第4話★

宿屋の一室にて、男を追放したパーティは談笑していた。ある者はベッドに腰掛け、ある者は壁にもたれ掛かり、ある者は椅子に腰掛けている。

計三人。

女が、「それにしても」と口を開いた。


「ショウってば豚野郎は言い過ぎ〜」


短い栗色の髪の、黒のタンクトップとパンツで筋肉質な腕と脚を露出した女性が、げらげらと品のない笑い声を上げた。

灰色の短髪と丸い目、生地の厚い藍色のマントを羽織った青年、ショウがテーブルに伏せていた顔を上げる。


「タケの豚小屋よりマシだろ」

「まぁね。ウメが一番気遣って頑張ったよね〜。そろそろ本音言っちゃいなよ」


海色のおさげと丸い大きな眼鏡と白衣のようなローブ姿の、ウメと呼ばれた女性。

俯いていた彼女が顔を上げると、底意地の悪い笑みを浮かべていた。


「生温いぐらいでしょう。私も、もっと言ってやれば良かったですわ」


ショウとタケは一瞬目を見開くが、すぐにふ、と笑った。


「本当にな。最後ぐらいきっちり言ってやりゃ良かった」

「デカいしイビキうるせえし」

「なのに自信のなさそうな態度、へこへこ頭下げる情けなさ」

「垂れた耳、でかい豚鼻、似合ってない白髪」

「そのくせに誰より強い腕力と魔法の力」

「虫も殺せないような優しさ」

「自分が傷付いても一切弱みを見せず、俺たちを頼ることもしない不器用さ」

「豚の獣族なのに、ヒト族の俺たちを仲間と呼んでくれる優しさ」

「私たちを無自覚に使役していた底抜けの強さ」

「自分をサポート役だと思い込んでる謙虚を通り越したネガティブさ」

「行き過ぎた自己犠牲精神の塊」


笑い声の中に、徐々に啜り泣く声が混ざり始めた。ウメが眼鏡を外し、溢れる涙を拭っていた。


「……でも、ありがとうぐらい、最後に言いたかった……」


タケがベットから立ち上がり、ウメの頭を抱き寄せる。タケの鋭い三白眼にも涙が滲んでいた。


「ワガママ言うなよ。アイツに本気で嫌われなきゃ意味ねえだろ」

「でも、でも……何で、私たち……ただ手を取り合って一緒に過ごしたかっただけなのに」

「ウチらヒト族が、国境を侵略しにきてる。敵国の獣族とパーティを組んでるなんて知られたら法律違反だ」

「彼の強さや偶然に頼ることは出来なかったのですか……?」


壁に寄り掛かっていたショウが、傍らに立てかけていた大剣を握り締める。

まるで覚悟を示すように、宙を睨み付けていた。


「俺たちパーティの鉄則、第一条。三人と一匹、どんな手を使ってでも全員生き残れ。忘れるな」

「……でも、」

「ハギの強さだって無限じゃない。俺たちヒト族の兵器と文明がここ数年でどれだけ進んでるか、わかるだろ。もうアイツでも、恐らく勝てない」

「ウチも同意。どうせなら全員で生き残りたいわ」

「俺たちヒト族は同種族に甘いが、獣族のハギは確実に殺される。だったら、ハギだけを逃して、俺らも生き残る可能性に賭ける方がずっと利口だ。アイツなら獣族だけの母国へ帰っても一人でやっていける」


ショウは握り締めた大剣を背負い窓の外を振り返った。

外は騒がしく、黒い軍服を着た人間達が、宿の外を彷徨いていた。

種族の抗争が曖昧だった国境へ、ヒトが侵略に来ているという噂は、間違いなかった。


「オカルトの話ではヒトが豚や牛を食っていたらしい、皮肉だよな。現実は獣族にしか魔力はない。獣族はヒト族を食用にしてるってのに」

「豚の獣族にウチらは使役されてたわけだしね。当たり前だけど」

「私の魔法も二人の力も、獣族である彼の、調教師としての賜物です。もっとも、ハギ自身は無自覚だったようですが」

「だからこそ、だろ。大切な仲間で——強すぎて憎い獣族だ」


ショウの一言に、涙を浮かべている二人は顔を見合わせた。

間もなく、二人は声を上げて笑う。


「獣族には負けられないって?」

「ふふ、私はショウの気持ちもわかりますよ。ハギが獣族であっても、認めていたし好きだったからこそ。彼の自己犠牲精神と自尊心の低さにはずっとイライラしていましたわ」

「まぁね。ヒト族にも頼ってみせろよ、ウチらだって魔法がなくても強いんだぞ、ってね」

「ええ、私たちヒト族にはよく回る口と頭があります」

「アイツの身包みまで剥いだんだ、ここで勝てなきゃ嫌われる価値もないね」

「ああ、ハギに証明してやろうぜ」


宿屋の一室の扉が、揺れるほど殴打される音が響いた。

三人が武器を手に、扉へ向き合う。


「人間だけでも生き残れるってな」

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