第十四話 【球技大会〈2〉】


day.4/18 [第一言ノ葉学園:一年D組教室]


 球技大会開催二日前のある日。


 これは、とある教室での一幕。

 須黒が停学から明けたあとの話だ。

 入学初日。元々負け知らずのガキ大将として自らの力にプライドを持っていた須黒は、さらなる攻撃的な【爆】の言霊を手に入れて、自らに敵うものなしの力を手にしたと思い、浮かれていた。


 しかし、自分よりも明らかに格下とバカにしていた一人の生徒に拘束され、そして風紀委員に連行されたことにより、彼のプライドは大きく傷つくことになった。


 そんなこともあり、イラつきながらも彼は停学が明け教室に戻った。しかし、そこには既に須黒の居場所はなくなっていた。ワードマスターとしての称号と同級生としての信頼を失い、中学校時代に自らの周りにいた取り巻き二人も顔を合わせない。


 それもこれも、アイツのせいだ。指輪をした、地味な男子生徒を思い出しながら、須黒はより怒りをその身にためていた。


 そんな中、とある生徒が教室に入ってきたことで生徒達に戦慄が走る。

 なぜなら、彼女はあろうことか、ワードマスターを剥奪され苛立っている須黒がいるにもかかわらず、そのことをアピールするかのように登場したからだ。


「やぁやぁ、新人ワードマスターの登場だよ!」


 清々しいまでの登場である。彼女は、須黒の代わりとして抜擢された現第六位ワードマスター『夢 真世』という女子生徒だ。

 そんな彼女は、鼻歌を歌いながら上機嫌に自分の机に向う。だが、それを阻むように問題児――――須黒は、彼女の前に立った。


 そして、その怒りの矛先を向けるのだが――――


「ふざけんな! なんでお前なんかがワードマスターになってんだ!」


 彼のがなり声など歯牙にもかけず、真世は理路整然と正論を返した。


「そりゃ、君が問題起こしたからでしょ」

「うるせぇ!!」


 だが、そんなこと須黒には関係ない。自らの苛立ちをぶつけられる相手がいるのだから、彼は今までそうしてきたように、その苛立ちを目の前の少女へと振りかざした。


「……それで?」


 だが、そのパンチは真世の片腕で止められてしまった。


「は……は?? な、なんでッ!」


 その状況に戸惑う須黒に対して、諭す様に真世は語り掛けた。


「なんでって、君が僕の下だからだよ。それじゃあ、こっからは正当防衛ってことで大丈夫だよねー?」


 そして、真世は装具らしき身の丈ほどもある杖を空へとかざす。


 すると、唐突に世界が端から崩壊し始めた。


「なっ! 何なんだよこの力は!?」


 まるで、世界が薄っぺらい紙切れ一枚に描かれた落書きだったかのように、須黒の視界に移る世界の端々から徐々にぽろぽろと崩れていく。


 学校の校舎が崩れる。空に亀裂が入り、窓はけたたましい音を立てて割れていく。地割れからはマグマが湧き出し、この世の終わりを示すかのような怪物のいななく声がどこかから聞こえてくる。


 薄く細かく千切れていく。百に千に万にと須黒の見える世界は細断されていく。


 その中で、須黒は思った。


(勝てねぇ……)


 それが、須黒の二度目の敗北であった。






「――――ま、こんなところでいいでしょう」


 須黒の体が前へと崩れ落ちる。新入生の中では巨体の182センチの身長をほこる須黒が倒れ、床に叩きつけられる音が大きく響いた。


 だが、それ以外の音は聞こえない。須黒が聞いた、大地からマグマが吹き上がる音も、徐々に崩れていく校舎も、何者とも知れぬ怪物の鳴き声も聞こえない。


「あー、みんな、安心してくれ。僕の言霊で眠らせただけだから。あと、ちょっとしばらく目覚めないだろうから、保健室に運ぶのを手伝ってほしい」


 それが、真世の言霊の【眠】の力だった。


 それが発動した瞬間、須黒は夢の世界へと旅立っていったのだ。今頃は、真世が作り出した世界の終わりを前にして、恐怖しているか、それでも立ち上がりあらがおうとするのか。残念なのことに、その結果は須黒以外にはわからない。

