第九話 【条件】
day.4/10 [第一言ノ葉学園:資料室]
「いやーまさか。学級委員長にされた挙句、日直までやらされるとは思わなかったよ」
「俺もだ。あの先生、意外と抜けてるとこあるんだな」
「まあそのギャップのおかげか、女子からの受けがいいみたいだよ。ほら、心ちゃんもファンやってるみたいだし、クラス外にもファンがいるらしいよ」
「心って……ああ、和合妹の方か」
朝のホームルームにて学級委員長に決められた岸良と俺の二人は、なぜか日直も押し付けられた結果、二時限目に必要になるプリントをコピーしてきてくれと仕事を承ることになった。
ガシャガシャとコピー機を眺めている岸良と、先にコピーが終わったプリントを整える俺は、流石に手持無沙汰なので、世間話程度に会話に花を咲かせている。
「そういう岸良はどうなんだ? お前だって女子だろ」
そして、俺は先ほどの会話から感じたほんのりとした違和感を指摘する。女子が女子の話題のことをらしいとほのめかしているのが、俺としては気になったんだ。
「んー、まあ。私、そういうの疎くてねー。少女漫画よりも、少年漫画って感じでさ。言霊だってこんなんだし」
プリントを整理する俺に見えるように、彼女は首元にかかっていたペンダントを俺に見せてきた。それは彼女の装具であり、首に下げられた装飾には達筆な筆で【剣】と刻まれている。
「女の子っぽいんだか、男の子っぽいんだか」
「そうなんだよねー。まあ、私は気に入ってるんだけど」
そういう岸良は、朗らかに笑みを浮かべる。自然体なその笑顔は、間違いなく彼女が心から笑っているであろうと感じ取れる最高の表情。
太陽のように暖かく俺を照らし、心なしか俺まで日向ぼっこをしているような、安らいだ気持ちにさせてくれる。
「社交的と聞いていたが、確かな情報だったみたいだな」
そんな気のゆるみから、向井木から聞いていた情報がポロリと口に出た。
「へー私ってそんな噂されてるんだ」
「うぇっ……!?」
覗き込むように、俺の肩から耳元でその声は囁かれる。
ゾクリと何とも言えないむず痒さが耳を襲うと同時に、思わず口に出してしまった言葉を拾われてしまうという恥ずかしさから、どこから出たのわからない変な声が出てしまった。なんだよ「うぇっ」って。
まあ、話のタネにはちょうどいいか。少なくとも、向井木や愛衣との話で彼女を悪く言うような言葉は出てきていない。言霊のように、あの会話に何らかの力があったとしても、彼女の風評にダメージを与えるようなことはないはずだ。
「え、えーっと。俺が聞いた話なら、朗らかに笑う男女分け隔てなく仲良くできる女子だって。それで、その噂通りの人だと思ったんだよ」
「ふーん……」
俺の話を聞いた岸野は、ほんの少しだけ朗らかなその笑みに陰りを見せた。ただ、それは一瞬だけ。次の瞬間には、元の笑顔に戻っている。
「まあ、男の子の趣味が好きな女の子だからね。どっちにも話を合わせられるだけだよ」
「そうなんだな。――あ、じゃあさ。『少年ダッシュ』とか読んでるのか?」
「読んでる読んでる! 毎週買ってるよ!」
「あ、じゃあ『オールピース』読んでるか? 今週で四天王編が終わるって言われてるアレ」
「バッチリ全話予習済みだぜ! 私が好きなのは天空城編だな」
「おお! 話が分かるみたいだな」
そうやって少年誌談議に花を咲かせることとなり、気が付いた時には二時限目一分前となり、二人で急いで教室に戻ることになった、休み時間であった。
教室に戻り、各種プリントを教師に渡してから席に着くとギリギリで授業開始のチャイムに間に合った。それから学級委員長として、岸良が授業の開始の号令を担当する。
「きりーつ、気を付けー、礼、着席」
少し手馴れているあたり、中学時代にも学級委員の経験があるのだろうか。なお俺はない。ここにきて、言霊になにも刻まれないというアイデンティティを獲得するまでは、俺もどこにでもいる少しだけ正義感の強い一般男子だったからな。学級委員長は、俺よりも頼りになりそうな奴に任せられていた。
ただ、今回はそんな俺が学級委員長を任せられる。特段、学級委員長という役職に何かがあるわけではないが、それでも大層な役職には責任を感じてしまう。
そのせいか、無駄に緊張している。
この後、俺の号令で授業終わるんだよなー。号令したくねー。
