乾いた地で【短編】

第1話

 風の吹きすさぶ戦場跡を男が歩いていた。

 終戦が宣言されてから数日が経っている。どれほど戦線が広がったのかは分からないが、少なくとも男が歩いて一日で踏破できる程に狭い距離で無い。

 それでも戦火に焼かれた死体が無惨に転がる光景は、どこを見ようと、どれだけ歩こうと変わることは無い。


「……これで998人目」


 男の仕事はその“残り物”の掃除だ。

 おびただしいと言える程の死体を焼き、身元を証明できそうな遺品を回収していく。

 ときおり息が残っていたり、気が狂ってしまった連中に出会うこともある。

 助けられない奴は楽にしてやるのも男の仕事。目の前の炎に包まれる兵士の様に。


 その最中である。


 男が村を見つけたのは。



 ***



 家々の殆どは黒く焦げた瓦礫の山になっていた。

 既に生きる者の無い筈の村で、見た目からして歳は6にも満たないであろう少女が、畑を耕しているのを男は見つける。

 少女の体に鍬は大きすぎる。よたよたと振り下ろした鍬を再び持ち上げようとして、少女はバランスを崩して転んだ。

 一瞬下唇を噛み泣く寸前の様な表情を作ったが、畑の端で少女を見つめる男と目を合わせた途端に少女はその表情を消す。

 そしてまた、男を無視して小さな体には大きすぎる鍬を使って畑を耕しはじめた。


「おい」


 男が声をかけると、ぴたっ、と動きを止めて泥だらけの顔を男に向ける。

 少女の顔に怯えはない。


「お前一人か?」

「うん」

「親はどうした?」

「パパは兵隊さんに連れてかれたの」

「お前のママは?」

「あっち」


 少女が指差したのは小さな小屋だ。

 男は小屋に近づき扉を開けると、中では藁で編んだ布団にくるまれて女性の死体がひとつあった。

 死に方からして餓死だろう。ただ、その足は瓦礫に挟まれている。

 小屋の半分は何故か ─十中八九戦闘の余波だろうが─ 崩れていた。


「これか?」

「うん。ママね、動かなくなったの。起こしてもね、起きないの」

「……」


 恐らくは、自分の娘を逃がそうとしたのだろう。しかし、この少女は幼すぎる。一人ではどこにもいけまい。

 残った食料を全て与えて娘を生かそうとしたのか。

 人が通れば少女は拾われ、この村から離れられる。

 少女が生きている間に誰かが通ることに期待し、そして男が来たことでその願いは叶えられた。

 そこまで想像して、目の前の死体を見ながら男は少女に言葉をかける。


「お前のママなぁ……死んだんだよ」

「死んじゃったの?うるさいエドじぃみたいに?」

「ああ、そうだな。もう動くことは無い」

「そっか」


 少女は自らの母の亡骸を見つめていた。

 死ぬ、というのが分からないのかもしれない。それとも、案外分かっていてこうなのか。

 男は亡骸に近付き膝を落とすと、亡骸に身に付けられていた古ぼけたブローチを取り外した。

 それを少女に渡すと、男は亡骸に再び向き直る。


「何か、最後にママに言いたいことはあるか」


 少女は少し考えて、またね、と言った。

 聞き届けた男は、少女の母の亡骸に、火をつけた。


「……これで、999人目」

「おじさんは、死んだ人に火をつけるの?」

「ああ。そうして、早く天国に行ける様にしてやんのさ」

「じゃあ、ママも早く天国に行くのかな」

「ああ……」


 よかった、と少女は言った。

 少女はやっぱり、下唇を噛み締めて今にも泣きそうな表情だったけれども、決して泣くことは無かった。

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