第十七話 【球技大会〈5〉】


Day.4/20 [第一言の葉学園:第二グラウンド]


 『戌飼 柴』。第一言の葉学園の新入生にて、第二位ワードマスターと言い称号をもって入学した期待の新星の一人だ。


 粗暴な性格と、なんにでも噛みつく凶暴性。その吊りあがった瞳と無造作にかき上げられた野性味を感じさせる頭髪から、狂犬という二つ名が彼を知る人間の間で付けられるほどには、威圧的な性格と見た目の人間だ。


 だが、クラスでは自らの下だと思った人間を次々と部下にし、刃向かうクラスメイトにはその力にて圧倒してきた。それは、過去の須黒とは違う、力の使い方だった。


 そして、彼の後ろに並ぶ人間は増えていき、ついにはクラスメイトのほとんどが彼の後ろにつくほどにまでになる。


 そんな彼が、お互いをたたえ合う須黒とジンの前に現れた。

 そして、彼はこう口にした。


「で、どっちの雑魚が次の俺のえさになるんだ? おい」


 胸を張り、明らかに二人を見下した目線にて吐かれる暴言のようにも聞き取れる問いかけ。しかし、その言葉に敵意はない。悪意も、害意も、驕りも、油断も、殺意も、好意も、敬意も、興味も、なにもない。


 そこにあるのは、戌飼自身が持つ、己の実力へと向けられる誇りと、絶対であり完全無欠の自信のみだった。


 正しく、この男は須黒とジンを見下している。なぜならば。他でもないこの男が強いから。

 だからこそ、興味がない。次の自分たちの相手に興味がない。


――――


 だが、新たなる闖入者の登場にて、その傲慢な男の表情が一変する。


「何をやっているのだ大空つけ者。戌飼、貴様はA組。ならば、戦うのはこのものらではなくC組かF組のどちらかなのではないか?」


 空から現れたのは、第三位ワードマスターである『空野 天治』であった。そんな彼は、マントを翻し、その場に空から現れると、その場にいる三人の頭上少し上にて制止した。


「あ? なんか文句あるなら降りて来いよ蚊トンボやろう」

「すまない。下界の人間とは吸う空気が違うのでな。肺が腐ってしまう」


 そこまで言葉を交わした後、周囲の人間は二人の間に火花を幻視した。

 好敵手とは違う。純粋なる敵意が、二人の間に広く開く空間を占領する。マグマのようにどろりと溶け、燃え盛る炎のように触れるだけで焼けどではすまない空気が、二人の人間から発される。


 熱く濁り、適度に冷めきって、熟成された敵意が顔を出す。


「なんだ、ここでやろうってのか?」

「我をぞんざいに扱わぬことだな。一瞬で消し炭へと生まれ変わりたいといのなら止めはしないが」


 ピキリと音がした。それは、二人の感情の一線が踏み越えられた音。怒りを覚え、つい相手を殺めてしまいそうな殺意をもって、腕が動いてしまいそうになる。


 ただ、その空気を過去に一度感じたことがある生徒がその間に割って入った。


――突然、にらみ合う二人の間に大樹が生える。


「おい。こんなところで問題起こすんじゃねぇよ馬鹿共」


 その生徒とは、他でもないその場において、つい先ほどまで須黒との健闘を称え合っていたジンであった。

 彼は、【木】の言霊を即座に描き、瞬間的に地面から出でた木にて二人の衝突を阻止した。だが、彼らはそうは思わない。


「へぇ、雑魚がいい身分じゃねぇか」

「なに。二人、三人と増えたところで、【天】の前に意味などないのだが……やるのか?」

「あほかテメェら。そういうのをやめろって言ってんだよ」


 一人は跳躍をするためか縮こまるようにしゃがみ込み足に力をためる。一人は装具たるマントを翻し、その背に写る【天】の文字をこれ見よがしに周囲へとアピールする。一人は、装具である指輪を嵌めた人差し指を前に構え、どんな文字でもかける準備をする。


