第58話 ずっとそばにいてほしい




「ただいまー!!」


「主人殿、よく無事で戻られたのぅ」


「レオン様が戻って、これでいつも通りねぇ」


 ベルゼブブとアスモデウスが、エントランスで出迎えてくれた。荷物も人数も多いので、ルディに城のエントランスにつなげてもらうよう頼んだのだ。

 ロシエルも十分回復したので、ようやくメイリルの宿屋から引き上げることができた。


「ルディ、ありがとう! 助かったよ」


「お礼はいらないです。その代わり、二度と身代わりやりません」


 ちょっと涙目になってる。本当に悪い事をしたなぁ……しばらく休みでもやろうかな。



「みなさんに、お土産いっぱい買ってきましたよー!」


 荷物を運び終えたグレシルが、空気を読まずに荷物をひろげはじめた。


「家ってここ? え、お姉ちゃん! 本当にここ!?」


 ロシエルはめちゃくちゃキョロキョロしてる。落ち着け。


「レオン様! オレたちにも部屋もらえるんですよね?」


「ああ、用意できてるから。見てきていいよ」


「はいっ! アシェル! 見に行こうぜ!」


「あ、待ってよ!」


 少しすると「うわ——!! すげぇ!!」とか「やった! ひとりのベッドだ! フカフカ!!」とか賑やかな声が聞こえてきた。


 そして、一緒に出迎えてくれた、奴隷から解放した獣人族や魚人族の人たちが、一斉に膝をついて頭を下げてきた。


「レオン様! 我らはレオン様に返しきれないご恩があります。どうか、この城でレオン様のために働かせてください!!」


「え、いいけど……全員なの?」


「「「「もちろんです!!」」」」


「おぉ、よろしく……な」



 何だか一気に騒がしくなったんだけど……大丈夫か? これ。まぁ、困る訳じゃないしいいか。



 でも、このあと俺には地獄が待ち受けていた。




    ***



 レオンは執務室で、溜まりに溜まった書類仕事を片付けていた。ブルトカールに抜け出してからと、ベルゼブブやアスモデウスが倒れた事によって、大量の仕事が残されている。



 元はと言えば俺のせいだし……でも、終わりが見えない……!! ベルゼブブもアスモデウスも、まだ病み上がりだから無理させたくないし!!



 その一心で机に積み上げられた書類を、ガツガツ処理していく。何時間たったのか、ふと集中力が切れた。

 長いため息を吐いて、こり固まった肩をほぐす。もう夜中だろうか、周りの音も聞こえてこない。


 そこにコンコンと小さなノックの音が響く。

 こんな時間に誰だ……? 時間も遅いので、そっと扉を開けた。


「あ、レオン様……邪魔してごめんなさい」


「いや、ちょうど集中力切れたところだから、大丈夫」


「そう、よかった。あの、お茶持ってきたの。よかったら一緒に飲もうと思って。入ってもいい?」


「うん、もちろん」



 ベリアルを好きだと気づいてから、初めてふたりきりになる。やばい、意識すると緊張してきて何も言葉が出てこない。


 ソファーに並んで、ベリアルが入れてくれたお茶を飲んでいる。美味い。いや、そうだけど、そうじゃなくて。

 ベリアルが紅茶を半分ほど飲んで、口を開いた。


「ねえ、レオン様、何か欲しいものとか、して欲しい事、ある?」


「いや……」


「ふふ、そういうと思った。あのね、私、ロシエルを見つけてくれて、レオン様にすごく感謝してるの」


「うん」


「だからね、感謝の気持ちを示したいの。でも、レオン様は何も求めてくれないから……」


 うん? ベリアルは何が言いたいんだ?


