第十六話 【球技大会〈4〉】
day.4/20 [第一言の葉学園:第二グラウンド]
E組対D組のフットサル対決は、結末が見えない0対0のまま、最終ラウンドとなる第四ラウンドへと突入した。
その試合時間は十分。たった十分で、勝敗が決まる。
そして、その勝敗を決める笛が今、鳴らされた。
――ピーーーー!!!
第四ラウンドのキックオフはD組から。第一ラウンドから交互にキックオフの権利を回していたが、ここにきて先制でキックオフだったデメリットがE組達を襲う。
D組のキックオフから始まり、そして当たり前のようにそのボールは須黒へと回された。
「来るぞ、構えろ!」
それは警戒の合図。須黒にボールが回った瞬間、警戒を促すための指令が、ジンからチームメイト全員に発された。
その言葉通りに全員の注目が須黒へと集まった。
「【爆】ッ!!!」
そして、須黒がエースストライカーたる所以が発揮される。
(まず初めの関門。これを受け止めるところから、俺たちの攻撃は始まる)
それは、予想されていた一手。だが、予想していたとしても、回避ができるかわからない最悪の一手。その一手は、ジンの予想通りに繰り出された。
咆哮のように発される詠唱。そして繰り出されるのは、殺人的剛速球。サッカーボールを使ったシュートとは思えない速度で射出されるそれは、教師たちの言霊の力で安全が確保されているとはいえ、鬼気迫る恐怖を感じさせるもの。
その力を前にしてジンは、腐ってもワードマスターと感心せざる負えなかった。
そして、腐っていた須黒はもういない。チームプレイをし、間違いなく改心した須黒は、前よりも強力な好敵手として、現れた。
その過程に何があったのか、ジンにはわからない。
だが、彼の心が改まるほどの何かがあったという事実を感じ、そしてその出来事に遭遇し、心を改めた須黒に敬意を表した。
だからこそ、ジンも全力を集わせる。なにも、このフットサルという競技は、個人技ではないのだから。
「合わせろ、向井木!!」
「いいぜ、ジン。――【木】!!」
ジンは、須黒のシュートに合わせて既に準備していた【木】の言霊を発動する。そのジンの行動に、即座に反応して見せたのは向井木だ。
ジンの描いた【木】に、さらなる【木】の二重奏が奏でられる。彼らの合わせ技は、何もない大地に幹が太く、強靭なる大樹を即席で作り出した。
「北沢、沼田!」
「わがっだ!」
「任せろ!」
さらに、その大樹を支えるために、E組きっての力持ちである北沢と早朝からの賭けによりいつもの二倍の身体能力を発揮する沼田が木の幹に張り付いた。
これこそが、ジンの考えた防御の布陣。ジンと向井木の合わせ技によって生み出した大木を盾にして、膂力の強い二人に支えてもらい須黒のシュートを受け止めるという技だ。
そしてその協力技は――――
「よしっ!」
「止められた!?」
――――須黒のシュートを止めることに成功した。
(これで、キックオフ直後の須黒のシュートは止められる。あとは――)
「――――得点を決めるぞ!」
木に弾かれたボールを胸で受け止めながら、ジンが号令を出す。
「全員前に出ろ!」
チャンスをモノにするために。言霊によるプレイから、従来のフットサルの基本であるチームプレイを重視した全員による攻勢をかけた。
その号令と共に、ゴールキーパーを除く五人全員が前へと駆け出す。
それも、言霊を交えながら。
「【木】ィ【木】ィ【木】!!!!」
サポートに回る向井木によって、縦横無尽に空へと駆けのぼるための道が作り出される。そして、今日まで練習した立体的なパス回しを、それぞれの言霊の力でカバーしながら、相手の陣形を掻い潜っていく。
「決めろ、ジン!」
「チャンスだ!」
「いってくんれ!」
「君ならできるさ!」
そして、沼田より放たれた最後のパスが、ジンへと回る。
誰よりも高く登り、そして誰よりも高みを見上げたジンにボールが回され、そして。
「――――任せろ」
ボールは、【射】の言霊と重力の加速をもってして打ち下ろされた。
「決まれぇええええ!!!」
そのボールはゴールへと一直線に向かって――――
「――――【重】ッ!!!」
ゴールキーパーとして立った生徒も、全力で言霊を使う。
【重】という自身の体重を重くする言霊。その魂胆は、自らでボールを受け止め、吹き飛ばされまいとするためのもの。
だが、その体重のせいでボールに追いつくことができず、ついにボールはゴールへと突き刺さった。
――――ピーー
その笛の音は、ゴールが決まった合図。
得点が入り、D組のキックオフから試合を再開するための笛が鳴る。
それは、E組の遅すぎる先制点を知らせる音だった。
向井木の操作によって、整地のために崩れ落ちる木の中で、ジンは喜びの声を、天高らかに吠えた。
「よっしゃぁああああああ!!!!」
・――――・
「ねぇ、そっちはどんな感じなのー?」