 それぞれの戦闘体勢が整った。


 一触即発の空間。一瞬が永遠のように感じられ、誰もが相手の出方をうかがって身動きをしない。

不気味であり、恐ろしい三者はついにその行動を開始する。


 だが、三人の激突――その瞬間に、三人のにらみ合いに介入するものがいた。


「――――あほはオメーだジン。何馬鹿どもに付き合ってケンカしようとしてんだよ」


 気配はなかった。だが、気づいたとき、ジンの肩に手が置かれる。


「【煙々羅】――生徒会だ。逮捕するぞ、てめーら」


 『庶務』と書かれた腕帯がゆらりと揺れる。そこに現れたのは、生徒会庶務の『白屋 治』であった。

 そして、現在進行形で動き出す三人に対して発動されるのは、白屋の言霊である【煙々羅】。煙から進化し、三文字の言霊として昇華された三年生にて第一位ワードマスターである石津谷に次ぐ実力者と言われるその力は、風に乗ってターゲットへと襲い掛かる。


 ソレは煙。形のない大雲とも表現できるソレは、人間の手のように形を変え、主に問題の引き金となった戌飼と空野を目標として拘束する。


 だが、【煙々羅】が定めた目標に到達したころには、二つの影はそこから煙を巻くように消えていた。


「……不意打ちの【煙々羅】を避けるか。さすがは、上位のワードマスターなだけはある。」


 一人は、十メートル先に跳躍して、白屋から漏れ出る【煙々羅】を警戒して近づかない。

 もう一人は、何十メートルと上空へと姿を移し、地上からは米粒程度の姿しか確認できない。


 だが、その二人は確かに、自分たちの先輩にあたり、自分たちよりもより強力な言霊を前にして、その攻撃を避け切って見せた。


 それだけで、白屋の脳裏に規格外の三文字がよぎる。まさか、三年の俺の能力を回避しきるとは 、と驚きすら示した。


 白屋の言霊である【煙々羅】は、煙を操作する力だ。それは、江戸時代の妖怪、煙々羅のように、虚ろに立ち上り、意志をもって対象を襲う煙。


 その特性上、対複数戦を得意とする白屋であったが、煙という逃げ場の少ない広範囲の拘束ですら空野と戌飼は避け切って見せたのだ。


「……まあいい。今すぐ自分たちのグループに戻れお前ら。でないと、生徒会直々にめんどくさいことにするぞ?」


 だからといって引き下がる白屋ではない。次に白屋が用意したのは脅迫だ。学園の運営に携わる一人の人間としての脅迫だった。

 

 ただ、生徒会からそんなことを言われては、何をされるかわからない。


 故に、舌打ちをしながらも戌飼は虫の居所が悪そうに唾を吐いて去り、空野は……おそらく今、自分たちのチームの上空にいるのだろう。だが、降りてくる気配は一向にない。


 どちらにせよ、丸くとは言えないが、生徒会庶務の白屋の登場によってこの場は一時収まった。だからこそ、ジンはすぐさま白屋へと向き直って感謝の意を伝える。


「ありがとうございます、先輩!!」

「い、いや。いいんだ。風紀委員会の委員長に目を付けられる前に来ただけだから、気にしなくていい」

「えっと……?」

「そうだ。アイツが来ると、ろくなことにならないからな。まあとにかく、間に合ってよかった。それじゃあ、俺は自分のところに戻るよするよ」


 それだけ言って、白屋はそそくさとその場から去っていった。


「かっけぇな、ああいう先輩。」

「まあ、確かに仕事だけして去っていくってのは、仕事人って感じがするよな」


 そして、残された須黒とジンは、そんな会話をするのだった。





・――――・




 アクシデントはあった。


 だが、球技大会は恙なく進行する。


 なぜなら、言霊という超常の力を手に入れた彼らにとって、異常とはそれつまり日常の中の常であり、特筆すべき異変があったとしても、その悉くが非日常的な異常たちの中に隠れていく。