 ただ、間違いなく須黒が彼女に敗北した。その事実だけは間違いない。


 そして、手伝いとして現れた『日下部』という生徒に手伝ってもらって保健室へと運ぶために教室から出ようとした瞬間、ふと彼女はこういった。


「そうだ。生徒会長から、私たちのクラスに頼みごとがあるんだ」


 その言葉に、クラス中が息を呑む。生徒会からの頼み事。なぜ、自分たちのような新入生たちに? 


「この暴力男にチャンスを与えてほしいんだってさ」


 それは彼らからしたら、首をかしげるような内容だった。だが、真世は生徒会長より賜った言葉を、一つの間違いもなくクラスメイト達に伝える。


「過ちは誰だってやるもの。僕だって、弟のお菓子を盗んだって前科があるんだ。それが、少し膨れただけ。誰だって、大なり小なりの過ちを犯してるんだ。だけど、取り返しのつかないことじゃない。まだ反省の余地があるだろう? だから、もし彼から歩み寄ってくることがあったのなら、その時は快く受け止めてほしいんだってさ」


 それだけを言い残して、真世は眠った須黒を運ぶために日下部と二人がかりで保健室へと向かっていった。そして、残された生徒たちの間には沈黙が残る。言葉なき困惑だけが、彼らの共通項だった。



 そして、廊下にて、今の今まで無言だった日下部が、何の気なしに真世へと問いかける。


「受け止めろって話。夢っさん的にはどう思ってるんだ?」

「どうって、僕は賛成だよ。コイツが仲間外れになるのは仕方がないけど、それだと僕もやるせない。だから、僕はコイツが更生するまで全力でコイツのことを、ワードマスターとしてぼこぼこにし続けるつもり。何度でも、何十回でも。」

「ひえーおっかね」


 問いかけに対する真世の答えを聞いて、日下部は茶化す様に芝居がかった言葉で返答した。少しばかり不快そうに真世は口をすぼめるが、日下部の次の言葉で、意外そうな表情へとその顔は変化した。


「ま、俺っちも同意だけどな――――なに? その意外そうな顔は」

「い、いや。普通だったら、怖いものは怖い。一度暴力沙汰を犯した人間に対してならなおさらね。だからこそ、彼と僕たちクラスメイトの間には大きな溝があると思ってたんだけど」

「いやー。これは、俺っちのポリシーみたいなもんだよ。……まだ、俺っちは大将とは友達になってない。だから、俺っちはあの意見には賛成なんだ」

「友達?」


 会話の中から、真世は日下部の意外な言葉が出てきて目を丸くして驚いた。まず、誰がこんな人と友達になりたがるのか。そう、疑問に思ったのだ。


 少なくとも、自分は関わりたくない。生徒会長から頼まれ、ワードマスターとなり、学級委員長となったからこその責務。そして、先ほどのクラスに入る前に、扉の外から彼が見て分かるほどに避けられていたのを見てしまったからこその、同情と憐みの感情から、真世は須黒の前に立ったのだ。


 だが、この日下部という男は違う。


「俺っち、性善説を信じてるんだよ。人は生まれたころはいい奴だった。そういうの。だから、大将はどっかで間違っちまった奴なんだろーなって、思ったんだ。だけどよ、学園ってのはいろんなやつが集まる場所だろ? 大将みたいなやつがいたっていいだろー、なんて。友達には、いろんなやつがいた方が楽しいからな」

