第4話 親友のお話


「ん…。…?」


 気が付けば、ベンチに座っていた。正面には堤防と海が見え、上を向けばベニヤ板と綺麗な晴天が見える。


「…ここは…?」


 木の作りで、目の前のバス停には文字化けのような読めない文字が書いてあった。そよ風に、蝉の音が鳴り響き、波の音が心地いい。


「(…なんで、ここにいるんだろう)」


 目の前の左右に続く道路は、海と明らかに手入れがされている森の境にあり、太陽が出ている割に眩しさも熱さも感じない。


「……っ…?」


 思い出そうとすれば頭痛がして、とりあえず立ち上がって歩く。


「…きれい」


 けっこう高い堤防をじゃんぷしてのぼってみれば、太陽の光でキラキラと光る水色の海。ゴミ一つない白い砂浜も、見る限り続いている。

 続いてるとはいっても、片方の奥には山が見える。もう反対は、防波堤のようなものが見える。…意味ある防波堤かわかんないけど。



「…はぁ」


 どうしよう。何もすることがない。なんでここにいるかも、何が目的だったのかも覚えてない。

 ふと気が付いて服を調べると、所持品は家の鍵だけ。キーホルダーが1つに、キーホルダー型の子供っぽい名札。字もひらがなで汚い。


「(手がかりはなしか…)」


 学校の事や家、対人関係も覚えてる。それなのに、どうやって来たかすら思い出せなかった。汗をかいてる感じも、起きた時衣類が乱れてたりもなくて走ってきたわけでもないだろう。


「(そもそも、記憶を失うなんて…)」


 こんな周囲に何もないのどかなところで、ここにきた記憶すらない。どうしたらいいんだろう? …まあ、歩くか。見晴らしもいいし、何かを待ってたとしても大丈夫だろう。多分。


 そう思って、堤防の上を歩き出した。





「…はぁ…」


 どれだけ歩いても、余り景色は変わらない。綺麗な海も、適度なそよ風も。全てが新鮮だったから最初は楽しかったが今はただただ退屈だった。なんなら歩き疲れた。

 砂浜は下りてしまえば堤防で見えないから何かあってもわからないし…。



「…っん?」


 ふと、キラっと海の方から太陽の光が反射して目を瞑る。

 …何があるんだろう…? そう思ってみるが、砂浜の更に奥に海があるため遠くてよく見えない。けど、何か気になって砂浜に行った。



「…っあ、え?」


 海の中に少しだけ入ればパチャパチャとゆれて、徐々に衣服が濡れて動きにくくなる。だけど、足首くらいまできて、正体がわかった。


「―――――美琴みこと…?」


 花が咲くような笑顔で、美琴みことは手を広げていて。



「っみこ、と?」


 ある程度距離があって、頑張って進んでいくと脇くらいの高さまできた。だけど、美琴みことは変わらずそこにいて。なんでここにいるのか聞くが、波の音が強くて自身の声すらかき消されそうになる。


美琴みこと、な…」



「―――――優奈ゆうなっ!!」 「おわっ!?」


 話しかけながら掴もうとすれば、なぜか美琴みことの声が聞こえて手を引かれて態勢が崩れ、後ろにいた美琴みことに抱き着く形になる。


「っみ…美琴みこと? なんで…」

「それはこっちのセリフだよ!! 何度呼び掛けても気づいてくれないし、優奈ゆうな泳げないでしょ?!」


「え…?(…これを、美琴みことだと思ってたの?)」


 振り向けば、そこには美琴みことはいなくて。変わりに美琴みことにあげたキーホルダーが落ちていた。…美琴みことに、あげた…?


「…あ…」 「とりあえずあがるよ!」


 …そうだ、山…夏合宿で…はぁ…あぶな、アレの思い通りになる所だったのか…自殺させようとするのはいいけど…まさか記憶まで…。

 そう思ってる間も、じゃばじゃばと音を立てながら砂浜へ向かう。


「ごめん、美琴みこと…ありがとう」 「大丈夫」

「あ…お兄さんは?」 「もう助けたよ」


「え…どうやって?」

「チケットを一枚使ったの、私と優奈みことならどうにかできるって思って」


 あっという間に腰くらいまでの高さになって、思い出した記憶に微かに困惑しながら聞く。チケットは…2枚貰った奴か、たぶん祭りみたいな所でお兄ちゃんにあったのかな?


「そ、っか…」

「っはあ~やっとでれた…もお、何であんなとこいたの?」


「あー、これ」 「? あ、私の…」

「…でも、どうしよっか。ここから出る方法…」


 正直、記憶がなかったとはいえ周囲の情報は何もない。森と海がある事しかわからない…。

 海から上がると、確かに重かったはずの服が濡れていない。


「濡れてない…」 「現実の海じゃないんだと思う」

「なるほど? よかった~」


「どうしよっか、とりあえず歩く?」


 美琴みことにキーホルダーを渡しながら、提案に頷く。

 堤防の上にあがれば、目の前に鳥居と階段が見えた。


「!? これ…夏合宿の時の…?」

「…なら、ここに手がかりがあるかも」


 階段の上には神社がみえ、完全に思い出す。…まぁ、唯一手がかりがありそうなのはここくらいだしね。左右は木々が生い茂り、蝉の音が聞こえていた。



「…また、ここ登るのか…」


 階段は正面に鳥居があり、不思議な雰囲気が漂っていた。

 たった数日前の出来事だが、懐かしさすら感じるソレに慣れの恐ろしさを感じた。

ここは今アレの中。気を緩めてもいい事はないんだから。


「…大丈夫?」 「っえ?」

「いや…なんか、ボケっとしてたから」


「…あ、大丈夫…」


 考えすぎてた…今は美琴みことがいて、1人じゃないんだ。…大丈夫。絶対、どうにかなるはず。美琴みことは信じてここまで来てくれたし、別空間なのにここまで来れたということはアレも何かそうする理由があったのかもしれない。


美琴みこと」 「なに~?」

「今度遊びいこー? 夏休みなのに今んとこ全然休んでないじゃん」


「あっははw、いいね! 部員でいこ!」

「えっ、やった~!」


 重苦しい雰囲気なんて似合わないし、いつも通りの会話をしながら階段を上がる。鳥居を通れば、そこは記憶上の神社と何ら変わりなくて。

 正面には、朝取った偶像が鎮座していた。局面だけ見ればボスでも出てきそう。


「罠とか…何もなさそう?」

「…願い事するの待ってるとか?」


「! それまで閉じ込めるつもりなのかな?」 「さあ…」


 美琴みことはそう言いながら辺りを警戒するが、鎮座していた偶像から目を背ける事ができなかった。なぜだかはわからない。…だけど、目が離せなった。


「…ん~、これって壊していいのかな?」

「…わかんない、でもこれって封印されてる状態なんだよね? 封印が解けちゃうかもしれないし…危険じゃない?」


「あ~そういえば…なら、あの水晶は? あっいや、アレの世界だし消されてるか」


 結局無事に偶像の前まで来ることができて、そう話した。

 さっきと違い緩くて暖かい空気が流れてるのが、心地よかった。

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