第14話
「右足って美味いな」
「俺は眼球派」
すれ違う旅獣の声が聞こえた。振り返ると、トカゲ族がヒト族の足を咥えていた。
肩に何か乗っていた。見落としそうなハツカネズミ族が、丸い球体に歯を立てている。
神経が伸びているのを見るに、解体されたヒト族だろうか。
ま、家畜なんてそんなもんか。
祭りってのは騒がしいものだ。
ぼったくりな値段を掲げて屋台が所狭しと並んでる。
西洋の栄えた街並みは、祭り一色に輝いていた。
趣味の悪い仮面をつけた獣族の群衆で賑わっている。
色とりどりの球体が浮遊し、ランプを形成する。全部魔法だが、魔力の無駄遣いにしか見えん。
出店に並ぶヒト族の頭部は、しっかり髪が毟られ、眼球がくり抜かれていた。
ヒト族の頭部は美味いが、
「ふみゅ、あうあううう、ぶみっ!」
隣にボタンがいるせいか、非常に屋台の品を買い難い。
祭りということで、ボタンにはお洒落をさせてやりたかった。
少し裾の長い…東国の衣類を着せてみた。ユカタというらしい。淡い桃色のローブのようだった。
裾は案の定長く引き摺っているが、胸元は乱れる度に剥き出しになっていた。
興味津々に屋台を見回しているボタンは、白い乳房をぽよんぽよんと揺らしていた。奴隷だった彼女が経験するのは初めてであろう祭りに、ボタンは高揚して肌を色付かせている。
……周囲から嫌な視線を感じる。オレが側にいなければ。
無防備なボタンの細い腰を、オレは抱き寄せた。ぽよん、と乳房が腕に当たる。
「んぅっ」
ボタンは頬を褒め甘ったるい声が上げていたが、それどころではない。
オレはオイ、とボタンに耳打ちした。
ボタンは「ひゃんっ」と色っぽい悲鳴を上げて耳元を押さえているが、気にせず続けた。
「あまりはしゃぐなよ。オマエは飽くまでオレと専属契約した『ヒト族』だ。キメラなんてバレたら大変だからな」
「ふみゅ?ぷぇえ……ご主人様がぁ……しょばに、いてくれましゅからぁ♡ぼたんはあんひんひてあしょべましゅ♡」
たまにこいつの呂律が回らないせいで、何を言ってるか分からん。
並ぶ屋台の一つに、シロクマのおっさんが魔法で氷を製成している姿を見つけた。
つぶらな瞳と此方の目が合う。
「アンタはあの有名な!飼人に服まで着せてまあ珍しい、かき氷どうですか。買って行きます?」
「一つくれ」
金を受け取ると、シロクマのおっさんは親指を立てた。
「ちょいとお待ちを」
おっさんが鼻息を深く吐き出すと、魔力の圧縮が白い球体を生み出す。
紙製の底が深い器に、白い球体がゆっくり落ちてきた。底と球体が触れ合った途端、ぱちんと風船が割れたように弾けた音を響かせる。
器にシロップのないかき氷が出来上がる様子に、ボタンが物珍しげに目を輝かせていた。
カウンターに並ぶ何本もの瓶の中は、色彩鮮やかな合成着色料を映している。
「シロップはどれがいいですかー?」
「……赤いので」
あいよ、とおっさんがいちごのラベルが貼られた瓶を盛大に傾けた。氷の意味をなくすほどシロップが注がれた器を差し出される。食欲をなくしそうな甘ったるい匂いが漂った。
詐欺だろ。
プラスチックのストロースプーンが刺さった器を受け取ってボタンに渡す。
おっさんは「あ、」と声を上げた。
「お客さん困るなぁ、それ餌じゃなくて獣の食べ物だよ」
「ヒトでも食えるだろ」
「農家さんに聞いた方がいいと思うけどねぇ、何があっても責任取れないよ」
「いらん」
ボタンは話を聞いてないようで、目をきらきらさせていた。
食え、と促すとようやく器を口へ運ぶ。スプーンの意味が無いが、好きにさせた。
「あまぁ……」
