第16話
「私の恩人が捕らえられている。今宵オークションの品として出品されるらしい。私は彼女を何としても助け出したい。彼女が獣の手に渡り蹂躙されるぐらいならば、我が身が滅びようと私は狼爪を振るう」
両膝をつき、地面に拳を叩き付けるキメラ。
彼女の闇色の長い髪が揺れる。覗く尻尾は逆立っていた。
「……つまり?」
「私が目的を果たすまで契約を保留にして頂けないだろうか。被契約者として生きて戻れる保障がない」
「契約したくないならしなくていい、キメラにだって選ぶ権利はある」
「いいや。私が主を選びたい。契約を結ぶなら主がいい」
「このこにあ、ご主人様がつおい、すてきなご主人様って、わかるんでしゅ」
ボタンを横目に見る。得意げにはち切れそうな胸を張っていた。
オレの視線に気付いたのか、頬が林檎色に染まる。桜色の浴衣の裾を引き摺って、ひょこひょこオレの背中に隠れた。
素敵かは知らんが、ヒト族に性的興奮を覚える獣以外、飼い人を着飾ったりなんてさせないだろう。
自覚はある。オレはキメラにとって珍しい。変わってる。
「好きにしろ」
「……!では、」
「と言いたいところだが、オレは今日ここの警備にあたる。もしお前が問題事を起こすなら、今この場で始末しなければならない」
癖だらけの乱れた黒い頭髪が、獣の耳のように揺れた。髪に神経でも通ってるのだろうか。
見開いた眼球に瞬間的に殺意が宿り、ぎょろぎょろとオレを見上げる。
地面に突き立てられたキメラの爪が、みしりと軋む音を立てた。
此方も仕事の信用と生活がかかっている。この世は甘くない。獣外のメスの生き物で取り囲んで媚を売られ手込めにする余裕なんて、オレの財布にはない。
お手軽にハーレムを築いてウハウハ出来るならとっくに皆そうしてる。
オレの脅しにすっと殺意を引っ込めたキメラは、静かに言葉を返した。
「主にはその権利がある。私を殺してくれて構わない」
こじれた忠誠心の塊のようなメスに、オレは一瞬言葉に迷った。
仕事以外での面倒事は御免だ。
「まだ何もしてないキメラを殺せ、なんて仕事は引き受けてない」
「……このまま見逃せば私は大事を起こすぞ」
「その時に始末すればいい。オレは弱ったキメラに勝ちを譲るほど優しくねえ」
座り込んだままの姿は犬そっくりだ。犬族の血筋だろうか。
尻尾を立てたまま微動だにしない。
どうしたものか。
考えに考え抜いた末、引っ提げた麻袋を漁った。黒ずんだヒト族の手に触れる。非常食の干し肉だった。母指と小指、中指が足りないが、十分だろう。
麻袋ごと、キメラのぼさぼさの頭部に置いた。
「……!?」
「メシやるから、逃げるなり契約を迫るなり勝手にしろ。オレの敵になるような真似はしないでくれ、調教師無しでもキメラが強いのは知ってる。出来れば始末したくない。お互い無傷じゃ済まねえだろ」
「……ヒトの匂いがする」
「鼻が良いなら今後離れてもオレのことを探せるだろ。じゃあな」
手を振って背を向けても、キメラが身動きを取る気配は感じられなかった。それでいい。
オレの力が強くなるに越したことはないが、その為に怪我をするような代償を払うつもりはない。
オレは先程ウサギの調教師が向かった会場の入り口へ足を踏み出した。
ボタンの細い腕を袖越しに引くと、振り返るような気配を感じた。
キメラ同士思う所があるのだろう。
ボタンには後ろ髪引かれる思いもあるだろうが、オレたちには仕事がある。生活がかかってる。
小さな被契約者はオレに逆らうことなくついてきた。
仕事の時間が近付いている。
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