第18話 天音だって触りたい


 自宅に帰った俺はリビングのソファに座って、テレビを見ながらくつろいでいた。

 そこに湯上りの天音がパジャマ姿でやってきた。


「お風呂、あがったよ」

「うん。じゃあ、続いて入るよ」


 天音は「あれ?」と声を上げて、俺が持っているスマホを覗き込んできた。


「何してるの?」

「ああ、黒板の落書きを撮影した画像を見てたんだ」


 俺が見ていたのは、今朝起きた落書き騒動のメッセージだ。

 『私は高峰春彦君のことが大好きです!! はやく抱いてください!!』という、インパクトのあるフレーズだけど、俺は別のことに注目していた。


「たぶん女子の字だと思うけど……、どこかで見たことがあるような気がするんだよな」

「そうなの?」

「うん……。でも、いつだったかな。全然思い出せない」


 はっきりと覚えてないけど、教室とは違うどこかで見たような気がするんだよな。


 天音や月野さんの字でないことは間違いないけど、他人の字なんて真剣にみる機会なんてないから、どうしてもはっきりと思い出せない。


 ……と、ここですぐ近くにいる天音の顔が目に入った。


 湯上りということもあり、天音の肌がいつもより柔らかそうに見える。

 加えて、石鹸のいい香り。

 彼女のことが好きだと言う気持ちがさらに高くなる。


 俺の視線に気づいた天音が、不思議そうに訊ねてきた。


「なに?」

「あー、えっと……。湯上りの天音って可愛いなと思って」

「はぇッ!?」


 大きな瞳をさらに広げて、天音は驚いた。


「な、な、な……、なんで急にそんなことを言うのよ……」

「急にって、いつも思ってるけど?」

「違うし……。春彦が私の事をかわいいって言ったの、初めてだし……」

「そうだっけ」

「そうだよ」


 あれ? 俺、言ってなかった?

 ぶっちゃけ、物心がつく頃から天音のことをずっと可愛いと思っていたから、口にしたかどうかなんて覚えてないんだよな。


「もう、春彦のせいで変な気持ちになっちゃったじゃない」

「えー。褒めたのに……」


 天音はモジモジしながら、ソファに座る俺の隣に腰を下ろした。


「お母さん達が帰ってくるまで時間あるしさ、もうちょっと恋人っぽいことしない?」

「そ……そうだな。じゃあ、手を繋ぐか?」

「う……、うん」


 お互いに距離を詰めて、おそるおそる手を繋いだ。


 ぷにっとした皮膚、そして風呂上りの彼女の体温がじんわりと伝わってくる。

 胸の奥底がかき乱されるような、いたたまれない気持ちがが沸き上がってくる。


「この前は指だったから、一歩前進だな」

「用具室で私の胸を揉んだけどね」

「あれは事故だって……」

「まぁ。春彦ならいいんだけどさ」


 すると天音はとんでもない事を言い出した。


「代わりに、私も触っていい?」

「なにを?」

「春彦の胸……」

「え!?」


 どういうことだ? 天音が俺の胸を? 俺、男だぞ?


「いいけど……、需要あるわけ?」

「うん」


 照れながらも天音は興味深々と言った様子で頷いた。

 

 まぁ、別に俺の胸ならいくらでも触らせてやるけど、まさか天音がこんなことをお願いしてくるなんて驚きだ。


 天音はおそるおそる、人差し指で俺の胸の筋肉を確かめるように、ツンツンと突っついた。

 そして「お~。へぇ~」と、感心したように声をあげる。


 っていうか、どういう視点で感心してるんだ?

 もしかして俺、実験かなにかされてんの?


 さらに天音はツンツンと指で触ってくる。


「ちょ……、くすぐったいんだけど……」

「いいじゃん」

「どうせならもっと思いっきり掴んでくれた方がいいんだけど」

「それだと私が恥ずかしいし」

「え~……」


 それにしても天音はどうしてこんなに嬉しそうにしているんだ?

 筋肉の感触を確かめてるみたいだけど、俺の胸を触るのが楽しいのだろうか。


 まさか、天音って筋肉フェチなのか!?


 くっ! そうと知っていれば、もっと腕立て伏せをしておけばよかった!!


 すると天音が別の話題を振ってきた。


「そういえば、もうすぐ期末テストね。今回も自信あるの?」

「自信ってほどじゃないけど、ちゃんと対策はしてあるよ」

「ふぅん。今、学年二位ってことは、やっぱり一位を狙ってるんでしょ」

「う~ん。そうと言えばそうだけど、一位って霧咲さんだからな……」

「あー、才女で有名なあの人ね」


 霧咲志保。

 入学してからずっと学年トップの成績を維持している天才だ。


 あんまり話したことがないんだよな。

 どんな人なんだろう。



■――あとがき――■


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