幸せそうに頬を染めるこのキメラは、こうして見るとやはりヒト族と大差ないように感じる。
細い片腕を掴み、はぐれないよう手を引いてやった。
獣の群れを歩く途中、ギルドの依頼内容を思い返す。
祭りのオークションイベントの警備と言われていたが、指定場所は地下だった。
嫌な予感がする、早めに向かおう。
かき氷と呼べない液体を啜るボタンを連れて、裏道に続く細い通路を進んで行く。
たむろする獣の質も次第に悪くなっていった。毛並みの悪い連中や、傷の入った肉食獣が多くなってくる。
入り口の目印を探して歩く裏路地で、不意に声をかけられた。
「オニーサン」
甲高くて小さな声で呼ばれる。振り返ると、ベージュの体毛に覆われたウサギ族の女が壁に凭れていた。
品の良さそうな毛並みと露出の高い青いドレス。この薄汚い路地裏に酷く場違いだった。
女の小さな手には、鎖が握られている。
「……何か用か?」
「アナタも飼い人に服を着せるタイプなのね。私と同じ」
鎖の先は首輪に繋がれていた。
雑巾のような薄汚い布切れを纏う、伸び放題の黒髪を背中まで垂らしたヒト族が、地面に伏している。恐らくメスだ。
真っ黒な鋭い目は虚ろに揺れ、細く長い手足の爪は鋭く不揃いに伸びていた。尻から何か黒い毛が飛び出して揺れている。
「……アンタ調教師か?」
「ええ、同じね。アナタのお噂は予々。でも私のこの子、ヒト族じゃなくてキメラなの。すごいでしょ」
背に隠れていたボタンが、びりびりと毛を逆立てた。炎のような瞳が見開かれ、殺意を剥き出しにしている。
オレが咎めるように頭を撫でると、身を縮めて威嚇する。
「でももういらなくなっちゃった。薄汚いし、私の魔力が全部こいつに食われそうになるの。質の良いキメラなんてもっといるでしょ。だからアナタもオークションに来たんじゃない?」
「……オークションって」
「ご存知のくせに悪い獣ね。アナタもその子をリサイクルに出しにきたんでしょうに。私もよ。お金は受け取ったけど、回収係が来るまで待つように言われてるの」
オークションが地下で行われ、警備を雇う意味がよく分かった。
オークションにかけられるのは、ヒト族かキメラだ。秘密裏に行われる程度には価値ある売り物が出されるのだろう。
「ああ、早く手放したい!」
高く細いヒールが、地を這うキメラの背を蹴り飛ばした。
喉を引っ掻いたような悲痛な呻き声が響く。弱々しく地面を引っ掻き、キメラは啜り泣いた。
「お待たせしました」
帽子を目深に被るツナギの服を着た男が二匹、路地裏の奥から現れた。
ウサギ族の女は甲高い声で嬉々として語る。
「遅いじゃない!お金は受け取ってあるわ、早く連れて行って。私はもう会場に行かなきゃ」
「かしこまりました。回収致します。キメラとの契約解除はお住みですか?」
「この通り。じゃーね」
女が首を見せる。乱れ一つない毛並みを晒して、女はその場を足早に立ち去った。
鎖を握り締め、回収係は連れ出そうとする。
「頑丈な檻って残ってたっけ」
「これだけ弱ってれば大丈夫だろ、それより服は脱がせよう。邪魔だ」
キメラの喉奥がぐるる、とか細く唸る。
ボタンは不安そうにオレを見上げていた。
「ご主人様……」
「大丈夫、お前を捨てたりはしない。でもな」
オレは回収係の男たちへ声をかける。
「すみません、その子は幾らになりますか」
振り返る男たちはゴリラ族だった。細い瞳と髭を蓄えた面が此方を凝視している。
もう一人ぐらい飼うなんて、オレの最強の魔力なら造作もないことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます