第十五話 【球技大会〈3〉】
day.4/20 [第一言ノ葉学園:第二グラウンド]
第一試合。一年E組VS一年D組。
その戦いは、今現在第二ラウンドへと突入する。
その戦いのさまは、言ってしまえばノーガードの殴り合いというのが正しいだろう。ラウンドごとに、お互いのアタッカーを止める手段がないために、ゴールを決める瀬戸際まで簡単に攻められてしまう。
だが、いまだその戦況は〈0対0〉という膠着状態に陥っていた。
方や、平面であるサッカーコートにたいして、立体的な足場を用意することによって三次元的に行動し、敵を翻弄しつつ確実にゴール一歩手前へと迫る戦略的攻勢。
その攻勢を前に、制空権を奪取された敵陣営はなすすべなく、彼らの行く末を指をくわえてみているしかない。
それもそのはず。向井木の能力によって発生する樹木だけならまだしも、そのうえでジン自体も木を生やし自らの足場を作り出せるうえ、サポートとして回る福ノ宮の【大】の言霊によって、木を生やす過程で落ちた枝すらも巨大化させることにより、足場として使うことができるというありさま。
どこからでも足場が飛び出てくる。どこからでも、彼らは空へと駆けてドリブルを続けることができる。
これでは、フットサルの常識である一対一で敵をマークすることで、パス回しの邪魔をすることはおろか、ストライカーの持つボールにすら追いつくことができない。
しかし、それはもう一方のチームも同じであり、決して一方的な試合展開になっているわけではない。
その原因は、大エースストライカーの存在だった。
その名は『須黒 勝』。入学初日に問題行動を起こし停学を言い渡された彼だったが、格下だと思っていたジンに無力化されてしまい、更には現在の第六位ワードマスター――――須黒の代わりとしてワードマスターに抜擢された少女にコテンパンにされて、いつの間にか牙も爪も抜け落ちてしまっていた。
だが、彼の最後に残った鬼札だけはいまだその力を研ぎ澄ましていた。
それは、プライドの行くままに傲岸不遜であり、自由気ままに暴力をふるっていた時では考えられないほどの集中力をもって繰り出される、『指向性を持った言霊の行使』だ。
言霊は力だ。だが、それは河川を流れる水のように、あるいは電気ケーブルを伝う電気のように不定形な力だ。
その力は、人の言葉や装具によって指向性を持ち、その力を一点に集約させることができる。
そして、須黒はその集約を、気合と負け続けた過去を拭うために会得した集中力にて、やってのけた。
今の須黒の言霊は、【爆】の名の通り周囲へと破壊をまき散らす存在ではなくなった。
指向性を持った【爆】発を利用し、まるで大砲のようにサッカーボールを打ち出す砲台として、どんな距離でもゴールを狙うことのできるストライカーとしてE組の首筋にその抜け落ちてしまった牙を届かせようとしていた。
――――だが、だがだ。
その圧倒的攻勢にもかかわらず、お互い無得点無失点で試合は進む。
一見派手に見える攻撃の数々。だが、その水面下にて彼らを支えるのは、とある二人の活躍であった。
その役者とは『日下部 五無木』と『払田 勇気』の二人である。
日下部は、空からくるシュートを装具の糸によって受け止める。
日下部の持つ言霊の名は【無】。これは、言ノ葉学園の歴史上、強力な能力を発言させやすいと言われてきた、『単文字最強系五種』と呼ばれる言霊たちの一角にあたる。
そして、日下部もその例にもれず強力な言霊をもって、シュートを【無】効化していた。
彼の装具である糸に絡まったものは、ありとあらゆる運動ベクトルを失い、その動きを止める。その言霊は、こと守るという行為の置いて鉄壁を誇り、絶対的な守護神としてただ一度の得点すら許さない。
対する払田の持つ言霊の名は【退】。その力は、自分に向かってくるモノを後【退】させるという力だ。本来であれば、僅かに移動に抵抗を覚える程度の力しかない言霊。
試しに、ジンに使ってみたところ、確かに後ろに下がってしまうが、前に進めないこともないという何とも言えない効果しかなかった。
だが、この瞬間だけは違った。
あの時、自分にはどうすることもできなかった相手に相対する【恐怖】。だが、自分ならば止められるという【覚悟】。そして、ゴールキーパーを自分にまかせてくれた味方からの【信頼】。
そのすべてが、払田勇気という男の意志を強くさせた。
言霊は、意志の力。意志を強く持ち、よりその言葉を押し通そうという気持ちをもって言霊を叫ぶことによって、その力はいくらでも強くなる。
だからこそ、払田の【退】は、大砲さながらの須黒のシュートを止めることができたのだ。
故に、膠着する戦況。各々が最高の活躍をするがゆえに、どちらも得点を稼ぐことができずにいた。
そして、第二ラウンド終了の笛の音が鳴り響く。いまだ、両チーム無得点の中、五分のブレイクタイムがとられた。
水分補給をしている最中、E組の陣にて、現在チームのまとめ役となっているジンが一つの提案をする。
「次のラウンドで、俺は一回控えに入る」
「……まあ、そうなるよな」
このフットサルにて、コートに立つ選手は六人。本来のフットサルのルールから、一人だけ選手が多くなるルールだ。そして、ベンチには控えの選手が二人いる。前四ラウンドにて、一人の選手が登場できるのは、三ラウンド。つまり、四ラウンド中、一ラウンドは必ず控えに戻らなければいけないのだ。
そして、今現在。鉄壁と言える日下部の守りを貫けないジンは、一つの策を出した。
それが、日下部を回避する作戦だ。
「なあ、ジン。お前は、ワードマスターに――岸良に挑戦するのが目標だったよな」
その提案を聞いた向井木が、ジンの当初の目的について聞く。
「ああ、そうだ。……だけど、こうもうまくいかないとは思わなかったけどな」
ジンが、ワードマスターの称号に挑戦するためには、この球技大会で得点を稼ぎ、勝利することによって評価ポイントを稼いでいく必要がある。
そして、第四位ワードマスターとなる岸良の所持ポイントは550ポイント。初期評価のジンとの差は、450ポイントとなる。
「女子の球技大会の結果で、岸良に評価ポイントが加算されているのも考えて、650までは到達したい。ただそうなると……得点だけで11得点。トーナメントを全勝したとしても、俺の力で三試合全部でハットトリックをしなきゃいけないような得点だ」
そして、うまくはいかないだろうと感じていたその目標は、イヤになるほど予想通りに、ジンの前に現実として到来した。
前半二ラウンドの二回でコートに出たジンは、残り二ラウンドのうち、一ラウンドしか出ることができない。
だが、それは敵も同じ。
あの堅牢な守り手たる日下部もまた、一ラウンドしか出ることが叶わない。
だからこそ、次のラウンドを休憩にあて、最後の第四ラウンドにて、余力をすべて使い切るという作戦を立てたのだ。
「五分五分だが、運が良ければあのゴールキーパーは第四ラウンドに登場しない。そこが、勝機だ」
勝たなければ、岸良に挑むチャンスが遠のく。だからこそ、ジンは何が何でも勝つ必要があった。
「攻めの要になる俺と向井木は、次のラウンドを休憩にあてる。……その間、今までの俺たちの機動力がなくなるから、より苛烈な攻撃が来ると思う。行けるか、払田」
「うん! あと一ラウンドなら、大丈夫。まかせてよ」
「そして、唐栗」
「なんだ?」
「第四ラウンド目、作戦通り、払田の抜けたゴールを守るのはお前になる。そん時は、任せたぜ」
「おう、期待に応えてやるよ」
そうして会議が進むE組であったが、それはD組もまた同じ。
水分補給を終えた須黒たちは、一か所に集まって作戦会議をしていた。
「俺は、四ラウンドで勝負しようと思う」
ジンがクラスメイト達に提案すると同時に、須黒も又、勝負の時が四ラウンド目であることを見据えていた。
「だがよ、大将。三ラウンド目であのキーパーが休んで、四ラウンド目に出てきた時はどうするんだ?」
「知るかよ。そん時は、そん時だが……おそらく、それはしないと思う」
「根拠は?」
「俺らもあいつらも焦ってる。試合の半分が経過してなお、一回も得点を得られていないからだ。そんな時、相手に先制点を与えるようなことだけは絶対にしたくない――そう考えるはずだ。だからこそ、次のラウンドも、あのゴールキーパーは出てくる」
