第13話 母の気持ち
「あの……。実は俺、天音のことが好きなんです」
天音の母・葉子さんに俺は自分の気持ちを伝えた。
「実は葉子さん達が引っ越しでこっちにくる直前に、俺は天音に告白をしたんです。それで天音も俺に告白をしてくれて……。その……付き合うことになったんです」
いくら血が繋がっていないとはいえ、戸籍上は兄妹だ。
きっと葉子さんは驚くだろうと思った。
だけど葉子さんは落ち着いていた。
「そう。天音ちゃんもやっと自分の気持ちを伝えることができたのね……」
葉子さんは嬉しそうに頷いた。
「……驚かないんですか?」
「ええ。天音ちゃんが小さい頃から春彦君のことを好きだったことは知っていたから、今はとても嬉しい気持ちでいっぱいよ」
てっきりカミングアウトした直後は何かしらの注意や苦言を言われると思っていたから、葉子さんの反応は意外だった。
「小学生の頃、バレンタインの時に凸凹のチョコを貰ったことを覚えてる?」
「はい。確か小学四年生かそのくらいでしたね」
「そっ……。天音ちゃんが初めてキッチンで作ったお料理があのチョコだったの」
あれは今でも覚えている。
天音は包丁や鍋を使うことを怖がっていて、とにかく料理を嫌っていた。
そんな彼女が始めてくれたのが、凸凹チョコだったのだ。
「うまくできなかったことが悔しかったみたいで、春彦君に渡した後もずっと泣いていたわね」
そう言えば、チョコを渡す時も天音はずっと下を向いていた。
あの時は様子がおかしいとしか思わなかったけど、泣き顔を見せたくなかったのか。
すると葉子さんは「クスッ」と何かを思い出して微笑んだ。
「でも春彦君がその後、わざわざうちにやって来て、インターホンで『美味しかったよー!』って叫んだのよ。覚えてる?」
「そ……そんなこと、ありましたっけ……」
照れ隠しでそう言ったが、実はしっかりと覚えている。
天音の様子がおかしいと心配したガキの頃の俺は、天音の家まで走って行ってそう叫んだのだ。
深くは考えていなかったが、その時の気持ちを伝えれば天音が元気になるような気がしたんだよな。
俺が恥ずかしそうにしていることに気づいた葉子さんは、楽しそうに微笑んだ。
「あの時、天音ちゃんったらすごく喜んでね、本当は料理が苦手なのにあれからずっと練習をするようになったのよ」
そうだったんだ。
後にも先にも天音の手料理はあれっきりだったけど、俺に美味しい料理を作れるようにがんばってたんだな。
昨日は『中学生くらいの時から料理を始めた』って言っていたのに、本当はずっと前から練習していたのか。
変な所でプライドを張りやがって……。
「あの時から私はずっと、天音ちゃんと春彦君が付き合うようになればいいなって思ってたの。本当によかったわ」
そう言って葉子さんは、とても嬉しそうに笑った。
俺にはわからない母と娘の絆を見たような気分だ。
「でもそうなると、純一郎さんの反応が心配ね」
「父さんですか?」
「ええ。もうすぐ天音が帰ってくるから、続きは三人でお話ししましょ」
父さんの反応か……。
今まで父さんに恋愛関連の相談なんてしたことがないから、全く反応が予想できない。
父さんってかなり適当で天然だから、なにをしでかすかわからないんだよな。
その時、玄関のドアが開いた。
帰ってきたのは天音だ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「あれ? 今日はお母さん、早かったんだね」
リビングに入ってきた天音は、俺と葉子さんが並んで座っているのを見て首を傾げる。
「二人して座り込んでどうしたの?」
「うふふ。ちょっぴり素敵なお話」
「ふーん。そうなんだ」
葉子さん……、どうしてわざわざ意味深な言い方をするんだよ。
誤解されたらどうするんだ。
まぁ、この状況で誤解される要素なんて何もないからいいんだけど。
立ち上がった葉子さんは天音と話を続ける。
「天音ちゃんもお菓子食べる? カフェオレを入れてくるわね」
「ありがとう。あ、そうだ。ちょうど見たいテレビがあったんだよね」
そう言って、天音はテレビのスイッチを入れた。
あれ? なんだろう……。
何かすごく嫌な予感がするんだけど。
ついさっき、朝ドラの録画を見ていて、変な場面になったからすぐにテレビを消したんだよな。
でもその後、レコーダーの停止ってしたっけ?
そして俺の予感は的中した。
『義母さん、愛してる! 義母さん!』
『ダメよ! 娘が傍にいるわ! でも! ああっ!!』
『兄さん、どこ? 兄さ……って!? 何しているの! 兄さん!! これはどういうこと!!』
うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!
なんちゅうシーンが流れてるんだぁぁァァァ!!
テレビの中では、これまたとんでもないシーンが再生されていた。
義母と主人公がイチャイチャするシーンを義妹が目撃し、さらに修羅場が発生するという内容だ。
天音はすぐにスイッチを消したが、気まずい空気が部屋全体を支配している。
あまりの気まずさに、俺と天音は喋ることはおろか、動くことすらできない。
そして葉子さんが一言。
「あらあら。修羅場って素敵♡」
この人、無敵か!
■――あとがき――■
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