「そうか。君のような考え方の人間もいるんだな」

「珍しい方だと思うよ。俺の考え方は。でも、こいつがここまできて、まだげんこつ作って暴力をふるうような大馬鹿野郎ならそれまでだ。だけどよ、握り拳を開いて手を差し出してきたんなら、俺はその手を握り返してやるべきだと思うんだ」

「いいな。それ。よし! 僕も、こいつが更生したら一緒に手を握ってやるんだ!」


 それが、廊下での一幕。


 この二人がいたからこそ、球技大会の時。須黒はジンに相対することができた。



Day.4/20 [第一言の葉学園:一年D組教室]


「……なあ、少しいいか」

 球技大会当日の朝。朝登校した教室にて、突如現れた丸刈りの巨漢。それは、間違いなく自分たちが恐れた須黒その人だった。


 そんな須黒が、クラスメイト達の顔色を伺うように声を出したのだ。


 誰もがその光景に驚き、そして困惑と共に対応に困っている中、一人の生徒が声を上げた。


「なんだね、須黒君!」


 それは、誰でもない第六位ワードマスターの真世であった。彼女は、クラスメイト達を代表するように、机の上に仁王立ちをし、須黒の言葉に言葉を返した。


 そのおかげが、少しだけ緊張した空気が和らいだような気がした。


 そして、きらきらとした顔を須黒へと向ける真世に少しだけ後ろめたさを感じつつも須黒はすぐに声を上げた目的を遂行する。


「すまねぇ!!」


 大声で。クラスメイトたち全員に伝わるように。その誠意を言葉に現した。


 平服するように頭を下げ、全身で謝意を伝えた。


「入学初日からばかみてぇなことして。そんで、停学明けてからも不安にさせるようなことしちまって、本当に悪いと思っている。だから……だから……っっ!」


 その語尾はだんだんとしりすぼみに小さくなっていく。許してもらえるのか。そんな不安が言葉に出ることはないが、その言葉の端々に、その語気の弱々しさに、今までの肉食獣のような荒々しさを持った彼からは感じられない弱さを感じてしまう。


 だからこそ、二の矢は現れる。


「なあ、大将」

「な、なんだ……?」

「俺っちの名は、日下部っていうんだ」

「それが、どうしたっていうんだよ」


 突如、須黒の前に現れた日下部は、突然自己紹介をし始める。それに対する須黒の言葉は、一種の怯えのような感情をはらむ言葉だった。

 彼から、何を言われるのか。その事実に怯えているような言葉だった。


 だが、その憂いに対して、日下部はゆっくりとその手を差し伸べる。


「頭を下げてないで、俺っちの顔も見てくれないか? んでもって、手でも握って友達になろう。俺は、それがいいと思うんだが……どうだい?」


 それは、須黒にとって願ってもない言葉だた。


「い、いいのかよ?」

「じゃあよ、そんなに不安なら、なんで突然お前がこんなことを言い出したのか聞いていいか? 俺っちだけじゃない。クラスメイトのやつらも、お前が俺たちに頭を下げた経緯を聞きたいはずだ。理由じゃなくてな」


 日下部の誘いに乗って、須黒はその身の内に詰め込んだ感情を零す様に吐露していく。

 二度の敗北と、しばらくの自粛に感じた、自分の在り方を。


「俺……弱いなって思ったんだ」

「弱い?」

「ああ。腕っぷしだけじゃ、弱い。俺は中学の時、なんでも殴って言うことを聞かせればいいと思ってた。だけど、この学園に来てから……。それだけじゃ、弱いんだって知った。人間の腕じゃ、木をへし折ってなぎ倒すことができないことを知った。腕っぷしだけじゃ、夢の中で起きる奇々怪々な現象に太刀打ちできないことを知った。俺は、己の腕っぷしだけという無力を知った。それから、しばらく俺は何も考えられなかった。負けた時、俺は自分自身の全部を奪われちまったなんて気分になったんだ。そこまで行って……今まで、俺がやってきたことに気づいた。こうやって、いろんなやつから、いろんなものを奪っていったんだって。だから、俺は申し訳なくなった。甘ったれていた自分が恥ずかしくなった。だからこそ、謝ろうって思ったんだ。少しずつでも、それが意味なくても。せめて、【ごめんなさい】って、言葉にしようと思ったんだ」


