第17話★
ウッソーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
その日は調教師と契約者としての仕事とやらを終えた初日。俺の剥き出しの牙と爪は血を吸って赤く染まっていた。尻尾は逆立ち髪に埋もれた耳は忙しなく揺れる。
「アナタの魔力って消耗が激し過ぎるのね……害虫駆除中にイっちゃいそうになったわ……」
甘く囁く声は既にトロトロだった。
女も俺と同じだったようで、部屋に戻るなりベッドに縺れるように共に倒れ込んだ。毛皮に纏われていようが、身体付きは線の細い女だ。首筋へ甘く甘く噛み付いた。
「あ、っ……はは、悪い子。これで契約完了ね」
女は上擦った声を上げる。
ここまではまだ良かった。
俺は夢中で腰を擦り付けた、瞬間。視界が揺れた。気付けば床でひっくり返っていた。
シルクだかサテンだか知らないがお洒落なベッドから蹴落とされた俺は、呆然とウサギ族の女を見上げる。
「え……?やだ……チンコついてる……去勢もまだなの……?」
ウサギ族の真っ黒な丸い瞳が、汚物を見るような目で俺を見下していた。
のが、二週間前の話。姉さんが獣族に捕らえられてオークションにかけられる話を酒場で聞いたのも、二週間前の話。
俺の目論見通りに話を進めるより早く、勝手に状況が変化していく。これはこれでラッキーだが、それでも扱いの差に愕然とした。
敢えて言おう。
この世はちんこに厳し過ぎる。
俺の人生は本当に可哀想だ。小説の一つでも書けるんじゃないだろうか。もっと悲惨な奴がいるのは知ってるけど、そうじゃない。俺の人生は俺にしか歩めないのだ。
普通に平凡にヒト族の国で育って、保育園に上がる前後で突然耳と尻尾が生えてきた。覚悟はしていた。ついでに親がキメラだったパターンなんて、そんな珍しいこともない。俺は狼族のクォーターだった。
ある日買い物に出かけた親が突然死んだ。事故だった。そんな呆気ないことある?あるんだろう。生死の理解が曖昧だった俺は、知らない叔母さんにお引越しを告げられた。
所謂、養護施設。そこそこ治安が悪くガキ大将に虐められていたが、俺は元気だった。一緒に育った姉のようなヒトにとても優しくしてもらった。養護施設なんてプライバシーも何もない、皆家族だ。俺は気付けば姉さんと慕っていた。喧嘩してぼろぼろになった俺にいつも優しく声をかけて手当てして、一緒にメシを食って時々抱き合って寝た。姉さんの膨らんだおっぱいにへこへこしなかった俺は偉いと思う。
口調の躾も姉さんに行われた。出来るだけ丁寧な言葉を使いなさい。クォーターといえどキメラはキメラ。差別対象になりがちだ。丁寧に生きなさい、耳も尻尾も出来るだけ隠した方がいい。生き残ったもの勝ちなのだと。
そんな姉さんは義務教育を終えると、さっさと施設を出て行ってしまった。夢があると言い残して。
俺も自立すると姉さんの後を追うように、噂を必死に追って国境まで出た。
有り体に言えば俺は馬鹿だった。
勉強をサボっていたツケが回ってきた。国境と獣族の事情を、何も知らなかった。
獣族に捕まりあっという間に奴隷になった。驚くほど無駄のない流れで、牢獄に全裸で突っ込まれた。その後身体を小綺麗にされて、売り物らしく悪趣味なフリルの服を着せられ、福袋感覚で福檻に放り込まれた。此方から売り場は見えなかったが、同じように、外から見えぬようカーテンが閉められていたらしい。
その時来ていたウサギ族の調教師でありレズビアンの女に買われた。毎度あり。
そして速攻で男とバレた。
閑話休題。
「アンタねえ、自分の顔に感謝しなさいよ。はー……ヒト族の女の子だったら着せたい服が山程あったのに。その服着られるだけ感謝しなさい、私はちんこを視界に入れるのも嫌なの」
出会ってすぐの、優しく「私は獣族の調教師、キャロットよ。よろしくねヒト族の奴隷さん♡大丈夫痛いのは最初だけよ、契約契約ぅ♡」と頬を撫でてきた面影はもう何処にもない。
