クラスのギャルが義妹になった件
夜依
第1話
『義兄さん、私、義兄さんのことが──』
物語もクライマックス。遂にヒロインがその隠し続けていた感情を吐露し、二人は結ばれようとする。シリーズ4巻目。最初は義妹がヒロインなんて、と思いながら読み始めたこのシリーズだが、今はこの二人が結ばれることに思わず涙ぐみそうになる。
ページを捲る手はゆっくりとだが、止まることなく、遂に最後の一行まで味わって本を閉じ、そのまま作品の余韻に浸る。
気が付いた時には、窓の外で夜のとばりが下りていた。今日も今日とて、部屋の片付けに著しい進捗は見られない。
俺、
そろそろ予防手段が講じられてもいいんじゃないのか。というか、講じられてくれないといい加減困りそうだ。とはいえ、手に取っていたのは義妹ものの作品なのだから、少なからず明日からの新生活と自分なりに向き合った結果といえるだろう。
いや、別にこれから義妹になる彼女とこの作品のようになりたい、なんて気は更々ないし、創作物と現実は違うのだ。そもそも、こんなもん読んでる時点で、明日から上手くやれる気がしない。これを読んでると知られたうえで、上手くやれたら大事件だ。まだ追い出されるほうが納得感がある。
それに何より、俺が目指すのは義妹との親愛度を高めラブコメ展開なんてものではなく、それなりにうまくやって、追い出されずにおよそ1年半を過ごすことだ。現状進路は未定だが、高校を卒業さえしてしまえば、進学だろうが、就職だろうが、家を出る理由なんてのはいくらでも思いつく。だから、まあ、それまで上手くやり過ごす、それだけだ。
閑話休題。
くだらないことを考えて、再び現実逃避を試みたりもしたのだが、片付けが終わっていない現状は変わらない。
段ボールが自ら箱状に組み上がって、部屋に散らかった物を納めてくれている、なんてことは当然ながら無く、段ボールは組み立てられてすらいないまま壁にたてかけられ、部屋も散らかったまま。
引っ越し業者が荷物を引き取りに来るのが明日の朝だというのだから、この状況は控えめに言ってヤバいというやつだろう。新生活の前に母さんから引導を渡されるまである。
もうすぐ、七月。
夜長の秋には程遠いが、布団にこもって眠りたくなるような寒さは微塵もない。徹夜を覚悟で片付ければ、なんとか朝までには終わるだろう。気合を入れるようにして両の頬を叩き、ようやく俺は荷造りを始めた。
* * *
時は遡ること1週間ほど前。
連日の雨と気圧性の偏頭痛が珍しく止んで、夏の訪れを感じるような良く晴れた朝のことだった。
いつもと同じように、母さんと共に家を出て、間もなく駅前の大通りに差し掛かる。つまり、ちょうど各々の道へと分かれる分岐路が見えてきた時だった。
「あぁ、そうそう。私、再婚することにしたから」
「ほーん。って、え?」
レディーススーツと出来る女オーラを身にまとい、今日も今日とて1日中仕事をこなし続け、夜には残業と共に都内の夜景の一部になるであろう母さんは、今日も残業だから、みたいなノリでそれを報告してきた。
適当に返してしまったが、重大な話だというのに業務連絡のように報告をしてくる母さんが悪い。いや、まあ、朝のひと時と寝る前くらいしか顔を合わせない母さんが、突然ちゃんとした感じで話を振ってきたとしても、脳みそが追い付かない気がするのだけれど。
俺の間抜け面と気の抜けた返事はどうでも良いらしく、母さんの言葉は続けられる。
「で、顔合わせが今日なの。というわけで夜の八時に国立の駅前集合。オッケー?」
「お、オーケー」
「美味しいお店行くから、お腹空かせておきなさいよ。詳細は後で送るわ。じゃあねー」
勢いに飲まれるがままに頷いたりしてしまった俺も悪いのだが、言いたいことだけ言って駅の方へと向かっていった母さんの背中を見てため息をつく。
前々から決まってたであろう重要な連絡を当日にするなよ、社会人だろ。大丈夫かよ。部下にも同じ感じで無茶振りとかしてないよね? 最近は色々うるさいんだから気をつけないと、なんとかハラスメントとか言われて大変なことになるよ。
そんな愚痴まじりを返そうとしても、既に母さんは人混みの中に消えていって背中すら見つからない。
呆然と突っ立っていると、駅へ飲まれるように歩く人に、駅から吐き出されてきた人、その双方に邪魔そうな目で代わる代わるに一瞥され続ける。
そうして、ようやく通学の途中であったことを思い出した俺は、なんとか学校への道に足を進めることを決めた。
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