第八話 【学級委員長】
day.4/10 [第一言ノ葉学園:一年E組教室]
第一グラウンドでのレッスンから土日を挟んで月曜日。今日から一週間の学園生活が始まる。先週も、授業の内容はまだ準備運動のようなもので、これからやることの説明や、必要になるだろう道具の説明なんかを中心として進められ、本格的な授業は行われていなかった。
そんなわけで、今週から開始されるであろう頭脳労働の日々を想像して辟易としながらも、俺は朝の教室の席に着いた。
春だからこその春眠暁を覚えず。みな眠たそうに目をこすりながら、朝のショートホームルームを待つ。
俺の隣の向井木も眠そうに目をこすりながら、ノートパソコンにカメラデータを保存しつつ、ファイルごとの仕分け作業に没頭していた。
「なあそれ、ノートパソコンとか持ち込んでいいのか?」
「いいらしいぞ。授業中に使うわけでもないなら持ち込んでも構わないってよ。それにほら」
「なんだ?」
朝のホームルーム前。皆がぼんやりとしている中、教室の一角にて四人ほど生徒が集まっているところがある。そこを指さす向井木につられてその集団を注視してみると、とある声が聞こえてくる。
「さあ、半か丁か!」
「丁」
「半だ、半!」
「いーや、丁だね」
「半、半、ハーン!」
そして、その集団を見てから呆れたような声を向井木は出す。
「丁半やってる高校生だっているんだ。俺のぐらい目をつむってくれるよ」
「なんていうか、古風というか、大人びているというか」
ってか、よく見たら愛衣も混ざってんじゃねーか。背が小さくて見つけられなかったわ。
と、それぞれが朝の時間を過ごしていると、ガラガラとわざわざ音が鳴るように扉を開けて、野極先生が登場する。彼が教壇に移動するまでの間に、席を離れていたものをは席に着き、私物を出していたものは机の中にしまい込む。
そして、話を聞く体制が整ったのを見計らってから、野極先生は自分のペースでしゃべり始めた。
「じゃあ、出席を取る」
そんなわけで、出席番号一番から十六番までが一つずつ読み上げられていく。ただ、最中になにやら野極先生の顔色が悪くなる。
「あー……やっべ忘れてた」
酷く生徒を不安にさせるようなこともつぶやいている。いったい何があったというのだ。
「あー、矢冨」
「は、はい。えっと、何かあったんですか?」
「待て、とりあえず出席を終わらせる。和合姉」
「は、はい。あの、名前でも大丈夫ですよ?」
「なんか、女生徒を名前で呼ぶ男教師ってのも俺的には引っかかってな。それで、和合妹」
「私、先生なら名前で呼ばれても全然オーケーなんだけどなー!」
そんな風に、全員の出席が終わってから、なにやら忘れていたらしい要件が話される。
「よし、学級委員長決めるぞ」
「「「あー」」」
そういえば、学園に存在する役職と言えばの代名詞の一つが抜けていたな。昨今の学園モノでは、生徒会長、風紀委員ときて三番目に名前が挙がるのが学級委員長だ。確かに、これから学園生活を送るうえで、クラスのまとめ役となる学級委員長は必要不可欠だ。
「とりあえず、推薦があるなら言ってくれ。なんなら自分を推薦したっていいぞ」
そういわれて、真っ先に手を挙げた奴がいた。
「はいはーい!」
俺の間隣から声が上がる。そう、向井木の奴だ。
「なんだ、向井木」
「推薦しまーす」
どうやら、向井木には推薦したい人間がいるようだ。そんな奴は青春モンスター。青春をカメラの画角に収めるためならなんだってやるモンスターだ。昨日、俺にしがみついた愛衣に青春を感じてから、なにやらくっつけようという気配を奴からビンビン感じるからうざったい。
まあ、向井木のことだ。青春を感じるためにクラスを統括するという目的で、どうせ自分を推薦するんだろう。
「俺の隣のこいつ! ジンが適任だと思います!」
「……は?」
い、いやいやいや? 俺が適任だと?
「ま、まて向井――――」
「あ、それなら僕も賛成します」
俺が向井木へと問いかけようという声を遮って、向井木の提案に賛同の声が上がる。どこの馬の骨だと思ったら、払田だった。
「入学式の日、いじめられそうだった僕を助けてくれたから、人を助けるのは得意……に見えます」
曖昧だが、的確な賛成意見。間違いなく、俺の印象に対してプラスに働くこと間違いなしだ。
「そうだな矢冨の奴は面倒見がいい」
「寝坊しそうになった時も起こしてくれたしねー」
さらに、追撃をするように賛同の声が上がる。今上がった二つの声は、寮でのルームメイトの二人だ。確かに、休日だからと寝ぼけて寮の起床時間を過ぎても寝ようとしていた福ノ宮を起こしたり、なにやら自分のデスクで細かい作業をしている唐栗に気を使ってコーヒーを持ってきてやったりしたけど! したけども!
「ジンはいい人だよー!」
そして、何やら俺よりも広い交友関係を持っているようで、昨日今日と俺に構わずいろんな生徒のところへ行ったり来たりしている愛衣のとどめの言葉があった。
その結果――――
「よーし矢冨が学級委員長になるのは全員賛成だな」
俺以外の全員が賛同する形で、俺が学級委員長になることが決まったのであった。
まあ、やるのは構わないが、突然の出来事過ぎて、濁流にのみ込まれたときのようなパニック状態に陥ってしまった。
そうして、満場一致で決まってしまった俺がクラス中の視線を集める教壇の前に立たされると同時に、野極先生がもう一人必要だと声を上げた。
「あ、そうだ。女子の学級委員長も必要なんだが……誰がやる?」
だが、その言葉に俺の時のように即座に反応する生徒はいない。愛衣も「どうしよっかなー」みたいな顔をして、左右に体をゆらゆらしながら決めあぐねているみたいだ。
そんな沈黙の中、誰もやろうとしないのを見かねてか、一人の女子生徒の手が上がった。
「私、やってみたいです」
その声の主は、手を挙げるとともに立ち上がりながら、その存在をクラス中にわかりやすく示して見せた。
その生徒の名は岸良 まふゆ。このクラスに在籍する、ワードマスターの一人であった。
「よし。じゃあ、岸良と矢冨の二人で決定だな」
こうして、俺たち二人は出会った。
――この岸良のおかげで、俺の学園生活は一変する。別に、悪いわけではない。ただ、いいとも一概に言えない。ただ、間違いなくこの言霊という特殊な力を持つ生徒たちの中でも、殊更特殊な境遇に立つことになる。
それは、まだ先の話だけど。
ただ、この時。俺には、彼女が周りの生徒と違って見えた。
「……ふーん」
活気あふれるクラス。言霊という自分たちの個性が出る能力を手に入れ、新たなる学園生活に希望溢れる彼ら。
ただ、岸良だけが唯一、違って見えた。
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