第十三話 【球技大会〈1〉】
day.4/20 [第一言ノ葉学園:第二グラウンド]
「さて、この壇上にたって、僕が演説することとなったのだが……、これだけはあえて言わせてもらう。この大会、ひいてはこの学園は、実に不公平だと!」
球技大会は、広さが取り柄の第一グラウンドではなく、普通の学校に設置されているような平凡な広さで、しっかりと手入れの行き届いている第二グラウンドで行われる。
その中央にて、生徒を代表して生徒会長である石津谷会長による開催宣言と共に演説を始まった。
「だからこそ、僕はその不公平にこそ、成長のチャンスがあると考えている。不公平だからこそ、それを乗り越えるための作戦を考え、自らの強みを理解し成長する機会がある。自分の地位を維持するために、努力を怠らず、負けたとしても敗北から学ぶ機会がある。不公平の中にこそ、多くの機会があるだろう! だからこそ、僕はこの不公平な大会の開催を宣言する。今ここに、言の葉学園球技大会を開催する!!!」
開始の宣言と共に、多くの生徒たちの歓声が上がる。
こうして、俺たちの球技大会の始まりは飾られた。
開会式が終わり、それぞれが教師の指示に従って準備をする中、俺は注意すべき相手を偵察する。
まず一人目。
一年A組の輪の中心で、ガキ大将のように上を向いて高笑いをしている黒髪の男子生徒。吊りあがった目つきが非常に獰猛で狂暴な気配を漂わせるその男の名は、『戌飼 柴』。
かわいらしい名前とは裏腹に、その見た目と言動は狂犬そのもの。
「はっはぁー!どうせ、相手は雑魚だらけに決まってんだろ!! 俺様一人で全員ねじつぶしてやらぁ!」
そんな言葉を振りまく彼は慢心塗れ。ただ、その実力は、第二位ワードマスターという称号にて証明されている。凶暴性という点では引けを取らない、俺をぼこぼこにした元ワードマスターの須黒は、元は第五位だったらしい。つまり、須黒よりもさらに厄介な相手になる可能性があるということだ。
そして二人目。
一年D組の生徒の群衆の中でも、やけに目につく一人の男子生徒。何があったのか、前に見た時と違って、髪の毛を全部切って丸坊主になっている元ワードマスターの須黒その人だ。
「な、なあ。アイツなんか大人しくなってるな」
「流石に、もう暴れるようなへまをする奴じゃないんだろ。腐っても、成績優秀者であったことには間違いないんだし」
「で、できれば殴られたくはないですね……」
件の関係者である俺と向井木と払田は、口々に停学から復帰した彼のことをそう噂した。ただ、前のように生意気そうな顔はしているが、威張り散らかすわけではないために、多少は反省してはいるようだ。
問題があるとすれば、アイツらが俺たちE組の一回戦目の相手なんだよな。
そして三人目。
そいつは、一年B組の集団の、更に上空に外科医を見下ろしている。日本人には珍しい、明るめの茶髪で、優雅に紅茶を嗜むさまは、まさに貴公子といったところだろうか。
そんな気取った奴の名は、『空野 天治』という。
「……来てはみたが……我が力を振るう必要はなさそうだな」
ふわりと重力を無視して空に浮かびながら、そんな呟きが風に乗って俺の耳に届いた。かなり気取ったやつだが、彼は第三位ワードマスター。ワードマスターの中でも、上位三人のうちの一人だ。油断のできない相手であることは間違いない。
勝ち上がるうえで、おそらくこの三人が大きな壁となって俺たちの前に立ちはだかることだろう。
そうやって、一人一人の行動を俺が観察していると、背後からクラスメイトの福ノ宮が話しかけてきた。
「ねぇ、ジン。僕たち、ワードマスターの強さがあんまりわかんないんだよねぇ。強い強いってみんな言ってるけど、大体どれぐらい強いの?」
福ノ宮の問いかけに反応して、他のクラスメイト達も興味深そうに俺たちの会話に耳を傾けてきた。確かに、俺たちのクラスにいるワードマスターは温厚で社交的な岸良だ。あんまり、そのワードマスターたる所以を彼女に垣間見ることはできない。
「そうだな……入学初日に、問題を起こしたワードマスターがいたのは覚えてるか?」
「そういやそんな人がいたって噂があったねー」
