第10話

「ごちそうさま」

「お粗末様でした」


 綺麗に夕飯を平らげた俺と成田が手を合わせて、初めての二人での夕飯はそっと幕を閉じる。

 穏やかな表情をしている成田は、教室にいるときのような雰囲気は纏っておらず、苦手意識は薄れるのだが、どうにも落ち着けない。

 気を紛らわすために、使い終わった食器を洗うくらいはしようと思っていたが、どうやら食洗器があるらしく、それすら必要ないらしい。

 とりあえず、コーヒーを二杯分淹れて成田が座るテーブルの方へと戻る。


「改めて、その、美味かった。ありがとな」

「いいって、義理とはいえ家族なんだし、美味しそうに食べてくれるから嬉しかったし」

「そうかい」


 中途半端な沈黙をごまかすように、マグカップを傾けた。口に広がるコーヒーは苦めではあるが、そんなことも気にならないくらいに、沈黙をごまかせるこれはありがたかった。


「そういえば、お昼休みどこ行ってたの?」


 ちまちまと飲んでいたコーヒーをテーブルの上に置けば、そのタイミングを待っていたかのように成田がそう切り出した。


「外で飯食ってたけど、それがどうかした?」

「いや、ただ、いつもは教室で食べてたのに今日はいなかったから、どうしてたのかなって思っただけ」

「さようで」


 また、俺の言葉で会話が途切れる。もう余計なことは喋らないでこの場を後にした方がいいのかもしれない。そんなことを思いながら、マグカップを先ほどよりも角度をつけて傾ける。

 味や香りを楽しむというより、無理やり流し込むに近い飲み方は、ブラックコーヒーを飲めることに憧れて、その苦みを必死に我慢しながら飲んだ時の様だ。

 

「じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻るわ。試験も近いし」


 中途半端に残ったコーヒーを一気に飲み干し、カップを軽くすすいでから食洗器に入れる。そのまま振り返れば、キッチンの入り口を塞いでいるようにも感じられるよう立つ成田の姿。

 その横をすり抜けて部屋へと戻ろうとしたところで、そっと服の裾を掴まれる。


「ちょっと待って」

「なんだ?」

「試験勉強するなら、一緒にしない? あんまり成績良くないし、教えてくれると嬉しいんだけど」


 その言葉が耳に届いて、その意味を脳が理解をし、表情筋を引きつらせるまでにかかった時間は多分一秒にも満たなかっただろう。

 引きつった顔を見てか、少し申し訳そうに視線を落とし、裾を掴む力は軽く払えばあっさりと外れてしまいそうなほどに弱くなる。

 その様子を見ていると、先ほどまでの何で引き留めたんだという気持ちは薄れていき、成田なりに距離を詰めようとしてくれているんじゃないかとさえ思えてくる。


「あー、その、まあ、俺もそこまで覚えてるわけじゃないし、力になれるとは限らんが、それでいいなら」

「うん! ノートとか取ってくるね」


 俺はいわゆる頭がいい人間ではないのだ。一応は上から数えた方が早い順位とはいえ、それは現代文で点数を稼いでるおかげ。それに引っ張られる形で文系科目に力を入れたおかげで、そちらは平均点を上回るも、理系科目はかろうじて赤点を回避している程度だ。

 そんな奴がなにを教えるというのだろうか。そう思いながら、俺も成田の後を追うようにしていったん部屋へと戻る。



「なにから手を付けよっか」

「とりあえず課題からだな。早く終わらせて自由にやりたいし」


 そんな言葉と共にノートと問題集、プリントを机の上に広げ、ゆっくりと問題を解いていく。成田も口を開くことなく問題を解いており、ただ、シャーペンが答えを綴る音だけが僅かにするだけ。



「ねぇ、これってどうすればいいの?」


 その沈黙を破ったのは、成田。始めてから二十分ほど、ちょうど課題に区切りがついた時のことだった。聞いてきたのは現代文の記述問題。

 成田の問題集を少し覗き込むようにして問題を眺めてみれば、つまずいている理由はともかく、答えの書き方は見えてきた。


「あー、これはここにも同じようなことが書いてあるだろ。だから、こっちのを使うより、ここの内容をまとめなおした方が上手くまとまると思う。こんな感じで」

「……なるほど。ありがと」


 いや、別にと言いながら顔を上げると、すぐそこに成田の顔があり、思わず顔を背ける。机はそれなりに広い筈だが、やたらと狭い気がしてきた。

 まだ数日とはいえ、義兄妹としての距離感に慣れる気がしないのはどうしたものか。


「普段は唯香ゆいかに教わってるんだけど、唯香と同じくらい分かりやすいよ」

「そりゃどうも」


 ところで、唯香さんとやらは誰なんですかね。いや、まあ、トップカースト集団の誰かではあるんだろうけど。


 こんな感じのやり取りを合間に挟みつつも、ゆっくりと勉強を進めていると、それなりに集中してしまったようで、もうすぐ時刻は十時を迎えようとしていた。


「あー、そろそろドラマ始まるじゃん。悠斗君も一緒に観る?」

「いや、俺はいいや。本読みたいし」

「そっか」

「今日はありがとね、助かったよ」

「まあ、それなら良かった」

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