第5話★

「東のヒトって骨っぽいから嫌い」

「嘘だろ?干し肉に最適だぞ。東しか勝たねー」

「西の白いヒトは脂が乗ってて美味いぞ、知らねえの?」

「俺はあの高級な味が逆に合わねえな、庶民派だし」


深い森の隅に座っていると、通りすがりの旅獣の声が聞こえた。

トカゲ族の頭部が、肩に語りかけている。ネズミ族だろうか。私は東派だなぁ、なんてどうでもいいことを考える。


これからの事を考える合間の小休憩だ。

私が座る切り株の、対角線上にある大木の根元。私の命の恩人が俯いて目を閉じていた。

規則的な呼吸は、寝ているように感じさせる。そのまま寝ててくれよ、頼むから。


私は口に手を突っ込んだ。まただ。長い爪に触れる、鋭利な刃先の感触。

牙が生え変わっていた。これは良くない。握り締めて、根本から引っこ抜く。容易く抜けた。抜いた牙は、焚き火の中へ放り込む。


抜いても抜いても、牙は生えてくる。

飲んでも飲んでも、舌は伸びて行く。

無様な呂律で喋ることしか出来ない私を嘲笑う声が、まだ耳にこびり付いて離れない。


ボタンという名前はいつ授かったものだったか。とうに忘れてしまった。少なくとも十番目以降の名前だ。

奴隷になるのも慣れたもので、今日は記念すべき三十回目の脱走日だった。


この世界に存在する二つの種族、ヒト族、獣族。そのどちらでもない、二つの種族から生まれるのが私たち、合成獣。

おとぎ話で読んだことのある、所謂キメラ。

私たちキメラは、獣族の魔力や強さと、ヒト族の知恵を受け継いでる希少種だ。


高値で取引され、大体は奴隷として、最後は解剖されて生涯を閉じる。

生きたまま解剖される子もいるから、私はまだマシ。脱走出来る強さを受け継いでいるから。


私の母は普通の人間だけど、「あなたのお父さんは誇り高きドラゴンなのよ」と宣っていた。

ばーか、ドラゴンなんて伝説の生き物、信じるか。そんなこと言ってるから殺されちゃうんだ。なんて、小さい頃から自分に言い聞かせる他なかった。


私の特徴は、尻尾と鱗とツノと、爪と牙と長い舌。母はドラゴンとしか言わなかったので、私が何の獣族の間に生まれたのかは知らない。

とにかく逃げるか隠れるように生きてきた。ツノは髪を巻き付けて頑張って隠して、牙は生える度に抜く。舌は出来るだけ引っ込める。袖の長いワンピースで、爪と尻尾と鱗を隠して。せめてヒト族のフリをして。


二本目の牙を抜いた時、布が擦れる音がした。

弾かれたように顔を上げると、私の今のご主人様が、微かに身動ぎする。まだ寝ているようだ。


はち切れそうな白いワイシャツと、灰が混じる白い髪。白に近い肌色の皮膚は見るからに硬い。垂れた耳が時折ぴくりと跳ね上がる。吊り上がった鼻は、まさしく豚族の象徴。でっぷりした顎の肉が、衣類からはみ出していた。

豚族は穏やかな獣が多い、彼らは力も強い。あまり悪いイメージはないので、丁度良かった。


獣族の中でも調教師と来たものだから、神は私を見捨てていない。

調教師は、獣族にしか許されない職業だ。

簡易的な契約によって、生き物の力を借りることが出来る。専属的な契約をすると、さらに力を借りられる。悪用すれば操ることも何のその。

特に、調教師に見初められた合成獣は長生き出来る。合成獣は強いから、調教師相手には重宝される。悪用も虐待もされてきた。でも、奴隷でいるか、解剖されるよりずっとマシだ。


この獣に契約してもらえれば、また私は生き延びられる。

雄という生き物は簡単だ。目を潤ませて上目遣いをして胸を揺らすだけで、専属契約してくれる。呂律が回らない部分は庇護欲を唆るらしい。

虐待が酷すぎて契約破棄をしようとしたら、ビッチと罵られ、先に調教師の方から契約を切りゴミ捨て場に捨てられたことがある。


それでもいいよ。今まで誰も殺さないでくれた。

私は強い。だから返り討ちにあうのが怖いのかも知れない。


だとしても。


殺意を向けられないだけで十分だと思える生涯だった。

だって私はこうしないと生き残れない種族だから。


何代目が忘れたこのご主人様が目を覚ましたら、契約を迫ろう。ワンピースを捲り上げ、自分の腿を見下ろす。

鱗はまだ薄い。

おねがい、契約して。股でも何でも開くよ。胸でも尻でも好きにしてくれ。

少なくとも、今はアンタだけが頼りだ。

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