第二篇【緒戦、それと】

第十二話 【大会へ】


 day.4/19 [第一言の葉学園:会議室]


 第一言の葉学園には、ワードマスターという制度がある。これは、各学年の成績優秀者を表す称号だけのものではない。


 これは、国立の学園として全国有数の知名度をもって設置される言ノ葉学園のトップであるということを示す称号でもあり、尚且つその称号を持つものは学園内で様々な権利を持つことができる。


 例えば、二年生には個人的なドックランを開設し、学園内で飼う飼育動物の世話をする合間、自分の愛犬たちを学園内で世話している生徒がいる。

 彼女は、その動物愛護という観点から多くの評価ポイントを獲得し、今の地位に至る。そのために、現在学園内で飼育されている動物は二十種類近く存在し、ちょっとした動物園として学園内では有名だ。


 他にも、現在三年生のとある大食漢は、その健啖家な舌を満たすために、自費を使って食堂の学食のメニューを増やしていたり、かと思えば、二年生には自分のワードマスターの権利を使って、ゲームをするためだけにスーパーコンピューターを学園内に設置したゲーマーもいる。


 これだけのことが許されるのは、ひとえに彼らが『ワードマスター』であるからだ。


 それだけ、ワードマスターという称号には価値がある。



 そんな自由気ままな実力者たちだが、代わりにワードマスターだからこその義務が存在する。


「それじゃあ、校内新聞の共有データベースには猪井君のスパーコンピューターを使わせてもらうよ」

「オーバースペック過ぎるが……まあ、生徒会長の頼みと会っちゃ断れないわな」

「江熊君は昼食で疲労回復の効果があるメニューを考えてくれないか? いっぱい汗をかくだろうから、水分補給のためのスポーツドリンクの配備も担当の教師に伝えてくれ」

「あいよ、正一郎さん」


 学園内での企画。その協力など、ありていに言えば、学園運営などでの協力要請に応じるというのが、ワードマスターに問われる責務の一つだ。


 彼らは、次の球技大会に向けての準備を生徒会長が主導となり進めていた。


「さてと。一旦の準備はこんなところかな」


 そうして、大まかに通達事項をそれぞれの委員会やワードマスターたちに伝え終わった後、一息を付く石津谷。彼もまた生徒会長であると同時に、現三年生の第一位ワードマスターである。


 そんな彼は、ほぼすべての学園内イベントを取り仕切る存在であり、生徒会長として十二分にその役割をこなしている。


 そんな彼の幼馴染である庶務の『白屋 治』は、彼の苦労を労いつつ少しだけでもその苦労を和らげようと、幼馴染として話しかけた。


「今度の――特に一年生の球技大会は結構荒れそうだな」

「言い方を変えれば、期待のできる生徒が多いという言い方もできるだろう」

「そうだが、問題事は少ない方が、俺からすれば助かるよ」


 庶務の白屋としては、以前の須黒のような問題事が起きても困る。そういいながらも、どうしても白屋は幼馴染の石津谷につられて、自分も彼ら一年生たちの活躍に期待してしまう。


 入学時に決められるワードマスターの称号。その称号を受け取った彼らの全員が、取得するにふさわしい実力を示したからこそ手に入れた称号だ。


 そして、そうでない者の中にも、目立った生徒が多い。


「特に、俺はあの文字を持たない少年――――矢冨が、どれだけのことができるのか。その証明を見ることができるのが楽しみだ」


 言霊最強五種。イレギュラー。例外。豊作ともいえる今年の新入生たちの中でも、彼は最も早く頭角を表した矢冨のことを、いたく気に入っていた。


「ああ、あの少年は、我々にとっても未知の力を持っている。それに、彼はリーダーの器がある。人を導き、己を犠牲にしてでも他者を助ける誠意を持っている。チームプレイの場で、それがどういう影響を及ぼすのか。僕は楽しみで仕方がないな」


 石津谷も、彼のことを注視しているようで、白屋の意見と同じ回答をする。


「だが、今年は実力者の卵が多くそろっている。彼らが次にその力を発揮するならば、それは間違いなく球技大会の場となるだろう。早く、明日が訪れないかと僕はわくわくが止まらないよ」

「はは。久しぶりに意見があうな」


 そうして、彼らは未来の言霊使いたちに期待する。


 そして、時は進む。






 day.4/20 [第一言の葉学園:校庭東通路]



 昨日の放課後の疲れがまだ抜けきっていない朝の寮から学校へ通じる通学路で、ジンは向井木と一緒に登校していた。


「ふぁ……」

「大変そうだな」

「まあな」


 パシャリと、向井木にジンは油断した姿を撮影されてしまうが、それに反応できるほどの気力をジンは持ち合わせていなかった。


「そんなんで今日の球技大会は大丈夫かよ」

「安心しろ。あと二時間で戻す」

「球技大会の開催宣言ギリギリじゃねぇか……」


 仕方ないだろ、とジンは心の中で言葉をぽつりとこぼすした。なぜなら、ジンは前日の夜遅くまで、実用できるレベルに近づけるために言霊の速筆の練習をしていたのだから。


 そしてその甲斐あってか、元々練習していた【木】と【大】に加えて、さらに二種類の言霊を、ほぼ反射と言えるレベルで速筆できるようになった。

 これが、今後の球技大会においてどれほどの効果を及ぼすかはわからない。ただ、何もやらないよりはいいだろうと、ジンは新たなる武器を用意して球技大会へと備えたのだ。


 だが、なにもすべては球技大会のためだけではない。


「よっ、岸良」

「おはよー、矢冨君」


 球技大会で勝ち進むための目的。それは、岸良を彼女の望む通り、そのワードマスターという地位から引きずり落とすためだ。


 球技大会にて、勝ち進める。簡単なことではない。そして、その先にあるのは現ワードマスターの岸良との直接対決だ。


 ワードマスターの称号を賭けた決闘は、挑戦相手として選んだワードマスターの評価ポイントを上回ることで、挑戦状を叩きつけることができるようになる。


 そこが、スタートライン。そこまでいって、ジンはやっと岸良へと挑むことができるのだ。


 その時のための力は、多ければ多いほどいいだろう。 


「絶対、引きずり降ろしてやるからしとけ」

「うん。楽しみに、して待ってるよ」


 【期待】。その二文字に、二人はそれぞれ違う意味を秘め、隠す。

 片方は、純粋な挑戦者として。もう片方は、自らという最も信頼すべき自分自身という弱者を憂いながら。


 だからこそ、小さな違和感をジンは持った。微かな疑問を抱いて、計り知れない疑惑をほんのりと感じていた。


 それがなんなのかはわからない。


 ただ、きっとそれを知った時こそ。それは、ジンが失望するときに他ならない。



――――そして、彼らの球技大会が幕を開ける。




・一年E組 男子出席簿


―出席番号二番:唐栗 諭 

 言霊【操】 装具:マネキン


―出席番号四番:北沢 祐介

 言霊【北】 装具:スプレー缶


―出席番号七番:沼田 諭吉

 言霊【賭】 装具:ナイフ


―出席番号十番:福ノ宮 かいと

 言霊【大】 装具:小槌


―出席番号十一番:払田 勇気

 言霊【退】 装具:盾


―出席番号十二番:舞殿 漣

 言霊【雷】 装具:釣り竿


―出席番号十三番:向井木 亨

 言霊【木】 装具:スコップ


―出席番号十四番:矢冨 ジン

 言霊【 】 装具:指輪

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