第20話 モブな彼女は秘密持ち
翌日。
三時限目の授業が終わった俺は、教室の隅で天音と話をしていた。
少し前まで俺と天音が教室で話をすることはなかったけど、今は気軽に話をしている。
以前は彼女との間に大きな溝があるように感じていたけど、結局それは俺の劣等感からくる思い込みだったようだ。
まっ、この数日でメンタルを鍛えられたからな。
そして今の話題は、昨日突然やってきた天才お嬢様・
「それにしても、霧咲さんってあんまり表に出てこない人だから知らなかったけど、あんなに高飛車な人だったんだ」
「ちょっと意外よね」
正直なところ、俺は霧咲さんに憧れを抱いていた。
ずっと学年トップでありながら、表にはあまり顔を出さない謎に包まれた天才。
このプロフィールだけなら、誰もが彼女の存在に興味を持つはずだ。
でもフタを開けてみると、実は残念系お嬢様だったのでガッカリしている。
会話をしていた天音は、とある疑問を投げかけた。
「あのさ。黒板の落書き犯って霧咲さんじゃないの?」
「まさか……」
「だって、霧咲さんも春彦のことが好きみたいだし」
「証拠もないのに疑うのは良くないよ」
「う~ん。それもそうね」
霧咲さんが落書き犯じゃないかという可能性は俺も考えたけど、どうもしっくりこない。
あんなに高飛車な人が、コソコソあんなことをするだろうか?
なにより、本当に霧咲さんは俺のことが好きなのかも怪しいところだ。
クイクイ……。
考え事をしていた時、天音が俺のシャツを引っ張った。
「ねぇ……、春彦」
「なに?」
「あれってさ、霧咲さんと一緒にいた子じゃない?」
天音が教室のドアを指さすと、そこには小柄な女子高生がプルプルと震えながら立っていた。
「はわわ……。あぅっ! はわわ……。あぅっ!」
まるで初めての場所に連れてこられた小動物みたいだ。
たぶん他所の教室に来たから戸惑っているんだろう。
昨日は霧咲さんの印象が強くてちゃんと見ていなかったけど、彼女もかなりの美少女だ。
髪はミディアムヘア。
そしてまだ中学生かもと思うような幼さが残る顔。
さらに小柄でありながら程よい大きさの胸を持つ、反則要素を兼ね備えている。
そして印象的なのは、可愛らしくクリッとした瞳だ。
「本当だ。霧咲さんの付き人をしていた子に間違いない」
「おもしろいわね。お持ち帰りしたいわ」
「同級生をペット扱いするのは良くないと思うけど……」
小柄な美少女は、緊張で潤んだ瞳で俺を見つめ続けている。
う~ん。なにをしているんだ?
「こっちを見て半泣きで何かを訴えてるけど、春彦に用があるんじゃない?」
「みたいだね。ちょっと行ってくるよ」
席を立った俺は、小柄な美少女の元へ向かった。
すぐ近くに立つとわかるけど、本当に背が小さい。
天音も小柄な方だけど、この子はさらに身長が低かった。
「えーっと。もしかして俺に何か用かな?」
「ひっ!?」
小さい悲鳴を上げた美少女は数歩下がる。
しかし、そこで俺を手招きした。
「……え、なに? 近づけばいいの?」
美少女は、コクコクと頷く。
可愛いな。
そして近くまで行くと、とても小さな声で耳打ちをしてきた。
「相談したいことがあるから、昼休みに一人で視聴覚室まで来てください」
「俺ひとりで?」
再びコクコクと頷く美少女。
おもしろいな。
天音じゃないけど、本当に小動物みたいに見える。
「わかった。じゃあ、昼休みになったらすぐに行くから、待ってて」
「はぅ……。あ……ありがとう……」
霧咲さんは強烈なキャラだったけど、この子は普通みたいだ。
そういえば、まだ名前を聞いていなかったっけ。
「ところで君、名前はなんて言うの?」
「ひ……
「日七瀬さんか。よろしく」
「よ……。よろ……。……。……しく……です。はぅっ!」
日七瀬さんは緊張がピークに達したのか、会話の途中で顔が真っ赤になって体をビクッと震わせた後、そのまま自分の教室へ帰って行った。
なんていうか、見ていてほんわかする子だ。
席に戻ると、天音が声を掛けてくる。
「なんだったの?」
「相談があるんだって。昼休みになったら行ってくるから、お弁当は先に食べててよ」
「うん、わかった」
◆
昼休み。
俺は言われた通り、視聴覚室へやってきた。
「日七瀬さん。いる?」
カーテンが閉じられているので、部屋の中は真っ暗。
どうやらまだ来ていないらしい。
とりあえず、照明のスイッチを入れるか……と、思った瞬間だった。
「やっときた」
「えっ?」
日七瀬さんの声が聞こえた直後、俺の身体が宙を舞った。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
気が付くと、俺は床に倒れていた。
一瞬のことで何が起きたかすぐにわからなかったが、どうやら背負い投げをされたみたいだ。
そして俺の上に、日七瀬さんがまたがっている。
「無駄な抵抗はやめてください。こう見えて私、あらゆる護身術を習得しているので」
「え!? ええっ!? 日七瀬さん……だよね?」
「そうですよ。人の顔を覚えるのは苦手ですか?」
「いや……、っていうか。キャラ変わってない?」
「猫を被っていたんです」
ええぇぇ!? あの初々しいやり取りが全部演技!?
軽くショックなんだけど!
そして日七瀬さんは静かに、そして冷たく言う。
「私はお嬢様に復讐をしたいんです。なので春彦様。あなたにはその手伝いをしてもらいます」
■――あとがき――■
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