第七話 【謎】
day.4/7 [第一言ノ葉学園:第一グラウンド]
現在時刻、午後四時。すべての授業が終わってから、俺はジャージに着替えて第一グラウンドの端へと来ていた。端と言っても、百メートル走のレーンをいくつも作れるぐらいの広さはある。とんでもないスケールに、俺が呆然としていると、俺をここへと呼びだした人物が現れた。
「よーし。じゃあ始めるぞ」
「よろしくお願いします、野極先生」
野極先生による特別授業。その内容は、謎に満ちた俺の能力について解き明かすためのもの。そのために、放課後の時間を使って野極先生直々のレッスンを提案されたのだ。
渡りに船。俺もいずれはワードマスターとしての地位を目指したいと思っている。そのためには、自分の『言霊』の力をまず解き明かさなければいけないだろう。だからこそ、野極先生の提案を俺は二つ返事で受け、早速レッスンを始める。
なお、見学として向井木と愛衣、そして払田が横で眺めている。
「がんばってー!」
何をがんばれというのだ愛衣よ。
さて、見学兼自習ということで、自身の言霊の研究、練習を行いつつちらりとこちらを見る三人は置いておいて、俺は野極先生に問いかける。
「それで、訓練とは言いますが、何をするんですか?」
訓練というのは、想定されたシナリオにたいする備え、もしくは自らの技能を伸ばすために行うモノだ。しかし、俺の能力は全容がはっきりとしない。まず野極先生としては、その部分をはっきりとさせたいようだ。
「とりあえず、ここにビデオカメラがある。お前の説明だと、ある程度言霊の力の概要を知っていないと、文字を書いても発動しないみたいだから、俺が昨日夜なべをして三字から十一字までの画数の言霊の力を発揮した現場の録画がダイジェストで記録されている映像を用意した。まずこれを見て、お前のその力が何文字まで使えるのかを厳密に調べるぞ」
「わ、わかりました!」
早速、俺の能力を調べるためのレッスンが開始された。
「とりあえず、三画から」
――――【大】
空中に、指を筆のように振るって文字をなぞり描く。
まず初めに試すのは、映像にて一年E組のクラスメイトである男子生徒が使っている【大】の文字。その力は、物体の大きさに影響を及ぼす。
映像では、一センチ程度の石を十センチにしたり、映像の奥の方に見えるゴジラのような巨大生物に対抗するように、近くの女子生徒に貸してもらったクマのぬいぐるみを限界まで巨大化させたりしている。
試しに、映像の様に三センチ程度の近くに転がっていた石に対して、その力を向けてみる。
文字を描いた後、指でその文字の影響させる対象を指定する。俺は、安全を考慮して地面に置いた石に対して、指をさして【大】の力を行使した。
発動した感覚と共に、その影響が見て取れる程度に発揮される。
「大きくはなったが……微妙だな」
「録画では十倍以上は大きくしてたんですけどね」
俺と野極先生の目の前で、元三センチの石は、九センチまで大きくなって見せた。だが、もう一度【大】を発動してもその大きさに影響はなく、また他の石に【大】を使っても、統一性のない大きさに巨大化する。振れ幅はそこまでではないが、その大きさを俺は細かくコントロールすることはできない。
おおよそ、俺の【大】での影響は二倍~五倍まで。本家本元の発動した十倍の半分程度に収まる結果になった。
さて、次は既に使ったことのある【木】だな。
――――と、こんな風にまず始まった限界画数の調査。結果は十一画の【強】の文字にて、俺の感覚が画数の限界を訴えてきた。
「十一画は書けないみたいですね」
「ってことは、限界画数は十画か」
そして、ついでに野極先生は他の特性も観察していたようで、俺の限界画数の記録をした後に、さらにこう続けた。
「ついでに、お前のその言霊は、実存系――実際に存在する道具や武器なんかを対象にした『言霊』に関しては、ほぼオリジナルの能力と変わらず発動できるみたいだが、行動系や概念系に対しては、オリジナルよりもいくらかグレードダウンした力になるようだな」
そう。それだ。実存系……がなんなのかは、野極先生が説明してくれた通りだ。例えば、向井木の【木】の言霊。これは、向井木が向こうの方で自由自在に木を生やしているように、同じ大きさの木を俺も生やすことができる。
だが、一番最初の【大】のような概念系――特定の効果を付与する言霊――や、払田の言霊である【退】といった行動系――人の行動に由来する言霊――のような力は、本来の力を発動できないようだ。
一見万能な俺の能力も、穴を探してみればいくらでも見つかるようだ。
「まあ、おそらく、これは能力の方向性によるものだろう」
そこで、補足するように一つの予想を野極先生は俺に提示する。
「本来。言霊は文字に沿った力を、装具によって発動する。これは、力の方向性を固定するためだ。要は、ホースと水。言霊を水に置き換えた時、その水がホースという装具をたどり、目的に沿った動きをするように作られている。ただ、お前の場合はその装具がない。つまりホースがない状態で、水を使わなければいけない。十メートル先の花壇に水を届かせるのに、オリジナルはホースという道具を使っているのに対して、お前は手で水を掬って運んでいるような状況だ。オリジナルと同じ方向性で力を使って、その力が劣るのは仕方がないことだろう」