「そいつに俺は殴られたんだけど、言霊なしに頬骨が折れた。更に追撃で言霊を使われた時は数メートルは吹き飛ばされて壁にたたきつけられた。流石に俺も死んだと思った」
「ヒェッ……」
俺の話を聞いた福ノ宮が顔を真っ青にした。そして、その驚きはクラスメイト中に伝播していく。
「お、俺ら、そんな怪物と戦うのかよ……」
「大丈夫だべか……?」
そんな言葉が、彼らから聞こえてくる。少しばかり士気が下がりぎみなのを感知した俺は、すぐさま先ほどの発言を打ち消すような言葉を発した。
「いや、大丈夫だよ。なんたって、あいつ自身は俺の――いや、厳密には向井木の【木】の言霊で無力化できたんだ。対策さえしっかりとしてれば、倒せない相手じゃない。それに、そんなパンチを受けても、先生が治してくれるから安心しろって」
「そ、そうだよね。ダンプカーに引かれても大丈夫って言ってたし……?」
さて、士気も安定した……のか? まあ、気にしていても仕方がない。
とにかく、だ。
「――――これから、試合開始の準備をしますので、教員の指示に従って各試合場所に分かれてください」
そのアナウンスにより、俺たちは試合を行うコートへと向かった。
そして、対面するのは元第五位ワードマスターの須黒と、そのクラスメイトのD組の面々。第一回戦の相手は、彼らとなる。
「それじゃあ、陣形の順番は、昨日話した通りでいいよな」
「大丈夫、問題なし」
フットサルにおいて重要なのは、陣形だと野極先生は言っていた。誰が、何に対応するか。その役割分担こそが勝利のカギだと。
そのことを、俺は背後にいる仲間たちに問いかける。全員がオーケーと言いながら、自らの守備位置に入って、試合は開始される。
だが、その前に。相対するように俺と同じく陣形の先頭に立つ須黒が、俺へと声を掛けてきた。
俺は、不思議に思ったが、内容は健全たるスポーツの始まりを飾るに、間違いなくふさわしい一言だった。
「矢冨――今度は負けねーぞ」
それは、須黒から出るとは思わなかったセリフ。停学中、須黒に何があったのか。ただ、何か心境を変えるような。そんな出来事があったのだろう。
だからこそ、須黒は今俺に対して暴力的な言葉を向けず、真摯に宣戦布告をぶつけてきたのだろう。
ならば、俺からも返す言葉は一つだけだ。
「今度こそ、俺はお前に勝ってやる」
前の戦いは俺の勝ちじゃない。だが、須黒の勝ちでもない。俺は、意識を失うほどの重傷を負い、須黒は俺の言霊で身動きが取れなくなり、連行された。
結果的には須黒が勝ちかもしれないが、俺の勝利は須黒をコテンパンにすることじゃない。あくまで、払田を助けることだ。だが、それ故に、どちらも勝利とは程遠い敗北者だったのだ。
だが、今は違う。
あの敗北を経て、一回り成長して、こうして相対した。
だからこそ、この学園らしく、俺は【今度こそ勝つ】と口にする。
そうしたやり取りが終わったあと、審判の笛の音で試合は開始される。
――――キックオフだ。
試合の開始とともに、俺と向井木は相手の虚を突くように走り始める。
「まずは攻めるぞ!」
ボールは、神聖なるじゃんけんの結果、俺たちからのスタート。横にいる向井木に俺はボールをパスして、試合は開始された。
まず、第一ラウンド。メンバーは、俺と向井木が先頭。中衛に福ノ宮と舞殿。そして、後衛に唐栗を配置し、ゴールキーパーとして払田がゴールを守る陣形となっている。
本来のルールからしたら一人だけ人数の多いこのフットサル。そのため、取るべき陣形も変則的になる。
今回は、疑似的に4-0フォーメーションという攻撃的な配置をとる。野極先生からは、高いサッカーの経験値が必要になる陣形だと言われたが、二つの理由から俺たちはこれを選択した。
まず一つ。それは、俺の新たな武器と向井木との連携技の存在だ。
「向井木!“発射”だ」
「了解!」
今まで練習してきた一つのシュートを決めるため。フットサルというゲームでは、通常のサッカーよりもコートが狭い。故に、これは俺たちが選択した一つの必殺技だ。
「【木】!」
俺がボールを高くけり上げると同時に、俺の足元に一本の大木が斜めに生える。そして、その大木はちょうど蹴り上げたボールを目指して伸びていった。
