6, 控書
「ね、百合、知り合いでしょ?」
にこにこ笑顔を絶やさず振りまく兄が視界に入ると同時に少女が抱きついて来た。
うわ、と思ったが思っていたほど小さくて軽くて衝撃はあまりない。
「初めまして! おはようです! 沙菜穂です! 宜しくねおねーちゃん!」
元気一杯な自己紹介を言い終えるとにぱーっと笑う。そんな少女はどこか兄の面影がある。
颯一はそんなやり取りを素通りし、私の側にあった荷物を持ち玄関を抜けて行ってしまった。旺耶もそれに続いた所で沙菜穂から「おねえちゃんも入って! お部屋は二階だよ!」と引っ張られ、私は志岐家にお邪魔することとなった。
外観と変わらず、綺麗かつ優しい雰囲気の内装だなと思った。通された当分の自室には日当たりの良い机とベランダがあった。颯一曰くベランダは三箇所あるから好きに使えばいい、との事らしい。
程なくしてリビングに案内された私は兄とさっちゃんの会話を聞く。聞くだけならカップルだ。勘弁してほしい、犯罪にしか聞こえない。
「あ! 先生! またひどいクマ作ってる! 徹夜したでしょ!」
「えぇ……なんでわかるの沙菜穂ちゃん……ちょ、待って、頬っぺたプニプニしないで」
「許さないんだから! ちゃんと寝てよ!」
「ごめんってば」
「アイス奢ってくれたら許してあげる」
「えぇ……将来ちょろい女の子になっちゃうよ」
「兄貴……」
「百合、冗談だからそう拳を強く握らないで」
そんな会話をすませ、二人で外へと出て行った。生徒に見つかったら終わりでは、なんて考えがめぐるが、遠目から見ればただの兄妹、親子に見える。杞憂のようだ。
隣に立っていた颯一は頑なに話そうとしない。せめて何か話してほしい。こう思ったのは初めてじゃないようで違和感を覚える。
「颯一」と呼ぶ。返事はないがこちらの目は見てくれる。だから今しかない。
「この“ループ世界”のこと、ちゃんと教えて欲しいんだ」
相変わらず何も言わないが、ついてこい、と言わんばかりに手招きをした。私の部屋の隣、即ち颯一の部屋に招かれ、指定されたソファに腰掛ける。彼はぽつぽつと話し始めた。
「確認が先だ。お前、前回をどこまで覚えてる?」
部屋に入る前に用意されていた、氷の溶けかけたジュースを口にし、答える。
「ここがやり直しの世界の事と、政府の行き方くらいしか。会話の内容までは覚えてない」
「そうか。……思い出したくなったら政府にある書斎にいけばいい。記録されている」
「わかった」
颯一は近くにあったノートを手に取り、カチカチとシャーペンの芯を出した。
「全部メモしてやるから政府にある自室に入れとけ。彼処は時空の干渉を受けねーらしい。とは言っても時間は流れてるらしいけどな」
「そうなの?」
「現実世界の一分は湊地区の一時間だ。だから睡眠とかは湊地区の方が効率は良い」
「とんだチートじゃん」
「ある意味都市伝説だからな」
前回Emilyから聞いた事、湊地区の地図(といっても行ける場所は限られているからあまり意味は無い)、そして政府の地図をさらりと書き上げ、パタンとノートを閉じた颯一は再度こちらを見る。
「このやり直し、毎回日付だけは違うんだ」
「てことはやり直しされる日に何かあるって事?」
嫌な予感がする。でも聞かないわけにはいかない。これから私が誰も失わないために。
「ターニングポイントは二つだ。一つは臎が死ぬ日。この日にやり直されたのは過去一回だ」
「もしかして前回は一回目じゃない?」
「前回は五周目。そしてもう一つは先生、旺耶さんと沙菜穂の二人が失踪する日だ」
よく言えば予想通り、悪く言えば夢と思いたい。じゃあ今日は……
「今回は二人が失踪する日……?」
「あぁ。……尾行しようとしても無駄だぞ。俺もできなかったし、Emily達にもやるなって言われた」
「そんな……」
そんなこと、あってたまるか、と思う。それでも痛いほど現実である。
だから私はこれまでにもないほど抑えきれない涙を流しているのだろう。
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