第7話
「どうだ、新しい席は?」
ラリーをしていると、卓球台を挟んで向こう側の勝浦がそう声をかけてきた。
現在時刻は席替えからだいたい三時間ほどが過ぎて十二時を回ったところ。四限の体育の真っ最中だ。
勝浦がそんなことを聞いてきた理由は、俺の隣の席だったのが
彼女もまた、成田と同じように、明るく脱色された髪や改造されきった制服、ピアスにネックレスと校則違反盛りだくさんだ。
授業さえ真面目に受けるのであれば格好はどうだっていいと思うし、校則の指定はさすがに前時代的だとは思うが、それはそれとしてシンプルに怖い。
だが、まあ、授業中は驚くほど真面目に授業を受けており、特に問題らしい問題はなかったと言えるだろう。
休み時間になれば彼女のグループが集まってくるものだから、休み時間が来るたびにどこかへ避難しなければいけないというのは、少し面倒くさい気もするけれど。
「まあ、想像よりかはマシってところだ」
憂さ晴らしをするように、やってきたピンポン玉を踏み込みを入れながら思いっきり打ち返す。
コートの端を捉え、勝浦が返すことなくこのラリーは終わると思っていたのだが、さすがは経験者といったところか、同じようなコースで返ってきた球は俺のラケットにあたることなく床へと落ちて転がっていく。
それを拾って戻れば、すでにラリーをする気力は互いに削がれており、やる気のある生徒に台を譲って、壁際でやる気のある面々の姿を眺めさせてもらうことにした。
教師は体育館のバスケの方を中心に見ており、偶にこちらを覗きに来る程度。こちらでのサボりも、コートが埋まってしまったからなんて大義名分もあるから、とやかく言われることはない。
「にしても、すごいよな」
台の上で行きかうボールを眺めていると、唐突に勝浦が口を開いた。
「卓球部の連中か? まあ、それなりの実績は残してるらしいしな」
「ちげぇよ。お近づきになりたいと思ってる男子もそれなりにいる、成田と館山との距離を急速に詰めてるお前がだよ」
「物理的な距離だけどな。それにどっちも不可抗力だし」
「それで喜ばないのがお前らしいよな」
「まあ、あの派手な感じがそんなに得意じゃないからな」
「なるほどな」
勝浦と言葉を交わしているうちに休み時間の始まりを告げるチャイムが鳴った。
後片付けは体育委員に任せて、一足先に休ませてもらう。といっても、体育委員が片付けをしている時間は飯を食えそうな場所を探す時間になってしまうのだが。
コンビニのレジ袋と自販機で買った冷たい缶コーヒーを片手にフラフラと校内を回る。
昼時ということもあって外は日陰が少なかった。これからの酷暑を考えれば日陰の一つや二つは欲しいのだが、分かりやすく居心地がいい場所はすでに使用中だ。
照りつける日差しにわずかに汗ばみ、その度に乾いたのどをコーヒーで潤しながら散策を続けていると、行きついたのは中庭から渡り廊下を挟んで反対側。校舎裏なのだが、程よく日の光が差し込み、治安が悪い奴らが集まるにもいまいちそうな場所。
うちの学校の特徴でもある校舎の上に乗っかっているかのような天体ドームの影が、ちょうどよい日陰を作っている。
「ここにするか」
日陰の中心にどっかりと腰を下ろす。渡り廊下と特別棟、教室棟に三面を囲まれたここは、風の終着点のようになっており、入ってきた風は渦を巻くようにゆっくりと空気を運び続けている。
それを示すように風に運ばれ、渦となる僅かな土埃を眺めながらパンを口に運んでいると、ザッ、ザッと砂利混じりのここまでの道を踏みしめる足音が聞こえてきた。
「あれ、先客がいるのか。珍しい」
足音の主は気の抜けた声をあげてこちらの方にのそのそとやってくる。強く吹いた風が声の主の白衣をふわりとなびかせた。
「佐倉か、どうしたこんなところで」
「いや、俺の席の周り女子が集まってて……」
「あー、そういえばそういう席引いてたな。なんというかお疲れさん」
労っているのかもわからない気の抜けた声でそう言う千葉先生は俺の隣に遠慮なく座り、俺と対して変わらない昼飯を食べ始めた。
「そういえば、大丈夫そうか?」
一つ目のパンの最後の一欠を飲み込んだところで、唐突に千葉先生は口を開いた。
「え? なにがですか」
「新生活だよ。昨日からなんだろ?」
「よくご存知で」
「一応担任だからそういう情報も入ってくるんだよ。クラスメイトと突然同棲とか色々大変だろ」
「まあ、そうっすね」
「俺もそうだったんだよ。だから、なんかあったら相談しに来い」
普段やる気がなさそうな割に、こうやって気を使ってくれるのかと、その優しさに心を奪われそうになる。先生、と感嘆のあまり言葉をこぼしてしまったくらいだ。
「生徒の相談に乗ってるとなりゃ、変な仕事も振られないだろうし」
続けられた言葉に、おい、とツッコミを入れてしまう。
俺の感動を返してくれ。
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