第2話

「なぁ、お前はなんで畑を耕してたんだ」


 男は村に残っていた食料から自分と少女の分の飯を作って食べていた。

 目の前の少女は口の周りに食べこぼしを沢山つけながら男の食べ方を真似して食事を取っている。


「パパが帰ってきた時に、畑が無いと困るかなって」

「あの畑はパパの畑なのか?」

「うん。家は兵隊さんに壊されたけど、畑があれば、おかえりなさい、って言えるかなって」


 男は微かに眉間にシワを寄せた。

 少女の話を聞く限り、この村の働ける男は兵隊に連れていかれたらしい。

 理由は想像がつく。戦場で戦う兵士にするためだ。

 先の戦争では、そういう貧しかったり戦略的価値の無い村々から連れてこられた連中から死んでいった。

 優先的に最前線に送られたのだから、死ぬのも当然だ。

 この少女の父の生存は絶望的だろう。

 とはいえ、死んだ人間を把握するのも男の領分だ。


「お前のパパの名前は分かるか」

「んとね……ジェームズ」

「心当たりが沢山あるな……ちょっと待ってろ」


 男は自らが背負っていた特大の背嚢を降ろすと、中を漁りはじめた。

 少女は男の作った飯を頬張りながらちょっと待っている。

 しばらくすると男は脈絡も関係性も無さそうな幾つかの小物を取り出した。

 これは男が戦場跡地を歩き続けて集めた遺品達だ。


「見覚えのあるものはあるか?」


 聞いては見たものの、答えは既に目の前の少女の表情でわかる。

 男の取り出した遺品のひとつ、黒焦げになったブローチに少女が手を伸ばして凝視していたからだ。


「これ、パパの」


 良く見れば、今少女が身に付けている母の古ぼけたブローチと似ているかもしれない。

 男の手にあるのは全て遺品だ。

 つまるところ


「そうかい……お前のパパは、天国に行ったな」

「おじさんが送ってくれたの?」

「ああ」

「じゃあ、早く天国に行けるね」

「そうだな……こいつはお前にやる。パパとママのブローチを一緒にしてやれ」

「うん」


 少女はブローチを受け取って、母のブローチと隣り合う様に身に付ける。

 少女はブローチに、よかったね、と話しかけるが、その少女の顔は寂しそうだった。



 ***



 村の中でもまだ無事な家 ─少女によるとルウリィの家─ に入り込み少女と共に寝床につく。

 男と違い、少女は寝る体勢になると即座に寝てしまった。

 戦場跡とはいえ、野党や気の狂ったバカがいつ襲い来るか分からない場所を旅し続けたためか、いくら村の家の中と言えど男はすぐに寝付くことは無い。


「……パパ、ママ……」


 少女の小さな呟きが聞こえる。

 それと同時に男の服をきゅっと少女の小さな手が握りしめた。


「ガキはガキか……」


 少女は眠りながら泣いていた。

 男は困った顔で少女の涙を拭ってやると、自らの身体より酷く小さい少女の身体を抱き寄せる。

 男の逞しい胸は眠る少女に何を思い浮かばせたのだろうか。

 しばらくして、すーすー、と健やかで静かな寝息が胸元から聞こえてきた。

 男は安心した様に少女の頭を撫でる。


「……」


 男は考える。

 少女を拾ったのは良い。だが、連れて行ったとしても身寄りの無い少女が一人で十分に生きていく余裕はこの国には無いだろう。

 知り合いの孤児院に預けるしか無いだろうが、そこまでは距離がある。


「まぁ、どこに行くにしろ暫く移動するのは変わらねぇか」


 どうなるにしても、少女を連れて歩いては仕事はできない。

 男の中で少女をその知り合いの孤児院に預けるのは半ば決定していた。

 あそこなら、この娘の面倒もみてくれるはずだ。

 男は勝手に自己解決すると、目を閉じて眠りにつくことを選択した。

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