第26話 屋上でお弁当を食べながら、まったりと~
昼休み。
人がいない学校の屋上で、俺と天音は弁当を食べていた。
のんびりと食事をしながら、登校中に日七瀬さんから聞いた話を思い出して、俺は思わずつぶやく。
「許嫁ねぇ……」
おかずの玉子焼きを口に運ぼうとしていた天音は、箸の動きを止めた。
「でも日七瀬さんの言い方だと、本当かどうかわからない噂話なんでしょ? それに今どき、親が決めた許嫁なんて何の縛りもないじゃない」
「まぁ、そうだよな」
日七瀬さんの話はあくまでメイドの間で広がった噂話。
信憑性は低いということだった。
だけど当人としては、そんな話を聞くと気になってしまう。
一方で、あの父さんが許嫁なんて面倒なことをするだろうか……という疑問はあった。
でも父さんが大会社の社長と友達で、しかも霧咲さんとも接点があったのは意外だ。
もしかして……霧咲さんが俺に近づいてきた本当の理由は、父さんと関係があるのか?
そんな事を考えていた時だった。
――ぴとっ……と、俺の腕に柔らかい感触が触れる。
見ると隣に座っていた天音が、俺に身を寄せていた。
触れている部分は本当にわずかなのだが、不思議な心地よさが俺の気持ちを和ませてくれる。
「……急にどうしたんだ?」
「べつに。ただ……ちょっとね」
「ちょっとって、なんだよ」
「ん~。たいしたことじゃないんだけどさ。誰もいない所ならこうしてくっついたりできるのに、なんで人が近くにいると思うだけで距離を作っちゃうんだろと思って」
俺と天音は自宅なら多少のスキンシップはできるが、道端だと手が少し触れるだけでもギクシャクしてしまう。
今朝だって俺にくっついてきた天音は、恥ずかしさのあまり震えていたくらいだ。
でも今はとても自然体で肩を寄せ合っている。
だけど俺はそれが変だとは思わなかった。
「それって普通じゃないか?」
「普通は道端でも手を繋いだりとか平気じゃない?」
「うーん。人それぞれじゃね?」
「……そっか。そうだよね」
特に考え込むというわけでもなく、天音はすんなりと納得する。
そして腕と腕が触れあっていることを確かめるように、わずかに体を揺らした。
こういうしぐさって、無性に可愛く感じるんだよな。
よし、俺もちょっと動かしてみよう。
まるで遊んでいるように、俺も少しだけ肩を揺らす。
すると天音は嬉しそうにクスッと笑った。
「よくさ。縁側でおじいちゃんとおばあちゃんがお茶を飲むってシーンがあるじゃない?」
「あー、あるある。平和~って感じのな」
「うん。私、ずっとあんな感じの恋愛に憧れてたんだよね」
「あれって恋愛か?」
「定義はわかんないけど、あんなふうにのんびりと空気を味わうっていうか。そういうのがいいと思うんだよね」
どんな番組で見たのか覚えていないが、田舎の家の縁側で、ぼ~と空を眺めるシーンはなぜか印象的に残っている。
恋愛かと言われると俺にはピンと来ないが、それでも天音が何に憧れているのかはぼんやりと想像がついた。
「でも、今の俺達って、それに近いのかもな」
「そう?」
「空を眺めながらお茶を飲んでるだろ? 弁当も食べてるけど」
「あー。言われてみると……そうかも……」
感情を感じさせない淡々とした受けごたえだが、だからこそこんな会話が心地よかった。
自然体でいられる関係か。
カレカノとしては物足りないのかもしれないけど、こういうのも悪くないな。
「ふふっ。こうして一緒にいると、落ち着くのに心がはしゃいでるのって、不思議な気分」
「あ、俺もおんなじこと考えてた」
「そうなの? 私達、シンクロしてるね」
「そうだな」
そんな会話をしている時だった。
屋上のドアを開いて、ズンズンと女子生徒がやってくる。
ウェーブが掛かったミディアムヘアに鋭い瞳。
そう……。彼女は霧咲志保だ。
そしてそのすぐ後ろには、彼女の世話係をしている日七瀬さんがいる。
霧咲さんは俺の前で、仁王立ちをした。
「やっと、見つけたわよ。高峰春彦! まったく……。貴重な昼休みをなんで屋上で過ごしてるの?」
「霧咲さんに日七瀬さん……。どうしたんだ?」
すると霧咲さんは髪を片手で払い、フンッと鼻を鳴らす。
「今日の放課後、お時間はあるかしら?」
「特に用事はないから大丈夫だけど」
「ならよかった。ライバルのあなたの話をしたら、お父様がずいぶん興味を持つようになったの。よかったらうちに来ませんこと?」
「えっ!? 霧咲さんのお父さんですか?」
父さんと友人である、霧咲さんのお父さんとは話がしたいと思っていた。
だけど大富豪で会社の社長を務めている人と話をする機会なんてないと思って諦めていたんだよな。
でもこんな機会に恵まれるなんてラッキーだ。
すると霧咲さんの斜め後ろに控えていた日七瀬さんが、こっそりとブイサインを出す。
あ、なるほど。
きっと日七瀬さんが手を回してくれたんだ。
優秀なメイドさんは仕事がはやい。
「わかった。じゃあ、そうさせてもらうよ」
こうして俺達は霧咲さんのお父さんと話をすることになった。
■――あとがき――■
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