第4話 失恋記念クリスマス

 クリスマス会、といってもその付近で適当な日をあてるんだろうと思っていたが、やるからにはちゃんとクリスマス当日がいいだろう、ということで、十二月二十五日に実行されることになった。管理者の森田はじめ、他の職員たちはそれぞれに予定があったが、陸だけは残念ながら何の予定もなかったのと、うまい具合に宿直が当たっていたので、職員代表ということで参加することになった。日勤を終えてから向かうので外はすっかり暗くなっており、ほのぼの荘の方では入居者が自分たちですっかり準備を整え終えていた。

 食堂兼集会室にはあちこちにサンタやらトナカイやら星やらの折り紙が貼り付けてある。どれも意外にきれいである。どこから調達してきたのか、ちゃんとしたリースまで飾ってあり、誰かの部屋から持ち出したのであろう帽子掛けに綿やらモールやらをまきつけて、クリスマスツリーらしきオブジェも置かれている。それに、大きな横断幕に「祝・失恋 宮井宗一郎君 残念クリスマス会」と大書されていた。よく見ると、上手に折りたたんだ新聞紙を横に三枚ほどつなげてガムテープで貼り付けたものだった。癖の強い題字は、これまたよく見ると、いつの間にか森田が書いたものらしかった。やり過ぎじゃないだろうか。森田さんまで一緒になって。それにしても、当の宮井には内緒にしながらこっそり準備をしてきた、というのだから、大したものではある。

「どう、大したもんやろ。飾りつけ、みんなでやってんで」

 と明美が得意げに言った。

「あのリースはどうしたんですか。他のが手作り感満載やのに、あれだけ本物っぽいけど」

「えへへ、そう思う?あれもウチがOTで作ってんで」

 OTというのは作業療法のことで、二上明美は週に二回、通っていて、色んなものを作っている。今回の企画を立てた時から二週間くらいかけて作ってきたのだそうだ。テーブルの上には紙コップやらペットボトルのジュースやらスナック菓子やらがいっぱい載せられている。いい感じ。ふと見ると、それらのグッズの端の方に、カメヤマのローソクが箱ごと置いてある。

「これは?」

 陸が手にとって質問すると、なんでそんなことを聞くの、とでも言いたげな怪訝な顔で

「クリスマスゆうたら、キャンドルサービスに決まってるやん」

 と明美。なるほど。

 そんなやりとりをしているうちに、二階の方が少し騒がしくなった。

「な、なんですか、何なんですか。僕は忙しいんですけど」

 と警戒する宮井を、

「まあまあ、お時間はとらせませんから」

 と隣室の岸田純一が、あやしげなキャッチセールスよろしく、なだめながら連れてきた。純一は二十代前半なので、宮井と並ぶとまるきり親子になる。

「先生がおらんと始まらんのですわ」

 宮井は、飾り付けられた食堂まで来ると、あっけに取られた様子でそれら一つ一つを見まわした。その目線が、やがて横断幕に行くとそこでピタッと止まり、しばらくの間あんぐりと口を開けて呆然と立っていた。陸は少し緊張しながら宮井の様子をうかがった。いつの間にか、他の入居者も集まってきていて、同じように宮井を見ている。やがて宮井は、再び目線を泳がせて、テーブルの上の、カメヤマのローソクを見つけて言った。

「これは……何なの」

 明美がすかさず、でも陸に対してした時と違って上ずった声で答える。

「ク、クルシミマス、やなかった、クリスマスゆうたら、キャンドルサービスに、決まってるやん」

 一瞬、沈黙。スベった。よりによってこんな時に。陸が額に手をあてていると、宮井は突然噴き出し、爆笑した。

「ク、クルシミマス、キャンドル・・・アッハッハッハ、ヒー苦しい」

 ひとしきり腹を抱えた後、目尻をぬぐいながら、

「あー、久しぶりに笑った。皆さん、ありがとうございます」

 と一同に向かって、丁寧にお辞儀をした。目尻をぬぐったのは大爆笑をしたからか、それとも別の理由からか。いずれにしても、まず導入は成功したようだ。

 一同がほっとして、思わず誰からともなく拍手が出た。拍手がバラバラと続いている中で、川西栄子が

「ほしたら皆さん、今日は思いっきり楽しもう。メリークリスマス、そして宮井さん失恋おめでとう」

 と大声で宣言した。

「お姉さん、ずるい! それウチが言いたかったのに」

 口をとんがらせて抗議する明美に皆が噴き出して、パーティがにぎやかに始まった。ラジカセからは、クリスマスソングではなく、失恋ソングばかり集めたCDがBGMとして流れている。しんみりした曲ばかりなのに全く影響を受ける様子はなく、ワイワイと盛り上がる。陸が森田から預かってきた差し入れのケンタッキーフライドチキンを出すと、沸きに沸いた。明美が、

「ウチ、これが一番好きやねん」

 と言って骨付きの肉を素早くとると、

「明美姉さんずるいっすよ。ドラムのとこ、俺も欲しい」

 と純一。

「じゃあんけえん……ホイ!」

「あ、めっちゃ後出しですやん。卑怯者オ」

 無邪気なやりとりを、宮井は終始ニコニコしながら見ていた。そんな雰囲気が一時間半ばかり続いたころ、

「そろそろ、クライマックス行こうか。みんなキャンドル持ってや。電気消すで」

 いつの間にか司会者というか仕切り屋になっている川西栄子がカメヤマのローソクを回した。

「先生、キャンドルサービスやから歌わなあかんねん。何にする?」

 と問われて宮井が提案をしたのは、クリスマスの定番になっているものの、思い切り失恋の曲であった。

「いいねえ、先生も分かってきたやん」

 と明美が偉そうに評価する。せえの、でみんなで歌い始めたが、驚いたことに、普段から物静かな当の宮井の声が意外に大きく、また上手だった。宮井はポップスの名曲を演歌調で見事に歌い上げた。後奏まで「じゃんじゃんじゃ~ん」と口マネでやった後、それぞれが手に持っていたカメヤマのローソクを乾杯をするように掲げて、

「メリークリスマース」

 と声をそろえて唱和し、一応のおひらき、ということになった。片付けが終わったころ、宮井は再度、

「皆さん、今日はほんまにありがとうございました。なんかちょっと、元気が出てきた気がします」

 と丁寧にあいさつをした。二十本からのローソクがついていて、傍目からはちょっとあやしい集まりだったが、そのローソクの灯りが電気を消した室内を結構明るく、ほのかに暖かく照らしてくれていた。


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