それは、天へと上る階段。空へと高く蹴り上げたボールへと届く登り台だ。
「ぴったりだぜ!」
ははっ! と俺は声を上げる。なにせ、呆けた須黒の顔が拝めて俺はスカッとしたからだ。
前の俺とは違うんだぜ、須黒。
「なっ!」
呆けた須黒は、数泊遅れた驚きの声をあげる。だが、それに構っている時間なんてない。
急いで俺は斜めに生えた木を足場として走るように上る。
その木登りの速度は、本来俺ではなしえない速さでぐんぐんと昇っていく。なぜなら、そのための新たな武器を使っているから。
「言霊【走】! 練習しておいてよかった」
新たな武器。覚えたての【走】は、走る際の足場の不安定さをものともせず、走ることができるという力だ。この言霊が全力を出せば、少しの間でも壁ですら走ることができるという優れもの。
これを使い、木に登り、そして――――
「――――空から失礼するよ!」
重力との合わせ技。空中から、俺は言霊を書きながらオーバーヘッドキックでボールを【射】ちこんだ。
言霊【射】。十画ぎりぎりのこの言霊の能力は単純明快。発射したものを、任意の方向に打ち出す力だ。
この言霊の力によって、サッカー経験のない俺でも、強力なシュートを確かなコントロールのもとに蹴ることができる。
言霊の力によって正確なコントロールをもって放たれるのは、高さ約十メートル上空から空爆のように空から襲い来る重力と掛け合わさった強力なシュート。
地面に立っているディフェンダーたちではどうしようもできない空からの奇襲。
そして、蹴りだされたボールは相手のゴールへと差し迫り――――
「――――【無】」
だが、その手前で止められた。
「ダメだよー。お相手さん。そんな早くゴールを決められるなんて、思わないでくれよな。なにせ、俺っちが守ってんだからさ」
無気力そうに、ゴールに突っ立っていた一人の男子生徒。彼が、俺のシュートに反応したかと思えば、彼の手から無数の糸が現れ、雁字搦めにするかのようにサッカーボールを包み込んだ。
そして、サッカーボールはコントロールを失ったかのように停止した。
どうやら、相手のゴールキーパーも一筋縄ではいかないようだ。
「まさか、ワードマスター以外にも注意しないといけないのがいるとはな」
「そらま、俺っち、単文字系最強五種の――――」
「――――おい、『日下部』!! なんでもいいから早くボール回せ!!」
「おっと、うちのクラスの総大将がお怒りだから、さっさとゲームを再開させてもらうよ」
「そうだな」
二言三言の問答をして、俺たちは再びゲームに戻る。
その再開は、日下部が須黒にボールを渡してから始まる。
「元とは言え、うちの大将はワードマスター。早く君もディフェンスしにいかないと、すぐに負けちゃうんじゃないの?」
須黒にボールが回るのを見てから、俺が後方へと戻ろうとしたとき、そんなことを日下部は囁いてきた。だが、大丈夫だ。
「大丈夫、なにせこっちのゴールキーパーも頼もしい奴だからな――」
・――――・
day.4/18 〔第一言の葉学園:河鹿寮〕
――――それは二日前。作戦会議の話だ。
体育での実践的な訓練を経て俺たちは改めてポジションや、作戦について話した時のことだ。
「なあ、結局サッカーはストライカーがいなくちゃ勝てないよな?」
「となると、言霊のシナジーも考えて、点を取れる動きができるのは……」
そうして、俺たちはそれぞれの意見を交互に口に出していった。
「やっぱり、俺か矢冨になってくるんじゃないか?」
「ああ、確か『沼田』の【賭】は、代償で強くなるんだったか」
「厳密には、俺が宣言した物事が的中するたびに、賭けとして提供したモノが強化されるって感じだ。例えば、俺が身体能力の十パーセントを代償にして、明日の朝食を予想する。パンだ、いや米だって感じにな。もしそれが当たっていたら、賭けに出した十パーセントが返ってくるうえ、更にもう十パーセントの身体能力が、十分だけ加算されるんだ。」
「じゃあ、かなりスロースターターになりそうだな。ちなみに、効果の重複とかは?」
