第15話

無一文になった。


「いやぁ〜素晴らしい!流石はギルドに颯爽と現れた敏腕の調教師殿!持ってる金額も違うなぁ!」

「てめえ、くすねるなら少しにしておけよ。実際の価格より上乗せして払わせてんだから……あ、調教師のダンナ!どうぞ、首輪外しておいたんで好きに持って行ってください!」


聞こえてんだよゴリラ共。

ゴリラ族は声が大きいので、よく耳に届いた。

オレに背を向けて金貨と銀貨を数えるゴリラたちが、時折思い出したように此方を振り返る。早く行け、顔にそう書いてあった。

空っぽになった麻袋を逆さにして打ち拉がれるオレの背中を、ボタンはそっと撫で下ろした。今はその慰めが逆に辛い。


すらりとした棒のように長い手脚を剥き出しにし、布切れを纏うキメラが地面に倒れていた。指から伸びる爪は鋭く不自然に歪んでいた。狼爪のような歪な形をしているが、毛皮はなく白い皮膚だけだった。

片目は真っ直ぐな切り傷が額から頬まで一直線に刻まれている。かろうじてその目も開いているようだ。

此方を見上げる黒い瞳は鋭く肉食獣のようにぎらついている。


「……御慈悲に感謝致します、調教師様」


少なくとも満場一致で感謝している顔ではなかった。

……何だこいつは。野良の方が気楽な種族か?


「何だ、その目」

「生まれつきに御座います。申し訳ありません。気に食わぬなら潰してください。私は今や貴方様の飼い人」


ハスキーな声が無感情に抑揚なく、従順な言葉を丁寧に紡いだ。

言葉と顔が合っていない。


無意識のうちに深い溜息が漏れた。


「野良の方が気楽ならそうしてくれていい。契約しないでおけばいいだろ、好きにしろ」

「しかし……」

「ご主人様はやさしいでしゅよ」


俺の背中から姿を見せたボタンが、甘ったるい声でキメラに語りかける。

ボタンの小綺麗な出立ちを目にして、キメラは黒い瞳の奥の瞳孔を開かせていた。


「……随分高待遇なヒト族だな」

「ふみゅう……おんなじおんなのこのおともらち、うれひいのにぃ……」


悲しげに短い眉を下げて、ボタンが大きな焔色の瞳を潤ませた。おろおろとこちらを見上げるボタンの頭を撫でると、何か思いついたように手を叩いた。


ボタンが膝をついて、キメラの頭部へ口元を近付ける。

キメラはぎょろっと細い瞳を足らん限りに見開いた。

キメラ同士の話はキメラ同士で。

干渉せずに眺めていると、キメラはぐっと唇を噛み締めた末にオレを見上げた。

睨み付ける先程の視線とは異なる、縋るような瞳で。


「どうにかこの身を懸けて恩に報いたいが、今は契約出来ない。私にはやらねばならぬ事がある。聞いて下さるだろうか、我が主よ」


魔法がもたらす人工的な光さえあやふやな路地裏で、キメラの闇色の瞳に光が灯る。

ボタンはオレを振り返ると淡く揺れる焔色の瞳を細めて、小さく微笑んだ。

こいつもこんな顔が出来るのか、と感心してる場合じゃない。


態度が一変したキメラの願いに、オレは迷う事なく頷く。

時刻はまだ17時。オークション開始までたっぷり時間はある。

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