第12話

 授業は試験前ということもあって、試験範囲を短い授業時間に詰め込むように普段よりもはやい速度で進んでいく。

 それが良いのか悪いのかはさておき、必死で板書を取り続けることおよそ四時間。みんな大好きお昼休みがやって来た。

 今日も今日とて占領されるであろう席を立つ。そのまま、ふらふらと移動しようとしたところで、ちょっと待つし、と鋭い声。

 その言葉を無視することが出来るはずもなく、踏み出しかけた足を戻して振り返る。数式と単語が脳内で飛び交っていたから頭の隅に置いていたが、HR前に何かを言いかけてたっけか。


「渚とはうまくやれてんの?」

「えっ?」


 ふとすれば誤解を招きそうな言葉に、思わず間の抜けた声が出る。


「だから――」

「いや、聞こえてるから」


 声を強めて再び口にされようとした言葉を少し焦りが混じった声で遮れば、不満そうな表情へと変わる。昼ご飯を食べたいからさっさと答えてくれとでも言いたげだ。


「正直、分からん」


 率直に質問に答えれば、表情はさらに険しいものになる。そのオーラのせいか、楽し気に食事をしようとしていた生徒たちの様子を窺うような視線もいくらか集まってきた。俺としてはこれ以上視線が集まる前にドロンしたいのだが、それはきっと許されないだろう。


「二人が話してるって珍しいね」


 クラスメイトがちらちらと視線をよこし、誰もが入ることを躊躇いつつも気にかけている中で、呑気な声がこちらに向けられる。


「隣の席だし、変ではないっしょ」


 成田を交えて話をする気はないのか、視線も不満げだった表情ももう俺の方には向いていない。俺としても成田の前で続けるのは避けたかったから、ありがたいことだ。

 先ほどまとめた荷物を持ち直して、ひっそりと教室を出る。向かう先は昨日見つけた昼食スポットだ。空には雲一つなく、眩しいくらいの日差しが照り付けている。

 教室を出る間際、鋭い視線がこちらを捉えた気もしたが、まあ、気のせいだろう。


 昼食スポットを先に見つけていたらしい担任の姿はなく、一人で噛り付いた価格重視の単調な味のパンは朝と同じように口の内の水分を奪い去っていく。そうして乾いた喉をいつも通り缶コーヒーで潤す。


「ホントにこんなところにいたし」


 いつもと変わらない昼食だったはずなのだが、寄りかかっている校舎の壁に設置された窓から聞こえた声によって平穏は破壊された。


「なんでここに」

「佐倉が話の途中にいなくなるからでしょ」


 いくらかイラつきが混じった声に、零れそうなため息を無理やり飲み込んで、代わりに口を開く。


「あれ以上何を話せと」

「分からんとか言ってる理由っしょ。中途半端な答えじゃ納得できないし」


 別に館山さんが納得しようとしまいと、俺としてはどうでも良いのだが、こうして飯時を邪魔され続けるのも困る。

 そんなことを考えていたからか、ついうっかり溢してしまったため息を誤魔化すように口を開いた。


「まだ数日だし、距離感とか掴みかねてるんだよ。いっそのこと家庭内別居的な感じなら気楽だったけど、そういうわけでもないし」


 館山さんは俺の言葉にふーんと抑揚のない声で反応を示す。窓越しに話しているせいで、その表情を見ることが出来なかったせいか、莫迦な質問がポロリと零れた。


「何でそんなこと気にするんだ」

「そんなことって、渚がどれだけ――。なのに突き放して、この前は好き勝手に言ってたし」


 周りに聞こえないようにボリュームこそ抑えられていたが、感情が丸々乗ったような声を、視線を向けられて、今さらながらに後悔をすることになった。

 朝のやり取りを見ていたらしい。さらに言うのであれば、勝浦に再婚と義妹の話をしたときに鋭い視線を向けてきたのは、成田ではなく彼女だったらしい。


 言葉を返せないまま緊迫した空気に包まれていると、それを壊すように足音が聞こえてきた。


「あー、もしかして痴話喧嘩中だった?」

「せ、先生!?」


 今日も今日とて気の抜けた声をかけてくる千葉先生に館山さんが驚いて、重苦しかった空気は一気に崩れさった。


「意外な組み合わせだな、配慮とかした方がいい?」

「勘違いです。佐倉君とはそういう関係じゃないので」

「あ、そうなの。なんかごめんね」

「いえ、構いませんけど……。先生、それ、お昼なんですか」

「ああ、そうだぞ」


 まったく申し訳なさそうに感じない返事をしたまま、パンを齧りだした先生。館山さんの気はそちらへと向いたようなので、少し移動してパンを口にする。

 単調な味のせいか、館山さんが言いかけて飲み込んだ言葉が何だったのか、そんな気にしないでいいことばかりが頭の中を巡っていた。

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