第11話

 けたたましい目覚ましの音で目が覚めた。重たいまぶたを何とか持ち上げて、手を伸ばし、心地よい安眠を妨害したであろう携帯を探す。

 掴んだそれを目の前に持ってきて、まだ完全には開いていない目で時間を確認する。大きく映し出された数字は瞬きののち7から8へと変わった。

 寝ぼけた頭でそれが示す状況を理解するには、画面を見ること十秒、窓の外を見ること十秒、天井を仰いで十秒、合計三十秒ほどの時間を要した。

 どうやら、この携帯は一時間も前から俺を起こそうと頑張ってくれていたらしい。


「遅刻だ……」


 把握できた現状を小さく呟いてみたが、何かが変わる訳でもない。

 開き直ってしまうにはまだ早い時間。

 手早く制服へと着替えて、カバンを掴む。

 そのまま洗面所に滑り込んで、軽く顔を洗い流した。先ほどの衝撃で眠気が吹き飛んだせいか、いつもなら眠気を吹き飛ばす冷たい水も、ただ俺を焦らせるものになる。

 やけに静かな家の中でわずかに響く秒針の音に急かされながらも、キッチンで乾いたのどを潤す。

 そうして、そのまま家を飛び出そうとしたところで、ふと、視界に小さな保冷バッグが映る。中には何か入っているようでわずかに重たい。

 興味を引かれてわずかに開いた隙間からのぞき込んでみれば、小さなお弁当箱が入っている。母さんも俺も弁当箱は持ってないし、サイズ的に成田の忘れ物だろう。

 学校では成田と関わりたくないのだが、これをそのままにしておくわけにもいかない。カバンの空いたスペースに保冷バッグを突っ込んで今度こそ家を飛び出す。


 * * *


 家路につく際には立ちはだかるような緩やかながらも長い上り坂も、今回ばかりは俺の味方をしてくれた。学校が見えてきたところで、上がりっぱなしの息を整えながら時計を見れば、チャイムが鳴るまでにはあと十分といったところ。引っ越して若干近くなったおかげか、焦ったおかげか、想像よりかは余裕を持った到着だ。

 朝ご飯のお供になる飲み物を求めて、学校のちょうど裏手にあるコンビニ近くの格安自販機に向かえば、制服を身にまとったうちの生徒の姿がまばらながらも見られる。その中には、成田をはじめとするトップカースト集団の姿もあった。


「あー、ごめん。ちょっと買い忘れたのあったから、先戻ってて」

「間に合うん?」

「間に合わせるよ」


 そんなやり取りと共に、成田だけが自販機でコーヒーを買った俺の側に残される。


「あー、おはようさん」

「うん、おはよ。間に合ったんだね」

「汗だくになりながら走った甲斐あってな。それより、買い忘れたものって昼飯か?」

「うん。コンビニで買ってこうと思って」


 気まずいのか、小さく頷いた成田に、鞄の中に入れてきた保冷バッグを差し出す。


「ほれ」

「えっ?」

「キッチンに置いてあった」


 少し困惑した様子で、受け取った成田は中身まで確認して安堵したように息を溢す。


「ありがと。助かっちゃった」

「まあ、間に合ったなら良かった。じゃあな」


 冷たく結露で濡れる缶を首に軽く当てながらそう言えば、もうすぐチャイム鳴るよ? と少し不思議そうな表情を浮かべる成田からそんな言葉が返ってくる。


「いや、だから教室に行くんだろ」

「じゃあ一緒に行けばいいじゃん」

「一緒に行く理由もないだろ。別に教室でよく話す仲って訳でもないんだし」


 まだ納得のいかない顔をしている成田を置いて、教室に向けて足を動かす。


 先ほどちらりと見かけたトップカースト集団はそれぞれの席についているようだが、それでも教室内は騒がしい。

 そんな中、台風の目のように静かな空いた席に腰を下ろす。昨日までなら前の席に座る勝浦が絡んできたかもしれないが、席が遠くなったからか、隣の席に座る館山さんを恐れてか、こちらにやってこようとする素振りすら見せないおかげで、俺が座っても静かなままだ。

 時計に目を向けてから、パンを口に突っ込む。

 全力疾走とまではいかずとも、それなりに走ったおかげで乾いた口の中からさらに水分を奪っていくが、それを気にしていられるほど時間がある訳でもない。


「ねえ」


 口の中からうるおいを奪ったパンを飲み込むのに苦戦していると、いくらか不機嫌そうな声が耳に届いた。声の主は隣の席に座る館山さんだ。

 なにが、気に障っているのかは分からないが、不機嫌そうな声には早く返事をした方がよさそうだ。しかし、先ほどのパンのせいで思うように声が出ない。

 運がいいのか、悪いのか、何とか声を出そうとしたタイミングで、チャイムが鳴った。


「いい、あとにするし」


 まだ、教壇に千葉先生の姿はなく、クラスメイトはおしゃべりに夢中だが、見た目に反してそういうところは律儀らしい。

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