第54話 観光の時間です

 ロシエルの隷属の首輪も無事に外されて、まずは弱った身体を回復させることにする。

 クリストファーには賓客として城に来いといわれたが、自由に行動したかったので断った。堅苦しいのは苦手だし。


 ベリアルからサリーに頼んでパワードリンクを持ってきてもらい、ロシエルに定期的に飲ませている。ベリアルは看護のために、宿屋でロシエルと過ごすことになった。


 何故かルディにはつながらなくて、サリーに聞いてみたけど、大丈夫だと言うばかりだった。





 調印式から一夜明けて、突き抜けるような青空が広がっている。今後の予定の確認のために、レオンはノエルの部屋を訪れていた。



「俺たちはロシエルが回復するまで、ブルトカールに残るよ。ノエルたちはどうする?」


「そうだね、明日の午後ヴェルメリオに戻るよ。せっかくここまで来たし、みんなよくやってくれたから、今日は休日にする」


「そっか、じゃぁ、お互い自由行動な。また明日の朝に来るよ」


 そう言って、レオンは悪魔族たちが滞在している部屋に戻っていった。


「ノエル様、私は部屋で休ませていただきますわ」


「わかった。ゆっくり休んで」


 エレナは「それでは」と淑女の礼をして、自分の部屋へと戻っていった。五番隊の隊員たちに多いのだが、他人の気持ちを察しすぎて気疲れしてしまい、独りの時間が必要な者も多いのだ。


 今日は一日、そっとしておこうとノエルは思う。

 そして何よりも、今日を休みにした最大の目的を果たすため、まずはテオから攻略しにいく。

 小声で「テオ」と呼びかけた。


「今日だけど、何か予定はある?」


「そうだな、奥さんと娘にお土産……え、いや……レイシーと情報収集して……くるよ」


 テオは途中まで言いかけて、ノエルのドス黒いオーラに気がついた。


 もしここで、お土産を買いに行くと言えば、きっとアリシアも一緒に行きたいと言うだろう。そうすると、明確に断る理由がないから、ズルズルと行動することになる。


 ノエルはアリシアとの結婚を認めてもらうために、アリシアの父からある条件を出されている。そのため、ストレートにアリシアに好意を示せないのだ。


 だからいつも、アリシアの気持ちが他にむかないよう、涙ぐましい努力をしている。それはテオも理解していた。


 そしてノエルは今回、買い物に行くことを阻止したいのだ。テオは、涙を飲みながら空気を読んだ。


「そうか、残念だね。じゃぁ、僕はアリシアと二人で観光してくるよ」


 そして他のふたりに聞こえないように、そっと耳うちする。



「あぁ、いい情報があったら特別報酬出すから頑張ってね。二人目の赤ちゃんのためにも」



(……っ!! どこでその情報つかんだんだ!? まだ親にも話してないのに! ダメだ、あいつには勝てない……!)




 テオはこれで大丈夫だ。あとはレイシーか。


「レイシー。ちょっといいかな」


「なんでしょう?」


 アリシアから見えないように、さりげなく立ち位置を変えながら、レイシーに封筒を渡す。

 不思議な顔でそれを開けたレイシーは、目を見開いた。


「暗器専門店の場所と、小切手だ。今日はこれで納得してもらいたい」


 小切手には金額が書かれていない。つまり好きなだけ使えと言うことだ。今まで手が出なかった物が、好きなだけ買える。

 レイシーは「承知しました」と嬉しさを噛み殺して、平静を装っていた。




     ***




 レオンとグレシル、ライルとアシェルの四人は、首都メイリルの観光名所、アスレチックガーデンに来ていた。


 ロシエルに休養が必要なため、城に戻るよういったのだが、俺から離れたくないと聞いてもらえなかった。


 仕方ないので、うるさくならないように外に連れ出すことにしたのだ。ベリアルも、それはもう満面の笑顔で送り出してくれた。


 俺の城が二十個くらい入る広大な敷地に、大人仕様の木製の遊具が設置されている。おすすめは冒険コースで、道なりに置かれた遊具や罠を、クリアしていくというものだった。


「レオン様! これやりたい!」


「ボクも! ボクは十一歳だから大丈夫だよね?」


 案内板の注意事項には、対象年齢が十歳からとあった。ちょっと待て。もうひとつ、気になる記載がある。


『一度挑戦したら、後戻りはできません』


 なんで遊ぶための設備で、こんなに追い込んで来るんだ? これ、子供も遊んでいいんだよな?