なんて思いながら、数学の授業を受ける。
教師が黒板に描く数式を、脳みそで咀嚼せずに、見たままにノートへと書き写す。
無味乾燥した記憶が連続して海馬に記憶されていく。
――そういえば。
そんな意識なき時間が続く中、ふと疑問符を浮かべた言葉が俺の頭の中で響く。
そういえば、あいつはなんで学級委員長になったんだろ。俺は、周囲の推薦が重なった結果やることになったが、岸良は自分を推薦した。
……まあ、誰も手を挙げようとしなかったからこそ、自分が出たのかもしれないな。
「あ、もう終わりだ。号令ヤだなー……」
ちらりと見た時計で、授業の終わりが迫るのを確認した俺は、号令を掛けなければいけないという緊張感にかられる。学級委員長になったからにはやるが、やっぱりこういう責任事というか、やらなければいけないとなると、どうも憂鬱になってしまう。
それから少し時間が経つ。
今日の学業の前半部分が終わり、昼休みに突入した時間だ。俺は既に昼食を済ませている。
「さて、今日もしますか」
昼休み。食後の運動とばかりに、俺は第一グラウンドに訪れた。
やるのは、先週から始めた言霊のトレーニングだ。遠くを見てみれば、俺と同じように自らが手に入れた言霊の力を使いこなそうと、あれやこれやと考えては試しているのがうかがえる。
このように、この第一グラウンドは昼休みと放課後に開放され、言霊の訓練場として生徒に使われている。
俺たち一年生は、その時間を使って言霊を扱うための術を学ぶのだ。
とはいえ、まだ自分たちの言霊の力を知り、未来の方向性を決める段階。二年生になってから言霊の授業が本格的に始まるらしく、今はそれまでの準備段階だ。
その間に、俺もこの無形の力を使いこなせるようにならなければならない。
だからこそ、俺はこの能力にできることを完璧にできるようになり、この能力についての遍くを知り尽くす必要がある。まあ、そこまでする必要はなくとも、できるだけそれに近づいた方がいいのは間違いないだろう。
じゃあ、俺の能力についてわかっていることをまとめる。
一、俺の能力は、言霊となる文字を描き、力を再現することができる無形の言霊だ。
二、言霊を描く際に使えるのは、装具となる指輪を嵌めた人差し指のみ。他の指での再現や、紙などに書かれた文字は能力の対象にはならない。
三、空中に書いた文字は、十秒以上の保持ができない。また、十文字までの言霊しか再現できない。
四、装具は再現されず、また再現元となるオリジナルに比べると幾段階かスケールダウンした効果になる。
五、再現するという特性上、ある程度の再現元の知識が必要。手帳の最後に記されている能力について書かれた頁を読めるのならば問題ないが、そうではない場合は、相手の能力を観察し、深い考察の上でいくつかの特徴を紐解き理解していく必要がある。
六、本来言霊の行使に必要な詠唱を必要としない。
――――ここまで、いくつか特徴を挙げてみたが、この中で重要なのは二つだ。
まず、俺は人差し指を使って文字を書く必要がある。これが、【大】や【二】のような文字ならいいが、【高】や【弱】といった画数が多い文字を書くのに多少の時間を必要とする。
それも、言霊として描くのだから書き間違えては不発で終わってしまう。
そのため、言霊を早く正しく書くという技能が俺の力には必要になる。
次に、俺の言霊は再現元である能力よりも効果が弱くなってしまう。これは、俺がその能力への理解を深めるごとに、よりオリジナルの力へと近づくことができるのだが……どれほど近づけたとしても、正面対決をすれば負けてしまう。
例えるなら、【大】という言霊の【物体を大きくする力】を行使したとして、オリジナルは一センチの物体を一メートルまで巨大化できるのに対して、ある程度理解を深めた今ですら、俺は七十センチ程度までが限界だ。
このように、同じ言霊での対決や、違う言霊だったとしても、ただ言霊を使うだけでは俺が活躍することはできない。
なぜなら、俺は誰かの言霊を再現する力を持ってはいるが、それはつまり再現元が絶対に存在するということだ。つまり、特定の言霊を再現するだけでは、その言霊を使う上で自分よりもより優れた言霊使いが存在することが決定づけられてしまう。なぜなら、俺が再現したオリジナルがいるから。