「あれ、夢っさんじゃん。女子の球技大会は終わったの?」
「初戦敗退だよ。頑張ったんだけど、相手のチームプレイが凄すぎて負けたんだ」
D組のベンチにて、仕事を終えた日下部の背後からひょっこりと顔をのぞかせたのは、女子の球技大会で初戦敗退してしまった真世だった。
体育館にて行われていた女子の球技大会では、バレーボールが種目として選ばれたのだが、如何せん男子とは違い、女子側にはワードマスターが四人もいるという都合上、かなりの激戦が繰り広げられたそうだ。
特に、第六位ワードマスターである真世が競い合った対戦相手は、第五位ワードマスターを抱えるC組。そのC組のチームプレイに圧倒され、その結果初戦敗北となった。
ただ、自分たちの試合が終わった後、須黒のことが気になった真世は、男子の球技大会に顔を出したのだ。
そして、ベンチに座っていた日下部に話しかけた。そっちはどんな様子なのかと。
「いいところまではいったんだけどな。まあ、こっちも女子と同じ、チームプレイ差ってところだろうか」
日下部が再び目を移したコートの景色。そこには、枷もなく自由に動く樹木たちと、その対応に右往左往するD組の生徒たちが居た。
「あー、もしかしてだけど……負け?」
「三点差。あ、今四点目入ったな。まあ、仕方がないことだとは思うけどな」
そう。須黒に対して完璧に対策をして見せたジンたちは、キックオフの瞬間から須黒以外にボールが渡るのならば、沼田の強化された瞬発力と走力でボールを奪い、次々と得点を決めていった。
元よりディフェンスに難があったチーム。それは、フットサルという同数同士のチームプレイという点にて、より顕著にその弱点を浮き彫りにしてしまった。
「俺っちたちの勝機は、大将の攻撃力にある。あの大砲のようなシュートを活かせれば、いくらでも点が取れたんじゃないかな」
「でも、無理だよね。だって、須黒君って、今までの練習に参加してなかったから」
それが、D組最大の弱点だった。須黒をキーパーソンとして据えるはずが、その須黒とのチームプレイの練習がなかったために、スムーズなパス回しやシュートをするためのコース取りなど。必要な練習の悉くが足りていなかったのだ。
だからこそ、守備の要が居なくなった瞬間、点が取られ始めてしまった。
それに歯止めをか蹴るものもおらず、攻撃一辺倒な能力の須黒はなにもできない。
それが、D組の敗因であった。
「ほら、笛の音がなった。このクラスのまとめ役らしく、彼らを迎え入れてくれよ」
そうして、第四ラウンド終了の笛が鳴る。
トーナメント一回戦を勝利し、喜びの声を上げるE組たちの横を通って、負けてしまった仲間たちが帰ってきた。
その顔には、あと一歩。何かもっとやれたのではないかという、やりきれない感情を皆が浮かべていた。
「……日下部。すまねぇ」
そして、エースとして前に出たのに、ついに一回の得点も上げることができなかった須黒が、申し訳なさそうに日下部に向かって頭を下げた。
「お前が保っていてくれたのに、俺は一点も決められなかった」
それは、皆の期待に応えることができなかったという後悔。そして、二度の敗北よりも、より強く須黒にのしかかる負けてしまったという無力感。
暴君のように構えていたころには考えられないほどに、憔悴した須黒がそこにはいた。
「いいんだよ。こっちも、たいしてお前の動きに合わせられなかった。あっちは、チームの軸を活かすための練習を数日間みっちりと鍛錬してきたみたいだ。急ごしらえのコンビネーションじゃ、あの壁は超えられるほど、甘くはない。あたりまえだ。負けたことを仕方がないなんて言葉で終わらせるつもりはないが、今回の戦いでできることは全部やったはずだ。なら、誰かを責めるなんてことはできないはずだぜ、大将」
その言葉は、須黒だけに向けたものじゃない。誰かのせいにできないのは、クラスメイト達も同じだ。なぜなら、自分たちは須黒だけに得点の責任を負わせてしまっていたのだから。
ただ、その敗北のムードをたたき割るように、手を打ち鳴らして注目を集める者がいた。
「一年D組の諸君! 何故そんな顔をしているのだ!」
そこに現れたのは、他でもない生徒会長の石津谷会長であった。
「か、会長!?」
その突然の登場に驚きの声を上げたのは真世だったが、その場にいた全員も真世のように目を見開いて驚愕していた。
「な、何か御用ですか?」
「君と同じ用事だよ夢君。僕は須黒君がクラスになじめているか、それを見に来たんだ」
そういう石津谷は、ことの経緯のすべてを見ていた。彼らの試合で、クラス全員が須黒に期待を寄せ、その力を信頼してパスを回していたという事実をすべて見ていた。
「どうやら、須黒君はしっかりと反省を活かして馴染めたようだね。ならば、今回の敗北も糧にできるはずだ!」
「……まあ、確かにそうでしょうね」
石津谷の言葉に同意したのは日下部だった。