 念のためライルとアシェルに確認してみる。


「最後までやり遂げるなら、いいぞ」


「「「やりますっ!!」」」


 えっ! グレシルも!? めちゃくちゃヤル気だ……!


 グレシルを見たら、その瞳は闘志にあふれ、ギラギラと光っていた。まぁ、みんな楽しそうだしいいか。


 ————そう思ったのは、最初の初級編が終わるところまでだった。




 いま俺たちは、なんとかギリギリで中級編をクリアして、上級編まで進んでいる。


「アシェル! 左から来るぞ! 避けろ!!」


「えっ!? うわっ!」


 すごい勢いでアシェルの左から、太い丸太が飛び出してくる。細い丸太橋の上を、バランスを取りながら歩いていてアシェルは反応できなかった。


 丸太橋は地上三メートルに設置されていて、下には川が流れている。丸太をまともに食らったアシェルは、川へと落下していった。


「「「アシェル!!」」」



 俺思うんだけど、どう考えても対象年齢が低すぎないか?

それとも獣人族なら余裕なのか? いや、ライルとアシェルも獣人族か。



「踊る竜巻バイラ・トルネード!!」


 グレシルの放った風魔術が、上手い具合にアシェルを拾いあげた。元位置に戻ったアシェルは、すごく楽しそうに笑ってる。


「あはははは! 死ぬかと思った!!」


 いやいやいや、俺は保護者として笑えないから!!

 だけどなぁ、特殊な結界がはられてて、本当に後戻りできないし、聖神力は使えるけど空は飛べないんだよな。


 さっき飛ぼうとしたら、隠して設置されていた魔道具が発動して、ミンチにされるところだったんだ。ズルはダメってことだな。


 翼だけなら大丈夫みたいなので、念のためそのまま出しっぱなしだ。魔力は使えるし、獣化もできるみたいだから、グレシルに頼りきっている。


 俺は気配感知をしながら、先頭を歩きつづけた。丸太橋から洞窟へ道は続いていて、やたら天井の高い人工的に作られた通路を進んでいる。


「……っ! 何か来る! みんな、気をつけろ!」


 念のために攻撃から身を守る結界は、全員にはってある。そこでやってきたのは、巨大な丸い岩だった。


 ここでお約束みたいなヤツ来るのかよ!?


 試しに紫雷を落としてみたが、バチンッと弾かれてしまった。俺の雷を弾くんだから、かなり強力な防御結界が施されているみたいだ。


「上に逃げられるか!?」


「はいっ! やってみます!」


「たぶん大丈夫!」


「レオンさま、任せて!」


 俺はまた隠された魔道具がないか警戒しながらも、ギリギリで避けられる高さに舞い上がる。

 後ろの三人も上手いこと避けたようだ。そこへ、前方から十数本の矢が飛んでくる。


 ほんと、なんだよ、このエゲツない仕様は!? うちのアシェルでもギリギリじゃないか! 普通の獣人族じゃ絶対ギブしてるぞ!?


 サクッと紫雷で撃ち落とし、元の通路に戻る。そこでライルが叫んだ。


「あっ! あれ、出口じゃないですか!?」


「おお! やっと出口かー!!」


「やったね! 上級もクリアできたね!!」


「さすがレオンさまですっ! ライルとアシェルも頑張ったね!!」



 意気揚々と四人は出口にむかう。そして、上級編クリアのご褒美として景品をもらい、ホクホクで宿屋に戻ったのだった。




     ***




「陛下、あの施設をクリアした者が出ました」


「何っ!? それは三年ぶりではないか? すぐにスカウトして……」


「それが……こちらをご覧いただけますか?」


 クリストファーは渡された書類に目を通す。


 メイリルの観光名所のアスレチックガーデンは、密かに身体能力や魔力の強いものを選別するための施設だった。


 通常は初級編をクリアしたら、そのまま脱落していく。三割ほどが中級編を進み、上級編まで進むのは一割ほどだ。

 ましてクリアできるものは、ここ何年かあらわれていない。


 上級編へ到達したものは、景品を渡す際に連絡が取れるようにして、あとでこっそりスカウトしていたのだ。


「ルシフェルたちか……なんというか……スカウト……」


「無理でしょうね」


「だよな……まことに惜しい……」


「本当に規格外な方達ですね」


 クリストファーは大きくうなだれた。でも、盟友のその実力に頼もしさも感じてもいる。


「ルシフェルなら、仕方ないな」


 クリストファーは次の書類へと意識をむけ、執務に戻っていった。


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