以上に理由を踏まえて、俺はこのなにも刻まれていない能力を、より迅速に、より正確に、より適切に、より有効に使わなければいけないだろう。
だからこそ、まず始めるべきは言霊の正確さだ。
「……一秒ぐらいか」
野極先生から借りてきたタイマーを使って、向井木の奴を思い出しながら【木】の言霊を描く。その速度は、計測してみれば一秒二七という結果だった。
もちろん、言霊はその効果を発動し、小さな若木を俺の目の前に出現させる。
まずはこの【木】そして【大】の言霊を素早く書けるようにする。この二つは、そこそこに汎用性が高い。木は障害物にも、何かを支える支柱にもなる。【大】のモノを大きくするという特性を活かすための術をまだ思いついてはいないが、生き物以外のほぼすべてを対象として使える汎用性は侮れないだろう。
だからこそ、俺はこの動きを即座に、反射的に描けるように訓練する必要がある。
ただ、ただひたすらに地味名のが難点だ。地味というかなんというか。俺としては、この繰り返し作業はちょっとした苦行に感じてしまう。
無論、一週間前の俺からしたら魔法のようなこの力。使うこと自体は楽しい――――のだが、何かを工夫する、誰かと競い合う、何か目標を目指すなどといった行為ではなく、ただひたすらに空に言霊を描き続けるという行為には、途方もない荒野を歩くような目的のなさを感じてしまい、ぬぐい切れない作業感に、次第に俺は虚無へと落ち込んでいってしまう。
言霊を描いてはストップウォッチを止める。一秒を少しだけ切れた。
言霊を書いてはストップウォッチを止める。一秒を少しだけオーバーした。
言霊を再現してはストップウォッチを止める。。一秒を少しだけ――――
「……あぁー」
「大変そうだな、ジン」
俺が感情なき言霊書きマシーンのように時間を消費していると、いつの間にかそこには向井木がいた。
そんな向井木の他人事なねぎらいに軽く返事を返す。
「まあ、な。正直、ここまで単純作業を繰り返すことが酷だとは思わなかった」
「逆に、だからこそその能力になったんじゃないか? ほら、いろんな言霊を再現できるから、飽きることがないてきな」
「あー……確かにそうかも……」
言霊は持ち主のパーソナルに影響を受けて変化するなんて言われているが……いやいや、俺がそんな浮気性な男なわけないだろ。
そう反論しつつも、俺は訓練を繰り返す。
いちおう、反射的……というか並行的に文字を書く訓練だ。しゃべりながら、俺は言霊を次々と再現していく。
「それで、そっちはどうなんだ? この前言ってた【木】の拡張性ってのは」
「ああ、見てみろ、――――【木】!!」
会話の流れで、向井木は自らの言霊を使う。
俺が先程まで練習していた時の様に、その言葉が力をもってして俺たちの目の前に木を創造する。
さて、俺の聞いた事項については、ここからだ。
「新しい俺はここからだぜ、ジン。【木】!」
それは、何事もない先ほどと全く変わらない詠唱。言霊を使う上で最低限の言葉を唱えて、向井木はスコップをあらかじめ召喚していた木に突き刺した。
すると、その木はさらに伸びる。その大きさをさらに大きく、その太さをさらに太く、木としてより成長していく。
……そういえば、この木は何の木なんだろう。
「見たかジン! これぞ俺流、『重ね掛け』だ!」
どうやら、これは言霊の力を重ねた結果だそうだ。現実に存在するモノを指す『実存系』。その力は元となる物体に依存するのだが、どうやら向井木は言霊を重ねて唱える――――【木】に【木】を重ねることにより、元の木をより成長させた。
「凄いな」
数メートル程度だった樹木は、目算十二メートルほどの大木に成長する。ただ、ここから更に【木】を重ねることはできないようで、これが向井木の出せる最大サイズらしい。
向井木は、先週よりも成長している。こうやって、他のクラスメイトも遅かれ早かれ新たな力を身に着けていくだろう。
だからこそ、俺も俺のできることを増やさなければいけない。
何しろ、俺は委員長だ。計ったわけではないが、仮にも彼らの代表なのだがから、俺が何も成長しないのはだめだ。それは誰よりも、俺自身が許せない。
そう、俺は自分自身を鼓舞する。
「よし、俺も頑張るか!」
これがいつか、なにかの役に立つ。そう、俺は信じて。
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