第6話 会議

 葬儀が終わった後、病院を訪ねてきた宮井の姉から、陸は宮井のマンションの処分について、さすがに物理的にも精神的にもきついのだが、と相談された。そりゃそうだろうな、と思った陸は、敷金のことなどがあるので最終的には家族に来てもらわざるを得ないが、部屋の片づけ等は何とかする、と約束した。

 宮井の姉は、遺留品などほとんど使っていないものばかりだからよければ必要な人で分けてあげてください、と言った。確かに引っ越しをして一ヶ月ほどしか過ごしていないし、とてもきれいに丁寧に使われていたので、ほのぼの荘の入居者や宮井が通った作業所の仲間たちが、形見分けに、とそれぞれ家具や荷物をひきとっていった。

そうして、一通りのものが処分された上で、最後に残ったのがベッドだった。陸が引っ越し前に宮井と一緒に買ってきて組み立てた木製のシングルベッドで、合板などではなくちゃんとした板を使った、洒落たものだった。陸としては宮井と一緒に組み立てた、思い入れのあるものだし、ほとんど新品同様のそれを、処分する気にはなれなかった。そこで、思い切って宿直室に、仮眠用ベッドとしてこっそり運び込んだのだった。管理者の森田にすら、それは話していなかったはずだった。


 陸は森田が何故宮井さんの名を出したのか、恐る恐る尋ねた。もしかして、自分が勝手にベッドを運び込んだことに気づいていたのか。それならそれでいいのだが、一連の出来事を説明すると森田は、

「あ、あのベッド宮井さんのんやったんかいな。全然気づけへんかったなあ」

 とあっさり否定した。では何故、まだ何も言っていなかったにも関わらず、いきなり宮井さんの名前が出たのか。

「別に深い理由はあらへん。丸山君の顔にそう書いたあったで。宮井さんが亡くなった時と同じ顔してたもん」

 ちょうどその日は、ほのぼの荘運営チームのミーティングがあった。全員が会議室にそろう前に雑談をしていて朝の話を聞いた田中が、目を三角にして怒った。

「宿直室に珍しく新しい家具が入ったと思ってたら、あれ宮井さんのベッドやったんか。なんちゅうことすんねん。そんなんで寝られるか。いや、そんな宿直室で寝られるか。すぐに処分してくれ」

 確かに管理者にすら報告しないで勝手に持ち込んだ陸としては、申し開きの仕様もなく、小声で

「はい……分かりました」

 と答えるしかなかった。運営チームの中には「まあええがな」と味方になってくれそうなスタッフもいるのだが、その日はほのぼの荘の今後のことを話し合うという重要議題があったので、ミーティングが始まるとベッドの話を持ち出すどころでもなかった。そもそも陸自身も、またあんなことがあったら、と思うと処分するしかないのかな、と考えざるを得なかった。


「丸山くんのベッドのことはええとして、今日は結論を出してしまわんとあかんからねえ。その他に話しとくことありますか」

 森田の司会でミーティングが始まった。僕のベッドやなくて、宮井さんのベッドなんですけど。陸はそう思ったが、田中あたりからまた責められそうだったので、呑み込んだ。

「ベッドはええけど、男子トイレの小便器、また詰まってますな。どないかならんもんですかな」

 臨床心理士の岸谷がいかにも深刻な顔を作って切り出した。

「あらもう、配管からして細なってしもてるからなあ。使っても水流さんメンバーがほとんどやさかい、こびりついとんねん」

「前野さん、作業療法士やったら、配管ぐらい取り替えられへんのかいな」

「無茶言いなさんな、岸谷さん。作業療法士のこと、根本的に誤解してますな」

 ベテラン勢が繰り広げる真顔の漫才はいつものことである。森田はよほどのことがない限り、にこにこと笑いながら聞いている。というか、聞き流している。

「お二人とも、今さら設備の話してもしょうがないですやん。そもそも閉鎖するのか建て替えるのか、という決断をせなあかん時に。建替えるんやったら一気に解決するし、閉鎖するんやったら小便器の排水どころか入り口から閉めてまうんですから」

「田中君、うまいこと言うやないか」

 真顔の漫才コンビが声をそろえて返し、田中は苦笑いしながらも、若干まんざらでもない様子である。

「岸田さんはまだ元気ないかな」

 森田が、当直日誌を繰りながら尋ねた。宮井の隣室だった岸田純一は、夏までにはほのぼの荘を出てひとり暮らしを始めようとしていたが、宮井の訃報を聞いて落ち込んでしまい、睡眠のリズムも崩してしまっていた。一週間前には入院させてもらおうか、というくらいになっていたらしいが、担当の岸谷のカウンセリングを受けながら、どうにか持ち直しつつあるという状況だった。

「ピンチは乗り越えたと思いますけどねえ。まあでも、もうちょっと様子見ておいた方がいいでしょうな。薬もちょっと増えてるみたいやしね」

「主治医誰でしたかな、彼は」

「鷺の森先生ですわ。割と細かく薬さわりはるんですわ」

「少なくても、彼あたりが落ち着くまで、大きな動きは待ってやってほしいもんですけどねえ」

 森田のしんみりした口調に、全員が今日結論を出さなければならない議題に気持ちを向けることになった。

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