 だからこそ、男子一年生球技大会第二回戦は開始される。


「さて、第二回戦だが……相手はB組だ」


 D組との戦いを勝利したE組の次の相手は、ワードマスターの権利にてシード枠を勝ち取ったB組であった。


 そして、B組とは先ほどのいざこざに参加していたワードマスターの一人である『空野 天治』が所属するクラスでもある。


「まあ、今回は前よりも酷くシンプルな戦いになる可能性が高い」

「そうだろうなぁ……なにせ、俺たちの点の稼ぎ方が、あのワードマスターの言霊ともろ被りしてるんだもんな」


 もろ被りというのは、すべては空野の言霊に原因があった。


 空野の言霊は、【天】というもの。詳しいその力ははっきりとしないが、彼はその言霊が刻まれたマントを翻し、50メートル上空まで天高く飛翔して見せた。


 それは、間違いなくE組が練り上げてきた攻勢陣形である、向井木の【木】を中心として空中を使った三次元パス回しに対するカウンターとなる。


 だからこそ、B組との戦いは、先ほどジンが言った通りにとてもシンプルなものとなるだろう。


 要は、制空権の取り合いだ。


 よりどちらが空の支配者にふさわしいか。豆の木を登るジャックのように天を目指すE組か。それとも、遥かなる高みから地上を見下ろす、天を飛翔するワードマスターを保有するB組か。


 それが、次の試合の要になってくる。


「となると……申し訳ないが、北沢は活躍できなさそうだな」

「あやまりいのはこっちだべ。オラが鈍間だから、みんなに迷惑さかけちまう」

「いや、お前の馬鹿力はさっき役に立ったろ。だから気にすんな。北沢だって、このクラスのメンバーなんだからさ」

「ありがどな」


 そうして、作戦を整えていく。


 B組に対抗するためには、自分たちの作戦に対するカウンターのカウンターを狙う必要がある。そのうえで重要になるのは、間違いなく機動力だ。


 その点では、体が大きく動きが鈍い北沢ではついていけない。だからこそ、北沢を初期メンバーに配置し、相手の出方でメンバーを切り替えれるように準備する。


「ゴールキーパーは継続で払田。穴埋めを唐栗でいいか?」

「大丈夫。次も頑張る」

「穴埋めになってるかはわからないが、やってやるよ」

「ストライカーとして、俺と沼田が演じることになる。沼田も、決めれそうだったらお前がシュートを決めてくれ」

「了解、リーダー」

「リーダー?」

「もう矢冨は、立派なこのクラスのリーダーだろ? だから、俺はそう呼ぶことにしたぜ」

「まあ、構わないけど……。それで、舞殿と福ノ宮は向井木のサポートを頼めるか?」

「大丈夫~」

「きっちりとこなして見せるさ」

「このチームの中心は向井木だ。今回も、頼んだぞ」

「ああ、任せろジン」


 こうして、作戦会議は進んでいく。



 そして、時刻はきっちりと進んでいく。誰もが悩み、誰もが足りない時間で必勝策を考えながら。


 キックオフが始まる。


「さすがは、空の王子様。既に飛翔済みってか」


 キックオフ直前。空野は既に地上におらず、天高くE組の面々を見下ろしている。


「だからこそ、挑みがいがあるんだよ」


 キックオフを知らせる笛の音がなる。


 向井木が蹴りだしたボールがジンに渡り、一切に伝達ミスなく作戦が開始された。


 D組との対決でやったように空へと伸びる樹木たち。


 空へ空へと天高く成長していく。


「よぉ、王子様」


 そして、キックオフから一分と経たずにジンと空野は二回目の邂逅を迎えた。


「下民が同じ空気を吸いに来てやったぜ?」

「さて、我が領域に対する侵犯。貴様は、いったいどうするつもりだ?」


 E組対B組の戦いが始まった。


 



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