「できる。あと、効果を使用しないで保持して、任意のタイミングで一気に発動させることもできる。まあ、保持していたとしても、一日しか保持できないうえ、保持している間一回でも負けると全部なくなっちまうんだけどな」
そんな風に、最初はストライカーについての話が進められていった。だが、そこで向井木の意見が入る。
「ストライカーも確かに重要だけど……でも、俺たちに必要なのは、点を取られない力だと思う」
八人で相談する俺たちを取り終えたのか、やっと会議の席に着いた向井木の素朴な意見だが、なかなかに的を得たモノだった。
確かに、言霊である程度カバーできるとは言え、俺たちの中にサッカー経験者はいない。それはつまり、ゴールを狙うことの難しさに直結してくる。
となると、勝利するために必要なのは、少ない得点でも勝てるような状況――失点を減らす努力だった。
そんな話に会議がシフトしていく中、一人の男が手を挙げた。
「僕なら、どんなボールが来ても大丈夫、だとおもう」
そういったのは、弱々しくも、確かな意志をもってサッカーコートを模したホワイトボードを見つめる払田であった。
「はっきり言うが、大丈夫か? お前は小柄だし、筋肉があるようには見えない。最大値がダンプカーだとしても、車にひかれるような実験がされるほどには、強い攻撃があるかもしれないって先生たちが思っている球技大会で、そんな強力なシュートから、ゴールを守れるようには見えない」
ただ、その意見に俺はあえてつらく当たった。勝つためには、できるだけ勝てるための札を揃えなければ勝てない。そして、俺はお前にその力があるのか、と言外に問いかける。
その俺の言葉に、払田は真っすぐと視線を返して、一言だけ言葉を発する。
「ゴールは、僕が守ります」
その言葉には、【任せてほしい】という要求。そして、【信頼してほしい】という願望が聞いて取れた。
そのまなざしには、確かなる意志と、絶対の自信が宿っている。以前――――須黒に絡まれていた時のようにおどおどとした姿じゃない。
だからこそ、俺たちは払田にチームの守りの要であるゴールキーパーを任せた。
――――だから
・――――・
――――あの時、アイツは任せてくれといったんだ。
「【爆】ッ!!」
それは、以前のように何かの憂さ晴らしをするような、散漫としたちからじゃない。それは、絶対王者たる暴君が振るう鉄槌のような重厚な気配をもってして、コート中の生徒たちに危険信号を知らせた。
間違いなく、あの須黒も成長している。そして、その須黒が扱う言霊が今、さく裂した。
――――ゴォオオオオオオンッッ!!!!
激しい爆発音と衝撃波が音となって俺の耳を襲う。だが、それは威圧のためのものではない。間違いなく、それは俺がさっき行った行動と同じ、得点を獲得するためのシュートだった。
それも、コートの真ん中から行われたシュート。そのシュートによって蹴りだされたボールは、寸分の狂いもなく二十メートル先のゴールへと吸い込まれていった。
だが、俺は信頼している。
アイツの前に立ちたいといった、払田の言葉を。
あの時、「ゴールは僕が守ります」といった、払田の勇気を。
そして、爆風によって晴れる土煙の中から、一人の影が出てくる。
「やりましたよ、矢冨君!!」
それは、強力無比な須黒のシュートを、自らの力だけで受け止めた払田の影だった。
「ナイスだ払田!」
払田の言霊は【退】という文字だ。そして、それを行使すると、払田自身に向かってくる対象物を、後退させるという力がある。この力を使って、払田は今、須黒のシュートを受け止めることに成功したのだ。
彼は、自分の言霊のことを、「誰にも責められたくない、弱い自尊心を守るための力」と評していた。
俺たちが攻撃的な陣形を取る理由の二つ目は、信頼できる堅牢な守り手がいることだ。
払田は、入学初日に須黒に絡まれていた。だが、今では須黒に相対できるほどの力をもって、俺たちを支えてくれている。
だからこそ、俺たちがしっかりと得点を入れなければならない。
「よし、二回目の攻撃だ。行くぞ!!」
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