「会長が言う通り、俺たちはクラスとしてまとまるのが遅かった。だが、その代わり大将という強力な大砲を手に入れたんだ。だからこそ、今日の負けを覚えておくんだ。次こそ、今度こそ、大将を入れて、共に、今度こそ勝てるように」
それは、次へのための言葉。まだ、このクラスは始まったばかりだということを、皆を教えるための言葉だ。
「次こそ勝つんだ。これは、そのための敗北だったんだ。そういうことだ、だから、次を目指すとしようぜ、大将」
「……おう。次こそは、負けない」
そして、D組はやっとクラスとしてまとまった。ようやく、敗北という結果を経て、須黒も含めてのD組となったのだ。
「これで、憂うことはなさそうだな!」
そんなD組の様子に安心し、石津谷は憂いなく三年の球技大会へと戻っていったのだった。
「日下部、ちょっと行ってくる」
「おう、大将。頑張れよ」
そして、敗北を噛みしめ、チームの絆を強くしたあと。須黒は立ち上がり、日下部に一言残してから、E組のベンチへと向かう。それに対して日下部は頑張って来いよ、と言葉を添えて、その背中を見送った。
そして、E組ベンチでは、D組のベンチからやってくる須黒に対して身構える生徒が大勢いた。
特に、須黒の行った暴力の結果をその目で見たことがあるジンの同室メンバーとジンが助けた当人である払田の四人が顕著な反応を示す。
その裏には、負けた腹いせに殴りに来たのでは、という恐怖があったからだ。
だが、須黒が来ているということに気づいたジンの行動は違った。
「ちょ、ジン!」
「安心しろ、前とは違うさ」
なんと、ジンは須黒に合わせるようにベンチに立ち、無造作に須黒へと近づいていくのだった。
そして、往年の友人かのように、ジンは須黒へと話しかける。
「よぉ、須黒。どうしたんだ?」
その気安さに、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする須黒。だが、その気安さを、ジンなりのやさしさだと須黒はとらえ、すぐに目的を達成しようと返答の言葉を考えた。
「……謝りたいこと。それと、感謝したいことがあるんだよ」
「ほお、言ってみろ」
その言葉は、十年来の友人のように二人の間で交わされる。みているE組とD組の面々からは、ひやひやとした一触即発の爆発物をまじかにしたような焦りを感じるが、そんなもの、二人には関係ないかのように会話が進む。
「すまなかった。入学式の日、俺の暴力でお前を傷つけてしまって。それと――――」
一つ目。それは、この学園にて、最も傷つけられたジンへの謝罪。
「払田勇気。お前をいじめようとして、恐怖させてしまったことも、謝りたい」
ジンへの言葉と同時に、ジンの背後のベンチから、こちらの様子を伺う払田へと頭を下げた。
それは、本当に間違ったことをした自分を悔い、過ちを償うための一歩。
それにたいし、ジンは―――
「――――よしっ、許す!」
親指を立ててサムズアップをしながら、その一言で須黒の謝意を受け取った。
「払田もそれでいいだろ?」
「う、うん。矢冨君がそういうなら、僕は問題ないよ」
そして、後ろを振りむいて払田へと問いかける。許してもいいか?その問いかけに対して、最もあの事件で傷ついたのがジンであることを知っているために、ジンが許したのなら許してもいいのだろう。と答えた。
「……泣いてんのか? 須黒」
「そりゃな。なんたって、許されるなんてはなから思ってなかったんだ。お前に許されなきゃ、俺の過去の清算は始まらない。だから、許されたことがうれしいんだよ」
そして、深く頭を下げたまま、涙ばかりをぽつぽつと流す須黒。その姿勢のまま、須黒は次に感謝も伝えた。
「お前のおかげで、俺は変われたんだ。だから――――ありがとう。それも、伝えておきたかったんだ」
「……よかったな。変われたみたいで」
そのぐちゃぐちゃに泣きはらした須黒が頭を挙げた時。その瞬間、矢冨は須黒に対して手を差し伸べた。
「お前のシュート。どうやって止めたらいいか悩んだんだぜ? いい好敵手だった」
「お前らのチームプレイは見事だった。手も足も出なかった。俺の、完敗だ」
そして、互いに称え合ってその手を握る。
それこそが、彼らの和解の瞬間であった。
「せ、青春だ~!!」
それをパシャパシャとカメラを回している向井木だったのだが、その向井木だからこそ、その二人に近づくとある人物の存在に気づく。
「あれ、アイツは――――」
そのイレギュラーは、突然現れた。
「なんかしみったれた、糞みてぇにつまんねぇにおいがするなぁ、ここ。で、どっちの雑魚が次の俺のえさになるんだ? おい」
そのイレギュラーとは、この場において異物である第二位ワードマスターである『戌飼』の登場であった。
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