第3話
朝起きると、寝床から少女の姿が消えていた。
舌打ちをしてから家の外に出る。
少女はすぐに見つかった。
また父のだと言う畑を、少女は昨日と同じ様に耕していたのである。
そして昨日と同じ様にすっ転んでもいた。
「やれやれ……」
男はため息をつき近くの小屋から鍬を取ってくると、少女の横で畑を耕しはじめる。
力強い男の鍬は危なげなく振り下ろされ、少女の数十倍と言っても過言では無いスピードで畑は耕されていく。
少女はそれをジッと見ると、再び鍬をふらふらと持ち上げ、よたよたと振り下ろした。
「危ないからどいてろ」
「やる」
「お前にゃ無理だ」
「やるの」
少女は言うことを聞かず、畑を耕す作業を続ける。
「パパもママもいねぇんだから、畑はもう耕さなくて良いんじゃねぇか?」
「やるの」
「なんで」
「どうしてもやるの!」
最早ただの意地か。
理由なんてもう無いのかもしれない。
ただ、少女にとって両親と暮らした証がこの畑であり、最後に残った家なのだ。
「全く……俺も若くねぇからなぁ」
「若くない、の?としより?」
「年寄りって程でもねぇが……まぁ、嬢ちゃんから見たら似たようなもんか」
男は少し耕しただけで悲鳴をあげる身体の筋肉に鞭打って、少女の横で畑を耕し続けた。
少女もまた、黙々と畑を耕し続けた。
***
日が暮れはじめた空は、血のように紅く染まっている。
ここ最近の夕暮れは、いつもこんな感じだ。
最初の頃こそ不気味に思ったものだが、今では誰もが慣れた紅い空である。
「ほれ」
「う……ん。いただきます」
畑を耕していて忘れていたが、朝から食事を取っていない。
少女の腹の虫がなってから、ようやく男はそのことに気付いた。
日が暮れる少し前に作業を切り上げ、飯の用意をする。
家の竈が残っているから、常より食事の用意は楽だ。
「美味しい」
「そりゃ良かった」
「でもママのがもっと美味しい」
「……」
男は憮然とした表情になると、飯をガツガツとかきこんだ。
少女は男の様子を見て、やはり真似してがつがつと食べ始める。
「う……げほっげほっ!」
「お前は落ち着いて食え」
少女の背中を叩き、男は呆れた様に言う。
少女は咳き込みが止まると、男の手にある水をかっさらい飲み干した。
男は肩をすくめて食事に戻る。
そこで思い出した様に言葉を口に出した。
「明日、村を出るぞ」
「……うん」
「起きたら持ってくもの纏めておけよ」
「……うん」
村に残っていた食料はもうほとんど無い。
少女一人ならしばらく持ったかもしれないが、大の大人がそこに加わることで消費が一気に増えたのだ。
男は幾つか残っていた食料で携帯食を作っていたが、男が元々持っていた食料と合わせても少女と二人ではそれほど長くは持たないだろう。
移動しなければならない。
「畑……」
「諦めろ」
「うん……」
「お前が大きくなったら、ここに見に来れば良い」
「……うん」
納得したのかは分からないが、少女はしっかりと頷く。
男は満足げに頷くと空になった食器を井戸から汲み上げた水につけた。
寝床の用意も既にしてある。
少女が用意した飯を食べきると、二人は即座に寝床へと入った。
日は完全に落ちていた。
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