。我慢ばかりしてちゃわからないよ」

「春彦様……」

「日七瀬さんと話すようになってわかったけど、本当は霧咲さんともっと仲良くなりたいんだよね? だったら本音で話し合ってもいいじゃないかな?」

「わかりました……。私、ちゃんと話します……」


 スーッと息を吸い込んだ日七瀬さんは、静かに目を開いた。

 そして正面に霧咲さんを見据えて、ゆっくりと唇を動かす。


「お嬢様はいつも……私の好きなアニメキャラをすぐに演じるんです!」


 はあぁぁぁぁぁっ!?

 なんだそれぇぇぇぇぇぇっ!!


 日七瀬さんの予想外のカミングアウトに、俺と天音は絶句して固まった。


 だが日七瀬さんは真剣に、霧咲さんに訴え続ける。


「そもそも悪役令嬢キャラだって、私が好きなアニメの主人公じゃないですか!!」

「そ……それはそうだけど……」

「わかりますか! 推しキャラを身近な人に演じられた時の喪失感を!! 熱量が一瞬にして冷める瞬間を!! コスプレならいいんです! でも日常生活で演じられると傷つくファンもいるんです!!」


 すると霧咲さんは立ち上がって、反論をし始めた。


「待って! 違うの!!」

「何が違うんですか!!」

「私はあなたと一緒に楽しみたくて、それで中二病のリスペクトにあなたの推しを選んでいたのよ!」

「えっ!?」


 自分のために推しキャラを演じていた。

 そのことを知った日七瀬さんは、目を見開いて驚く。


「じゃあ、私は今までずっと誤解をして……」

「私もごめんなさい。これからは気をつけるわ」

「お嬢様!」

「日七瀬!」


 ヒシッ! と抱き合う二人。

 

 まぁ……なんていうか、たぶん感動的なシーンなのかもしれないけど、その原因となった理由が『自分の推しキャラを中二病の対象にしたこと』だからなぁ……。


 呆然としていた天音はひきつった顔で言う。


「……ねぇ。帰っていい?」

「待て、天音。気持ちはわかるけど、もうちょっとだけ見守ってやろう」


 一方、感動的に霧咲さんと抱き合っていた日七瀬さんは、瞳を潤ませながら、極上の天使スマイルで俺を見た。


「春彦様、ありがとうございます。こうしてお嬢様と和解できたのも、春彦さまの一言があったからこそです」

「いや、感謝されてもさ……。この展開は予想してなかったから複雑な心境なんだけど……」

 


■――あとがき――■


いつも読んで頂き、ありがとうございます。


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投稿は一日二回

朝・夕の7時15分頃です。

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