8, 決意
*
颯一の言う通り、兄貴達が帰ってくることはなかった。颯一を信用していないわけでもないし、悲しいとかそういう次元の話でもない。
ただ、自分の無力さを痛感させられた。私は何も知らないから、何も守れない。
「お前のせいじゃないから、そう悲観するなよ」
と、あの日眠る前に颯一に言われた。その言葉で救われるわけもなく、今も蝕んでくる。じゃあ、誰のせい? という疑問は、何もせず解決に導かれるわけでない。
まだあれから二日しか経っていないが、結局何か行動したというわけでない。こんな世界が許せなくて、巻き込んできた颯一が酷く嫌に思えて。なにより自分がこれほどまで惨めということが、本当に。憎い。
「何かしら、なんでもいいから、とにかく知らなきゃ」
ただ、その思考が脳裏にずっとこびりついている。でも、何から知れば良いんだろうか。
仕方ないから、颯一に相談することにした。面と向かって話そうとするも、何故かしどろもどろといった風になってしまう。どうしたものか。
とりあえず電話をかけてみた。しかし、出てくれなかった。というより、電波が届いていないと言われた。
考えられるのは、“
私はまだ覚えている。時計の針は放課後を指した。本日の予定は相変わらず何もない。鞄を取り、私は教室を後にした。
湊地区に来たのは、何日ぶり、と言えば良いのだろうか。体感的には三日前であるのに、カレンダーの日数的にはタイムスリップでもしなければ数えられない。ここは変わらず、靄のかかったヒトが彷徨い続けている。当たらないように、かつ飲み込まれないように。
そうして政府に到着した。店先には、一輪の彼岸花が咲いていた。現世とは違う時が流れているから、堂々と咲き誇っていられるのだろうか。
なんて考えながら、扉を開く。
カウンターにいたのは、女性だ。栗色の長い髪を高めに二つ括りして、ルビーの宝石を目に宿している。ぽたり、と雫が落ちる音がした。
目の前にいるのは、私の親友。
----臎だ。
「あれ、百合……ってなんで泣いてんの?!」
持っていた紙とペンを置き、カウンターからこちらまで急いで来た。それくらい焦っている彼女に、ふふ、と笑ってしまった。
「あはは…… 臎だ。ちゃんと、いる」
「もー……、泣くか笑うかどっちにしてよね。ま、とりあえず席座りなよ、珈琲くらいなら出してあげる」
促されるままに席に座り、出された珈琲を一口飲む。程よい甘味が包み込むようで、なんだか心地よかった。その様子を見ていた臎は、ばつが悪そうな顔をして、私に謝った。
「ごめんね、前回目の前で死んじって。その様子じゃ、結構ココロに来たんじゃない?」
前回の記憶、そこだけちょびっと覚えてんだよね、と呟き、彼女は申し訳なさそうにする。何故か私は、そんなことない、とは言えなかった。臎のルビーに映る私の顔は、見ていて気分の良いものではなかった。
場の雰囲気を変えようと、一気に珈琲を飲み干し、臎に問いた。
「政府の記録が置いてある場所って、どう行けば良いの」
と。あぁ、あそこか、と言いたげに彼女は立ち上がり、前回煌煇が押したスイッチの前に向かった。
あ、落ちる。そう思ったが、どうやら杞憂のようだ。臎のいる場所の横にあった本棚が動いて、階段が見えた。はぁ、と溜息を吐き、安心していると
「あー、もしかしてだけど、前回
と聞かれた。
「うん、その通り」
「後で締めとく。……書庫は階段降りてすぐ右側の扉だよ」
いってらっしゃい、といって笑う彼女は眩しくて。自分に守り切れるのだろうか、と揺らいでしまいそうになる。
でも違う。
私は彼女を失わない為に、そして家族を取り戻すために、ここに来たんだから。
私の決意が揺らぐことは、この先許したくない。
その思いを胸に、カツ、と音を立てながら、書庫へと足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます