第4話 初めての朝


 天音との同居生活が始まって初めての朝。

 二階にある自室で目を覚ました俺は、カーテンを開いた。


「はぁ……。現実なんだよな……」


 昨日はいろんなことがありすぎて、頭がパンクしそうだった。

 とにかく、これからは天音と葉子さんと一緒に暮らしていくんだ。

 失敗しないように注意しないと……。


 そう決意をして廊下に出ると、ちょうど同じタイミングで部屋から出てきた天音と目が合う。


「おはよう。春彦」


 普段通りのそっけない態度で挨拶をする天音。

 きっと他の男性なら生意気と受け取るかもしれない。


 だけど俺は、天音のそんな口調や声の程よい響きが好きでたまらない。


 それにピンクのパジャマでとか、可愛すぎだろ!!

 セットをしていない髪もいいな。


 って、見とれている場合じゃない。挨拶をしないと……。


 だけど緊張していた俺は、ここで失敗をしてしまった。


「お……、おひゃ!」

「ぶっ!!」


 吹き出すように笑う天音。


 くぅ~、恥ずかしい……。

 挨拶をしようとしたんだけど、緊張のあまり噛んでしまった。


「ちょ、春彦さぁ。何よその『おひゃ!』って挨拶。吹いちゃったじゃん」

「ね、寝起きで舌が回らなかっただけだよ……」

「ふぅん」


 ここで天音はいたずらっ子のような表情をしてみせた。


「まぁね。春彦は私のことを好きなんだもんね。わかるわかる。純情男子くん」

「むぅ……。そういう天音だって」

「あー、あー。聞こえなーい」

「こ、こいつ!」


 一度告白をし合ってお互いの気持ちがわかっているというのは、なかなかやりにくいものだ。

 付き合っているわけではないので、カレカノではなくただの兄妹という立ち位置。

 

 そのうえ天音はたまにSっ気のある態度を取るので、振り回されっぱなし……。


 俺の日常はどうなってしまうんだろうか……。


 その時、階段下の方から葉子さんの声が聞こえた。


「春彦君、天音ちゃん。朝食の準備できてるわよ」

「「はーい」」


 葉子さんに返事をした後、天音は小声で話しかけてきた。


「春彦、覚えてる? 昨日話した通り、親達の前ではただの幼馴染。お利口さんを演じてね」

「ああ、わかってるよ」


 再婚した俺の父・純一郎と天音の母・葉子さんは、かなりの曲者だ。

 悪ノリで暴走する性格で、俺達が両想いであることを知ったら何をしでかすかわからない。


 俺達の同居生活は前途多難だ。


 それから俺達は葉子さんが作ってくれた朝食を食べた。

 久しぶりに食べる母親の朝食は、素直に感激した。

 やっぱり手料理っていいよな。


 食事が終わった後は、学校へ行く支度をする。


 洗面台で俺が歯磨きをしていると、天音が話しかけてきた。


「ねぇ、春彦。通学だけど、どうする? 私達が一緒に通学してたら、さすがに怪しまれると思うけど」

「そうだな。じゃあ、ルートを少し変えよう。天音は普段通りのルートで。俺は駅前を通って通学するよ」

「遠回りじゃない?」

「五分くらい遅れるだけさ。大丈夫」


 駅前を通る通学ルートは今までにも何度か使ったことがあるけど、それほど負担ということはない。

 確かに遠回りではあるが、いつもと違う気分が味わえると思えば、それはそれでいいだろう。


 すると天音はそっと近づき、優しい声で言う。


「春彦って子供の頃からそうだよね……」

「なに?」

「何かするとき、相手のために自分から貧乏くじを引こうとするところ」

「いや、そんなつもりは……」

「まぁ、私は春彦のそういうところ……。なんていうか、いいって言うか……」


 声に甘い香りが乗っているようだった。

 天音の一言一言から柔らかい感情が伝わってくる。


 あぁ! ダメだ!

 やっぱり俺、天音の事が好きだ!


 可愛い! 可愛すぎる!

 さっきまで生意気でドライな態度を取っていたのに、急にこんな優しい表情なんて反則じゃないか!!


 どうしよう……。

 ここは男らしく、気の利いた言葉を掛けるべきか?

 それとも手を握るとか、そういうシチュエーションか!?

 わっかんねぇ!!


 すると天音は急に顔を上げ、素早く周囲をチェックした。

 まるで敵を察知したネコちゃんのようだ。


「春彦。なんか、視線を感じない?」

「え……、視線? そういえば……」


 言われて見ると、まとわりつくような視線を感じる。

 敵意はないが、なにかを狙っているような……。そんな視線だ。


 そしてゆっくりとドアの方を見ると、顔を半分だけ出している葉子さんがいた。


「葉子さん……、何やってるんですか……」

「あらぁ。バレちゃった? うふふ。もしかして二人はいい感じなの?」

「い、いや。今のはただの雑談で……」

「そうなのね。じゃあ、私は洗濯に戻るわ。うふふふ」


 楽しそうに立ち去って行く葉子さん。

 まったく、油断できない人だ。


 冷や汗をぬぐうように髪を払った天音は、「ふぅ……」とため息をつく。


「危なかったね」

「バレてないか?」

「いえ、たぶん今のはからかってるだけよ。お母さんにバレたら、もっと大騒ぎしてちょっかいを出してくるはずだから」

「……納得」


   ◆


 しばらくして支度を整えた俺は家を出た。

 さっき天音に話した通り、駅前を通る通学路を一人で歩く。


 すると一人の女子生徒が声を掛けてきた。


「おはよう。春彦君」


 挨拶をしてくれたのは、知的なメガネがよく似合う美少女。

 髪は黒髪のボブカットで優しく微笑んでいる。


「おはよう。委員長……じゃなくて、月野さん」

「別に委員長でもいいけど。でも、名前で呼んでくれる方がいいかな」


 彼女の名前は月野つきの優香ゆうか

 誰も知らなかった天音の引っ越しのことを教えてくれたクラスメイトだ。



■――あとがき――■


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