「だから……」


 夕日のような瞳と視線がからむ。ソファーに並んでるから、距離が近いと思った時だった。



 ベリアルが触れるだけのキスをした。



「こ……これしか、思いつかなくて……!」


 真っ赤になりながら、言い訳している。

 俺は、固まって動けなかった。その、この前みたいな、人命救助でもなく、ただのキスだったから。

 ベリアルからキスしてくれた————


「じゃぁ! おやすみなさい!」


 俺が固まってるからか、気まずさと恥ずかしさに染まったベリアルは、慌てて立ち上がる。

 瞬間的に腕を掴んでいた。


「えっ————」



 驚いた顔のベリアルに構わず、そのまま引き寄せて抱きしめてた。もう、勝手に動いてた。だってさ、仕方ないだろ。

 好きな人からキスされて、真っ赤になって、めちゃくちゃ可愛かったんだよ!!

 ヤバい、心臓バクバクしすぎて、多分ベリアルにも聞こえてる。


 ふと、テオの言葉が蘇った。


『自分のものにしたいなら、さっさと捕まえろ』


 そうだな、多分もう他の人じゃダメっぽいし、いますぐ捕まえよう。



「……ある」


「ふぇ?」


「して欲しい事、ある」


「えっ! な、なに?」


「ずっと俺のそばにいてほしい」


「……っ!!」



「好きだよ、ベリアル」



 そして、今度は俺から口づける。今度はベリアルが固まっている。

 ふっと微笑んで、もう一度キスをして「返事は?」と尋ねると、史上最高の笑顔でうなずいてくれた。









    ***




「こうして、大魔王様はルージュ・デザライトだけでなく、世界中の国の架け橋となって、この世界を平和にしました」


 ベリアルは読み終えた本を、そっと閉じる。タイトルは『追放されたエクソシスト、大魔王になる』だ。子供でも読みやすいように、表現が簡単で世界各国で発売されている。


 著者はなんとロシエルだ。ベリアルの話を聞いて、書いてくれる人を探したけどいなかったので、自分で書くことにしたらしい。

 ヴェルメリオで発売された時は一悶着あったが、今では至って平和だ。


「お父さま、すごいねー!」

「すごいねー!」


 ふたりの娘たちは、この話が大好きだった。自分の父親が活躍する本なんて、そうそうない。いつもせがまれて、読んでいた。


「そうね、今では魚人の国もエルフの国も、同盟国だものね」


「お父さま、かっこいい!」

「かっこいい!」


 その時、開けっ放しのテラスドアからふわりと風が舞い込んでくる。




     ***




「ただいまー、あー、疲れた」


「レオン! おかえりなさい!」


「「お父さま! おかえりなさい!」」


 ひと仕事終えて帰ると、いつも寝ているはずの双子の娘たちが起きていた。最近は魔物が活性化していて、調査のために帰りが遅くなりがちだった。


 またあの本を、読んでもらっていたみたいだ。

 恥ずかしいからやめてくれと言っても、お父さまかっこいいのに……と悲しそうに言われてしまうと、結局許してしまう。


「あれ、まだ起きてたのか? じゃぁ、みんなで一緒に風呂入るか?」


「「はいるー!!」」


「じゃぁ、準備してくるね」


 俺の最愛の妻は、いそいそと風呂の準備をはじめる。それを横からさらうように抱きしめて、ただいまのキスをした。


「ベリアル、ただいま」


「もう、わかったから! ほら、お風呂の準備してくるから!」


 真っ赤になってたから、恥ずかしいのか? そんなベリアルも可愛いけどな。


 そうだ、ノエルとアリシアにも待望の子供が生まれるから、赤子用のお湯が出る魔石をプレゼントしよう。あれも中々評判がいいんだよな。


 世界は少しずつ変わってきていた。種族ごとで国を作っていたけど、今では行き来が盛んになり、違う種族で結婚するケースも増えている。


 魔物が増えてきて注意は必要だけど、世界中の国が俺とノエルの同盟に加入している。いざとなったら、みんなで力を合わせてどんな事も乗り越えられる。

 想像以上の結果になってビックリだけどな。



 愛する妻と可愛い子供に囲まれて、俺はとても幸せな毎日を送っていた。




 そして、これからもずっと、心のままに生きていく。



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