第2話
昼休み、菓子パンをかじりながら携帯をいじっていると母さんから連絡が届いていた。その中身に目を通すと、は?という言葉が溢れ出るとともに手から菓子パンが滑り落ちる。
幸い、菓子パンは袋からちょっとずつ出してかじっていたので無事だが、送られてきた内容は大惨事だ。なにかの見間違いであることを祈りながら、再度目を通したところでその文言は先程見たものと一字一句変わらない。頭を抱えて、思いっきり叫びたい衝動に駆られる代わりにため息を溢す。
そんな俺を見かねてか、前の席に座る友人、
「どうした。気になるあの子が彼氏といちゃついてるのでも見たか?」
「いや、気になるあの子はいねぇよ。まあ、いたとするのなら、その方が良かったかもしれないが」
「じゃあ、ガチャで爆死か」
「じゃあ、に続く言葉がガチャかよ。当然ながらハズレだ。お前の脳内での優先順位どうなってんだ、このゲーム廃人め。……これだよ」
右手に持った携帯をそのまま見せようとして、手を止める。すぐに左手で持ち替えてから画面を見せれば、そんな気にしないでいいぜ、と言われてしまった。
気にしているというよりかは、習性になってしまっていることなのだから、そっちこそ気にするなって話だ。そう言いたくなるのをグッとこらえて、早く読むようにと促す。
「……なんというか、ご愁傷様。そりゃため息も溢れるわ」
「そうだろ」
「にしても義理の兄妹ねぇ。この歳になって兄妹が増えるって面倒なだけだろ」
「ちょっ、やめろバカ。声がデカい」
トップカースト集団からひと際鋭い視線が飛んできて、目の前の勝浦の口を塞ぐ。
さて、母さんから先ほど送られてきたラインについてだが、こんな感じのものだった。
『伝え忘れてたんだけど、彼には娘がいるの。あんたと同じ南武高の二年生よ。
成田渚。ここ、二年三組のトップカーストに君臨するギャルの一人である。男女分け隔てなく接し、高校生らしい話題で盛り上がる。良くも悪くも絵に描いたような女子高生なのだが、俺のような日陰者にはなんとも近づきにくい。
形骸化しているとはいえ、校則なんぞ全く知らんと言わんばかりに明るく脱色された髪、耳に穴何個あるんだよってツッコミたくなる程のピアス、大きくあいた胸元で輝くネックレス。容姿は整っている方に分類されるのであろうが、しっかりと化粧が施されており、その下の素顔は想像がつかない。
まあ、同姓同名の別人が他のクラスにいる可能性もなきにしもあらずだが、その確率はどれくらいなのか。宝くじでもかったほうがまだ当たりそうなものである。
「まあ、ハズレだと思われるくらいなら全然いいんだが、追い出されるような事態は避けたい」
「そりゃそうだ」
とりあえず、南無〜、と言いながら手を合わせる友人を見て、朝から数えて何度目かも分からないため息を付いた。
※ ※ ※
間もなく二十時を迎えようとしている国立駅前は、大学通りからやってくる学生の姿を中心に多くの人でにぎわっていた。
時間というのは不思議なもので、過ぎてほしくないと思えば思うほどに、あっという間に流れていくらしい。気付けば授業は終わって、書店で新刊を吟味していると、あっという間に約束の時となってしまった。
「悠斗、お待たせ―」
「渚、お待たせ」
雑踏の中で携帯をいじっていると、母さんの声ともう一つ、落ち着いていて安心感を覚えるような低い声が耳に届いた。
母さんの声に軽く頷くようにして返事をしてみれば、それがちょうど隣からの声と重なる。
母さんの隣、すらりとしたスーツ姿の男の声に反応したのだろう。ここらで答え合わせのお時間らしい。確かめるように声の主の方へと視線をやれば、ちょうど吹いてきた一陣の風に軽く髪を押さえる成田の姿があった。
なんとなく、似た雰囲気の誰かが、別の待ち合わせでもしているのだと信じていたが、そういうことらしい。
「二人で一緒に待ってるなんて、仲が良かったりするのかな?」
「ま、そんなとこ。前も話したけど同じクラスだし」
スーツ姿の男の方、つまり成田の父親であろう彼の問いに成田が答えた。
