第13話

「ハギちゃんさぁ、性格変わったよね」


ワイングラスを煽りながら、大きな吊り上がった目を細めて、ローズが笑っていた。

酒場にてカウンターで、ギルドの窓口担当のローズと並ぶ。オレを挟んでボタンが座っているが、カウンターテーブルに突っ伏して寝ていた。

せっかく注文したオレンジジュースは半分も減っていない。


今日のギルドの依頼の後にデートでも、と誘われていたので、とりあえず言われるまま酒場に来たが。

このネコ娘がデートに誘う男は、オレが知るだけでも十五匹いる。

支払いは全額此方持ちのクソビッチ猫だ。

性格は悪い奴ではないが、深い関係にはなりたくない。


「オレが変わっただと?」

「えっとねぇ、クールでぇ、ドライになったぁ。私の知ってる、出会った頃のハギちゃんじゃないみたい」

「……どんなだった?」

「昔はねぇ、もっとオドオドしてた。弱くて怯えて、ギルドの仕事は害虫駆除しか引き受けない陰キャの子豚チャン。あとぉ、よく独り言言ってたぁ」

「なんて?」

「本当は俺には凄い力があるんだ、誰よりも凄いんだ。俺の力を見せる時が来たら皆に復讐してやる。俺は凄いのに、周りが気付かないだけなのに。才能を見せる機会がないだけだ。有能な俺を見抜けないアイツらが悪いんだ、絶対に名を残す偉業を成し遂げる才能があるから……やばぁ、一言一句覚えてるわぁ」

「そんなこと言ってたか?」


本当に覚えていなかった。

と言うよりここ数年の記憶が曖昧だ。

……何故気にならなかったんだろう。そう言えば何故俺はコイツを知っている?

ヒト族の、ショウ達とパーティを組んでいた時の記憶は確かにある。ここ一年前後の話だ。

あれ?その前は?


「言ってたよぉ。マジではじめの頃はよく分かんない子だったぁ。調教師の学校出て資格取って、もうそれだけですごいじゃん。私なんて中卒よ?マジリスペクトだわぁ、しかも仕事は地味だけどしっかり無駄なく出来るんだしぃ」

「それは仕事だから……」

「真面目で本当はいい子なんよ。私も他の獣も、見てる獣はちゃんと見てんのに。全然気付かねーの。ほんと、マジ何と戦ってんのコイツって感じだったぁ。別に名を残すような獣にならなくたって良くない?めっちゃ視野狭くて、いじめられっ子の典型みたいなぁ?」


ローズの様子が可笑しい。

猫っ毛を揺らしてからから笑っているのに、どこか虚ろな瞳が泳いでいた。

酔っているのか?


「……俺に言ってるんだよな?」

「アナタに言ってるの。誰かを貶めなきゃ自分を認めてあげられないほど追い詰められてた、あの時のアナタに。もっとそのままの自分を認めてあげて、自分を誇っていいんだよ、って」

「オレには何の話か分からない」

「今じゃハギちゃんに関わる獣もヒトも、みーんなハギちゃんを好きになる、私ハギちゃんの事ぉ、こんなに好きだったっけぇ」


何が言いたいのか要領を得ない。

オレの力を認める言葉にしては、棘があるように感じた。


「オレたちは説教が聞きたいんじゃない、オレの才能を魅せられる仕事が欲しいんだ」

「……ごめんてぇ。今のかっこいいハギちゃんも、昔の暗いハギちゃんも嫌いじゃないよってだけぇ」


オレの知らない話に興味などなかった。

恐らく本題はそれじゃない。

オレが今すべきことは、真意を探ることだ。

ウィスキーのロックグラスを傾け、オレは話を続けた。


「で、今日誘った理由は?普段男を誘う時はいつも一匹だけだろ。契約者とは言え女を連れたオレを誘う意図は?」

「あ、そうだぁ。本題ねぇ。ハギちゃんやるかなぁって仕事、まだ依頼記事に載せてないやつ先に教えとこうかなってぇ」

「成る程」


たまには使えるじゃないか。

オレの力でこなせる仕事ならば、何だって請け負う。

もしヒト族が関わるなら、全力で叩き潰そう。


「とある場所からの依頼なんだけどぉ、失敗が許されない仕事なんだよねぇ」

「どんな内容だ」

「んーとぉ、警備員」


……つまらん。退屈な物を持ってきやがった。


「報酬は?」

「大型金貨五枚」

「……何だと?」

「地域差はあるけど、約70万はくだらないかもぉ」


答えは報酬を聞いた瞬間にほとんど決まっていた。

一応考える素振りを見せて、オレは手元のグラスの中身を一気に煽った。

オレの飲みっぷりに、登木目族のマスターは、リスのような目をキョロキョロさせて口笛を吹いた。


「詳細は」

「オークションの警備員だよぉ」

「……オークション?」

「そぉ。今度第一区の創立記念日があるんだけどぉ……創立祭があるの〜。そのお祭りのオークションイベントの警備。警備はイベントの時間だけでいいし、ボタンちゃんもお祭り連れて行ってあげられるしぃ、どう?」

「乗った」


たかがオークションイベントの警備であの報酬。裏がないわけがない。

だが今の俺の強さなら、出来ない仕事ではないだろう。

野良人退治から既に幾つか功績をあげているのだから。


「礼だ、ここはオレが払う。好きな物を飲め」

「マジ?ハギちゃんちょーう太っ腹ぁ♡ほんと好きぃ〜……ボタンちゃんも一緒に飲めばいいのにぃ」

「寝かせてやってくれ」


元々そのつもりだったくせに、白々しい女だ。

だがローズは他のハンター達より、オレとボタンに対応が甘いのはよく知っていた。

今回も、強さを見込んでの先行依頼。優遇されているのはよく分かる。

礼の一つぐらい必要だろう。


「マスター!マスター!クリスタル・ロゼのボトル追加でぇ〜♡」


やれやれ、調子のいい女だ。

こっそり足される伝票を見る。

なるほど。

オレはマスターにそっと耳打ちした。


「支払いは分割で」

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