 それは、包み隠さない須黒の本心。二度の敗北経て、やっと手に入れた須黒の小さな正しさだった。

 それを聞いて、日下部は言う。


「そうだな。俺は、別にお前に何かをされたわけじゃない。ここの奴らだって、直接コイツに暴力や恫喝を受けたやつはいないだろ? なんたって、大将は入学初日から停学したんだからな」


 それを聞いて、クラスメイト達はそれぞれが同意した。自分たちは、まだなにもされていないと。


「なれば、俺たちよりも先に謝る相手がいるんじゃないか? ちょうど、入学初日に会ったE組の生徒とかさ」


 日下部にとって、須黒がそこに座っているだけで発される、自分たちに、その暴力を向けるかもしれないという恐怖自体は無罪だった。

 そして、日下部の言葉により、クラスメイト達もその意見にうなずき、賛同を示す。だったら、この学園にて最も被害を被った奴に、謝りに行くべきなのでないか? そう、日下部は須黒へと問いかける。


 だが、その返答は思ってもみないものだった。


「確かに、俺はあいつには悪いことをした。そして、好きなように暴力をふるった結果、無様に負けちまった。だけど、負けたのは俺だけじゃないんだ。」


 あの時。木に拘束されたとき、須黒は自分の敗北を認めなかった。だが、間違いなく須黒は負けている。なぜなら、あの状態になってしまったら、彼は何をされても抵抗することができないのだから。


 仮に、ジンが起きがあり、ナイフをもって須黒の命を奪おうと画策していたとしても、間違いなくその凶刃を弾き飛ばすことはできなかっただろう。


 だが、そうはならなかった。


 なぜなら。


「俺のせいで! 俺のせいで、。煮るも焼くもできるはずの俺が、無事だったのは、俺の暴力でアイツが意識を失っちまったからなんだ! あの騒ぎに、勝者なんていない。だからこそ、俺はアイツと決着をつけたいんだ。こんどは、卑怯な先制攻撃なんてしないで。真正面から堂々と決着をつけたいんだ。謝るのはそれからだ。俺は、もう一度、と戦いたいんだ」


 それは、決意表明をするように宣言される言葉。そして、高々と好敵手の名前を掲げ、須黒は彼らに再び頭を下げた。


「だから――こんな俺だけど、後悔なんて許されないようなことをしちまった俺だけど、今日だけは協力してくれないか!!」


 それこそが、須黒の全力の誠意だった。


 自らの身の内をすべて吐き出し、最大の謝意を示す。逆に、暴力こそを絶対としていた須黒だからこそ、これ以外の方法を思いつかなかった。


 そして、――――


「いいぜ、俺っちは協力してやるよ。ほら手を取ってくれよ、大将」


 それは、クラス中の意見を背負うように、日下部の手が再び須黒に差し向けられる。


「僕も、男子の球技大会には関係ないけど、仲良くできるんだったらしておきたいんだよ!!」


 かっこつけようとして、あとから出てきた日下部にすべての出番を奪われた少女も、机から降りてきて須黒へと手を差し伸べる。


「う、うん。俺も」

「私も」

「反省は、してるみたいだしな」

「まだ怖いけど」


 そして、クラス中から、次々と須黒へと手が差し伸べられる。


 それは、須黒を受け入れるというクラス中の総意。皆が、困惑の中、それでも彼の誠意を受け止めたという確かな証拠だった。


「……ありがとうッ!!!」


 今度は、ではない。ありがとうという感謝。

 その言葉は、須黒の両目からこぼれ落ちる涙と共に、須黒の口から吐き出されたのだった。



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