俺は具体的な集合場所すら教えられてないし、居合わせたのは偶然の産物で、一緒に待っていたわけではないのだが、人の話に割って入る気もないので口は開かないでおく。
「私たちのことはいいって。それより早く行こ。そっちの話も聞きたいし」
成田のその言葉が合図だったかのように、二人がゆっくりと歩きだした。その後ろを成田と付いていく。
マザコンという訳ではないが、成田と話すことなんて思いつかんし、母さんに文句を言いながら店を目指すほうが良かった、などと思いながら緩めの歩調で歩いていくと声がかかる。
「クラスメイトと兄妹になるってなんか新鮮だよね」
「まあ、そうだな」
親の手前か、話を振ってくる彼女に軽い相づちで答える。
とは言っても、思春期の男女がいきなり兄妹になるからといって何かが起こるわけではないし、俺と彼女ではどうにもなりようがない。目指すべきところは、お互い最低限の干渉で上手く過ごすというとことだろう。
「パパからその話を聞いた時はびっくりしたよ。本当はこうして会う前に話しておきたいと思ってたんだけど、佐倉君すぐいなくなるから」
「それは、なんというかすまん」
「避けられてるのかなって思っちゃったもん」
少し落ち込んでますと言わんばかりの声色に、なんだかこちらの方が申し訳なくなってくる。いや、気を使わせて話を振ってもらったことも、それを広げることもできてないことも、そもそも俺と兄妹になるってことも申し訳ないと思っているのだが。
「それもすまん。再婚の話も朝聞いたばっかりで整理できてなかったんだよ」
「謝ってばっかりじゃん。別に気にしてないよ。でも、あんだけ仕事できそうな人なのに、連絡とか遅いんだ」
「まあ、顔合わせる時間がそもそも少ないし、しょうがない」
「ね。もっと早く教えてくれてたら、早く仲良くなれてたと思うし」
「え?」
適当な言葉で流していくつもりが、思わず声が出た。
「あれ? もしかして歓迎されてない?」
「いや……」
そんなやり取りをしながら考えてみる。もし早く聞いていたら何かが変わっていたのかと。
しかし、その考え事も長くは続かなかった。前を行く二人の足が止まったからだ。どうやらここが目的地らしい。
駅前ロータリーから少し歩いたところにある雑居ビル。その中にある落ち着いた雰囲気の店、その個室に通された。
「まあ、自己紹介から始めようか。僕は渚の父親の成田
「あっ、はい。よろしくお願いします。佐倉悠斗です」
「そう緊張しないでいいよ。
少し親し気に母さんの名前を読んで、幸せそうにほほ笑む光輝さんにぺこりと頭を下げる。
すぐ隣では母さんと成田が同じようなやり取りをしている。ちらほらと聞こえてきてしまうそれに耳を傾ければ、母さんが余計なことを言わないか不安でたまらなくなる。だからといって、視線を向ければなにかな? と言わんばかりに笑顔を見せる光輝さんとの話題がある訳でもない。
一人気まずさを感じながら、店内をゆっくりと見まわす。オシャレで落ち着いた雰囲気は、普段コンビニ弁当や、適当に買ってきた総菜で夕飯を済ませている俺にはなんとも居心地が悪い。
そんな俺に気を使ってかいくらか話しかけてもらえるが、だいたいこんな感じで終わってしまう。
「そういえば、二人は同じクラスなんだってね」
「え、えぇ、まあ、そうですね」
「良く話したりするのかい?」
「まあ、たまにって感じです」
「そっかー。まあ、同じクラスでも異性とはあんまり喋らないよね」
「はい」
明らかに俺が悪い。どう考えてもコミュ力が足りていない。その証拠に隣に座る母さんと成田(娘)との会話はしっかりと盛り上がっている。もう、申し訳ないから、店からつまみ出して、すぐそこの桜並木の下にでも埋めてほしい。
なにはともあれ、こうして、クラスのギャル・成田渚と俺の兄妹関係の第一歩、顔合わせが行われたのだ。
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