俺は女顔で凹凸の少ない身体の自覚はある。よく女に間違われたものだ。その度優しくされてきたから、女のフリをしていた方が生きやすいことに気付き始めていた。
だからって、俺は自分が「女です」なんて獣族に言ったことはないのに。キャロットが福袋で勝手に選んだくせに、俺が男と分かった瞬間手のひらを返したように冷たくなる態度はたまったものじゃない。
キャロットは、俺が男と判明したその日から風呂を許されなくなった。食事は最低限。
酒場まで引きずって連れて行くキャロット曰く、「自分の目の届かない状態で家に男を置きたくない」だそうだ。
ペットよろしくカウンターの下に押し込まれた俺は、今日のオークションの話を聞き出した。
出品されるヒト族の中には名乗る者も居たらしい。その中に、姉さんの名前があった。
「オークション!最高じゃなーい、もうコイツ魔力食うだけだし売っちゃお〜」
見切り発車で俺は売り飛ばされることになった。
キャロットに何度か抵抗しようとしたことがあるが、見事に敵わなかった。俺が弱いのかキャロットが強いのか分からないが、専属契約者はそう簡単に傷をつけられないそうだ。
そしてオークション当日、俺は怪しげな路地裏に引き摺り込まれた。
受付で入場だけでなく、売り飛ばす手続きを済ませたキャロットは、俺を時々蹴り飛ばして回収係の獣族を待っていた。
ヒールが痛い。服もぼろぼろ、腹も減った。
奴隷になって数週間、こんな酷い目に遭うなら国に帰りたいと何度も思った。悲しくなって、溢れそうな涙を紛らわそうと顔を上げると、
「オニーサン」
キャロットが話しかけた先に。
豚がいた。
見事に豚だ。ワイシャツから顎が溢れている。髪の毛が意味を成していない。はち切れそうな腹と腿。鼻先は鼻の穴が剥き出しになるほど吊り上がっている。丸焼きにしたら美味そうだ。
ああ、こいつも獣族か。
キャロットは男相手でも意外とフランクだ。女を相手にしている時の方が声のトーンは三割り増しで高かったが、同族の男にも比較的フレンドリーだった。
いや、そもそも俺以外に冷たい態度を取る姿を見た事がなかった。
「……アンタ調教師か?」
「ええ、同じね。アナタのお噂は予々。でも私のこの子、ヒト族じゃなくてキメラなの。すごいでしょ」
豚と何かシリアスな話をしている。此方はそれどころではない。
これから売り飛ばされるらしい。勘弁してくれ。姉さんを助けたいだけなんだ。ついでに俺も国に帰りたい。
「でももういらなくなっちゃった。薄汚いし、私の魔力が全部こいつに食われそうになるの。質の良いキメラなんてもっといるでしょ。だからアナタもオークションに来たんじゃない?」
いやそこは隠すのかよ。ケチって福袋感覚で買ったら男でした、同性の奴隷とエッチ出来なかったから売りますって言えよ。何そのプライド。
マイノリティだからか?それ以前の問題だろ。アンタが反省すべきは俺に対する扱いの方だ。
話を終えたキャロットに蹴り飛ばされ、俺は、ゴリラの回収係に首から伸びた鎖を引っ張られた。
キャロットとベッドで契約したのは覚えてる、首筋を噛んだ時だ。
しかしいつの間に破棄されたんだろう。何でもいい、キャロットの言う「専属契約」とやらは解かれたということか。
もし俺が自由なら、このゴリラ共を倒せないだろうか。
俺の狼爪は頑丈だ。痩せてて細いから何だ、俺の強さを見くびるなよ。
殺意を込めて低く唸る。感覚を研ぎ澄ませ、独りでも生き残って、姉さんを助けるんだろ。証明して見せろ、俺。
次の瞬間。
「すみません、その子は幾らになりますか」
豚が此方を一瞥して、ゴリラ共に向き合っていた。何を言ってるんだろう。その子?俺のこと?
いや、待て。もしかしてこの豚、めっちゃいい奴では。
豚の後ろから、巨大な赤いツインテールの小柄な女の子が顔を覗かせていた。大きな目を潤ませきょろきょろ俺や豚を見上げたりして落ち着きなく裾を引き摺っている。
豚は調教師の男、後ろに居るのはロリっ娘。なるほど。
俺、今日から女になります。
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