クラスのギャルが義妹になった件

夜依

第1話

 最後の一行まで味わって本を閉じ、そのまま作品の余韻に浸る。

 気が付いた時には、窓の外で夜のとばりが下りていた。

 片付けをしようとするときの悪癖、気が付いたら本を読んでしまう病を今回も発症してしまったらしい。

 俺、佐倉さくら悠斗ゆうとは今まで過ごしてきた十七年という時間の中で、数多の大掃除と片付けをこなしてきたが、未だにこれが発症しなかったことはない。

 そろそろ予防手段が講じられてもいいんじゃないのか。とはいえ、手に取っていたのは義妹ものの作品なのだから、少なからず明日からの新生活と自分なりに向き合った結果なのだろう。いや、現実逃避した結果か。

 まあ、そんなくだらないことを考えて、再び現実逃避を試みたりもしたのだが、片付けが終わっていない現状は変わらない。段ボールが自ら箱状になって散らかった物を納めてくれているなんてこともなく、段ボールは組み立てられてすらいないまま壁にたてかけられ、部屋も散らかったまま。

 引っ越し業者が荷物を引き取りに来るのが明日の朝だというのだから、この状況は控えめに言ってヤバいというやつだろう。

 もうすぐ、七月。ある団長が言っていた謎の転校生になれるかも怪しい時期に引っ越しの準備をしているのには、もちろんながら訳がある。まあ、転校はしないから、謎の転校生について考える必要はないのだが。

 ことの発端はいつかも知らないし、知りたくもないのだが、とりあえず一週間ほど前のことだ。その話を母さんから聞いたのは。


 * * *


 連日の雨と気圧性の偏頭痛が珍しく止んで良く晴れた朝だった。

 母さんと共に家を出て、間もなく駅前の大通り。ちょうど各々の道へと分かれる分岐路へと差し掛かろうとした時だった。


「あぁ、そうそう。私、再婚することにしたから」

「ほーん。って、え?」


 レディーススーツと出来る女オーラを身にまとい、今日も今日とて都内の夜景の一部になるであろう母さんは、今日も残業だから、みたいなノリでそれを報告してきた。

 適当に返してしまったが、重大な話だというのに業務連絡のように報告をしてくる母さんが悪い。いや、まあ、朝のひと時と寝る前くらいしか顔を合わせない母さんが、突然ちゃんとした感じで話を振ってきたとしても、脳みそが追い付かない気がするのだけれど。

 俺の間抜け面と気の抜けた返事はどうでも良いらしく、母さんの言葉は続けられる。


「で、顔合わせが今日なの。というわけで八時に国立の駅前集合。オッケー?」

「お、オーケー」

「美味しいお店行くから、お腹空かせておきなさいよ。じゃあねー」


 勢いに飲まれるがままに頷いたりしてしまった俺も悪いのだが、言いたいことだけ言って駅の方へと向かっていった母さんの背中を見てため息をつく。

 前々から決まってたであろう重要な連絡を当日にするなよ、社会人だろ。


 新しい父親に、先ほど送られてきた母さんからのラインの内容。頭を抱えて、思いっきり叫びたい衝動に駆られる代わりにため息を溢す。

 朝から何度目かも数えていないが、ため息をつくと不幸になるというのなら、もう不幸のどん底にいるんじゃないかってくらいにはため息をついた。

 そんな俺を見かねてか、前の席に座る友人、勝浦かつうらかけるが声をかけてきた。


「どうした、朝から。気になるあの子が彼氏といちゃついてるのでも見たか?」

「いや、気になるあの子はいねぇよ。まあ、いたとするのなら、その方が良かったかもしれないが」

「じゃあ、ガチャで爆死か」

「じゃあ、に続く言葉がガチャかよ。当然ながらハズレだ。お前の脳内での優先順位どうなってんだ、このガチャ中毒者め。……これだよ」


 右手に持った携帯をそのまま見せようとして、手を止める。すぐに左手で持ち替えてから画面を見せれば、そんな気にしないでいいぜ、と言われてしまった。

 気にしているというよりかは、習性になってしまっていることなのだから、そっちこそ気にするなって話だ。そう言いたくなるのをグッとこらえて、早く読むようにと促す。


「……なんというか、ご愁傷様。そりゃため息も壊れたみたいに出続けるわ」

「そうだろ」

「義妹って創作物の中だからいいんだな」

「やめろ。声がデカい」


 トップカースト集団からひと際鋭い視線が飛んできて、目の前の勝浦の口を塞ぐ。

 さて、母さんから先ほど送られてきたラインについてだが、こんな感じのものだった。

『伝え忘れてたんだけど、彼には娘がいるの。あんたと同じ南武高の二年生よ。成田なりたなぎさちゃんって子なんだけど知ってるかしら? 知り合いなら一緒に集合場所に来たらどう?』

 成田渚。ここ、二年三組のトップカーストに君臨するギャルの一人である。男女分け隔てなく接し、高校生らしい話題で盛り上がる。良くも悪くも絵に描いたような女子高生なのだが、俺のような日陰者にはなんとも近づきにくい。

 形骸化しているとはいえ、校則なんぞ全く知らんと言わんばかりに明るく脱色された髪、耳に穴何個あるんだよってツッコミたくなる程のピアス、大きくあいた胸元で輝くネックレス。容姿は整っている方に分類されるのであろうが、しっかりと化粧が施されており、その下の素顔は想像がつかない。

 まあ、同姓同名の別人が他のクラスにいる可能性もなきにしもあらずだが、その確率はどれくらいなのか。


 あぁ、目が覚めたら全部夢だったとか、そういう感じのオチであってくれ。

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