確かに、俺の力が効果を発揮するとき、オリジナルとなる言霊使い達が、言霊を使う際に用いる装具は再現されない。あくまで、言霊単体での力に俺の能力は依存するようだ。
銃弾が銃のないところで万全の働きができない様に、装具を用いない言霊では、その力を完全に振るうことはできないらしい。
「まあ、もともと存在する物質を出現させるという力は問題なく使えるようだし、複数の言霊を使えるというのは間違いなくお前だけのオリジナルだ。おそらく、この力は強力な言霊となる。お前が延ばすべき力は、ありとあらゆる状況に対する対応力だと、俺は断言しよう」
対応力。確かに、いかにオリジナルの言霊よりもグレードダウンしようと、言霊の力自体は使える。さらには、それを任意で切り替えることで、理論上はあらゆる場面に対応できる力ではある。
「だからこそ、お前は今からあの三人の能力の活かし方を考えてみろ。きっと、それがお前の成長につながるはずだからな」
そういって指さした方向には、向井木たち三人が居る。向井木は、自らが生やした木を眺め、愛衣は石ころ遊びをするようにしゃがんで何かをしており、払田は払田の装具である盾をもってなにやら唱えている。
「……わかりました。俺の力で何ができるのか、わかりませんが。それでも、やってみます」
「よろしい。じゃあ、春先の教師は忙しいから、俺はここで仕事に戻らせてもらう。頑張れよ、矢冨」
「はい!ありがとうございました!」
そうして、野極先生が職員室に戻る背中にお礼を告げた後に、俺は日が暮れるまでの間、彼らの言霊の研究を、彼らと共に考えた。
――――……別所にて。
Day.4/7 [第一言の葉学園:職員室]
「通称『無形』。言霊の文字がないからこそ、そう呼ぶしかない彼の力について、エルールルはどう思う?」
職員室にて。保険医であるエルールルに対して、野極は意見を求めていた。大雑把ではあるが、全容の見えてきたかの新入生の謎の言霊。装具は存在するのに、刻まれた言霊のないという前例のない力に対して、彼らはどうアプローチをするべきか悩んでいた。
そこで、まずは彼自体の出生と身体的特徴。そして、その能力の詳細を探っていた。
「先日、保健室にて診断した結果、目立った不調はなし。件のケンカの外傷も、僕の【再生】の力でなんとなかるレベルたった。それ以上となると、本人が気づかないような病気が考えられるけど……それがそれほど――――言霊の消失のような影響を与えるとは思えないのが、僕の予想した結論だよ」
その結論は、あくまでも学生時代も含めて、十二年もの間、言霊に触れてきた保険医としての勘だ。だが、過去の記録を漁り、体調や身体的不調にたいする言霊の変化の論文を作るまで至ったエルールルだからこそ、その勘は信頼できるものでもあった。
「まあ、そうだよな……。出生は?」
「生まれた時に母親が死に、それ以前に父親が消息を絶っている。その後は親戚の家にて、問題もなく平和に育ったようだけど、一つ気になることがある」
「なんだ?」
「彼の父親。――――『矢冨 レン』だが、もともとはこの学園の生徒だったみたいだ。母親の方も」
「ふむ。両親ともども言霊使い。その二人の遺した子供は、言霊が刻まれない言霊使いか。確かに、気がかりだな」
次に出てきた矢冨の出生記録に、野極はふむと興味深そうに目を通す。そこには、自分たちよりも幾年か先輩であろう言霊使いの情報が載っていた。
「ああ。血統的な問題かとも思ったが、そうではない。それに二人とも、僕たちみたいに言霊に関係する仕事をしていたそうだ」
この情報を探った一つの理由として、血統が挙げられる。こちらも、子は親に似るというかのように、親の持っていた言霊と同じ言霊を発現する子供がいるという情報から来たものだ。
そして、彼らは言霊が刻まれないという現象を、矢冨、もしくは矢冨の親族の系譜が持つ特異体質かと予想したが、それも違った。
ただ、そこまで調べたエルールルは、一つの事実を発見する。
「となると、教師か?」
「さあね。記録がない。意図的に抹消されている。さあ、野極先生は、この報告を聞いて彼のことをどう思うかな?」
そう。エルールルが調べた記録では、矢冨の両親の記録が不自然に見つからなかったのだ。学園の過去の生徒データで生徒だったことはわかったが、それ以外はさっぱりとなる。さらには、彼らが発現したであろう言霊がなんであるかすらわからない。
その事実を教えられて野極は、得も言われぬ怖気を感じた。なにか、自分の知ることのできない、得体のしれない何かがうごめいているような、そんな気配を。
だが、野極は教師として一つのプライドを持っている。
「あいつは――矢冨は、俺が担当するクラスの生徒だ。例え、奴の家にどんな事情があろうと、俺はあいつの教師である義務がある。今更、あいつにかかわるななんて、言われる筋合いはないぞ」
「ああ、君ならそういうと思ったよ。そんな君だからこそ、僕は君の友人をしているんだ」
それは、十年来の友人として会話。エルールルは矢冨の未知という危険性を説き、そして野極はそれをはねのけた。
その選択が、どう転がるのか。今は、まだわからない。
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