「へぇ……流石、元ワードマスター。明晰なところは、腐っちゃいないんだな」
「うるせぇな。掘り起こすな、俺からしたら恥ずかしい過去だから」
「だが、その恥ずかしい過去と向き合おうとして、俺たちに謝って、矢冨のやつと戦うことを決めたんだろ?」
「そうだよ。だから、日下部……守り切れるか?」
「任せろよ。どんなシュートが来たとしても、俺の言霊で防いでやるってよ」
そしてブレイクタイムが明け、ストライカーが欠けたチーム同士の第三ラウンドが始まる。
「なあ、向井木」
「なんだ、ジン」
チームの皆が一丸となって戦っているさまを、ベンチの席で撮影している向井木にジンは声を掛ける。
「ごめんな、俺のわがままに突き合せちまって」
「いいってことよ。友達の悩みや我がままに付き合うのも、青春だろ?」
「ははっ、俺はいい友達を持ったみたいだ」
そんなベンチでの一幕。
そして、ストライカーの力をもってしても得点につなげることができなかった堅牢なゴールキーパーの存在は、第三ラウンドでも猛威を振るっていた。
どんなシュートも、ゴールへと届かない。その一歩手前にて、確実に止められてしまう。
絶対なる壁を前にして、両チームはただ自分たちのエースの登場する第四ラウンドを待ち続けた。
そして――――
ピーーー!
ならされる笛の音と共に、第三ラウンドが終了する。
第三ラウンドが終わったとて、安堵の表情を浮かべる生徒はただ一人としていない。だが、第三ラウンドに出ていた全員が、自分たちのベンチに駆け寄るその顔には、エースならば次のら第四ラウンドにて、絶対に点を取って勝ってきてくれるという信頼からくる【期待】の表情が浮かんでいた。
そして、エースがフットサルコートに姿を現す。
「須黒も俺と同じことを考えていたみたいだな」
「このラウンドが勝負になるな」
ブレイクタイムが終わり、それぞれのエースが陣形の最前列にて、再び顔を合わせる。
須黒は静かに、相手のゴールを睨むようにただ立っている。
だが、今までの相手のチームプレーからして、須黒も何か反則をするような、ジンが過去に遭遇した、横暴な須黒ではなくなったことに、ジンは気づいていた。
だからこそ、ジンは過去のことは忘れ、改めて好敵手として、須黒と同じようにエースとしての目標を見据えた。
「最低でもハットトリックって……我ながら高すぎる目標だよ、ほんと」
六クラスのトーナメントで行われる今大会だが、ワードマスターを抱えるA組とB組はシード枠として、トーナメントの上で待ち構えている。
その構造上、最大でもゴールを決めるチャンスは三試合のみ。勝利で50ポイント。ゴールを決めると、更に50ポイント。
決勝まで勝ち進めること前提でも、目標となる評価ポイントまで到達するのに、全試合で三点の得点が必要となる。
だが、その高みに岸良はいる。ジンのような人間がワードマスターになるためには、それだけのことが必要であった。
だからこそ、ジンは勝利のビジョンを見据える。
(一点だけではだめ。あわよくば、これからに備えて五点ぐらいはほしい。だが――)
ジンは須黒を見やる。その巨体、高校一年生春にして実に182センチを誇り、力強き体躯には、ディフェンダーのブロックすら通用しない重機のような筋肉を備える。
(そんな余裕はない。なにしろアイツにボールが渡る。それは、イコールで相手の得点になりかねない。俺たちの勝機を限りなく遠くしてしまう)
考えられる限りの策を考えてきた。須黒にためを張れる巨体を誇る北沢をディフェンダーに配置し、言霊の力で実質二人分の動きができる唐栗によってゴールを守る。【賭】の言霊により自身の身体能力を強化できる沼田にサポートしてもらい、広域をカバーできる装具をもつ舞殿に陣形の中間を任せた。
それでも、大砲を連想させるほどに強烈なあのシュートを止められる気がしない。
「よく、払田はアイツのシュートを受け止める必要のあるラウンドを乗り越えてくれたもんだ」
そして、ジンも覚悟を決めた。払田の覚悟に報いるために。自分も、覚悟を決めなければと。
第四ラウンド開始の笛が鳴る。
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