第53話 恩義のカタチ
『アスモデウス……あとは……頼む』
『待って! ベルゼブブ!』
ベルゼブブが私の手からこぼれ落ちるように、灰になっていく。
そんな……治療薬はたしかに聞いたのに、何故!? いや! 逝かないで!! ベルゼブブ!!
『アスモデウス様……レオン様を……お願い……』
『アスモデウスさま……ごめんなさい……私も……』
『ベリアルとグレシル……? だって貴方たちは、ブルトカールに……』
ベリアルのつま先から、グレシルは指先から、サラサラと灰になっていく。腕を掴んでも、身体を抱きしめても、すべて手のひらからこぼれ落ちていった。
なぜ!? お願い、だれも逝かないで! 私が何だってするから……足りないなら、もっともっと薬も作るから!!
『アスモデウス』
大切な人の声だ。後ろを振り返ると、あの大好きな笑顔で私を見つめている。
『レオン様!』
近寄ろうとして、体が動かないことに気づいた。そうしているうちに、レオンは漆黒の翼をはためかせて、舞い上がっていく。
『レオン様! 待って! どこに行くの!?』
『じゃぁな、アスモデウス』
最後にとても優しく微笑んで、レオンも灰になっていく。
『いやああああ! お願い! ひとりにしないで! レオン様!! お願いだから逝かないでーー!!』
真っ暗な絶望の中に落ちていく。自分が涙を流していることに気づいた。そこで意識が急浮上する感覚に襲われる。
夢……だったのね————
イヤな夢だった。また全てを失う夢。冷や汗をかいていたのか、背中がじっとりとして気持ち悪い。
とても重いまぶたをゆっくりと開けてみる。ベッドサイドにフィルレスが立っていて、真剣な表情で何かをしていた。
「神羅万象の
とても優しい暖かい光が降り注ぐ。まるでふわふわの毛布に包まれているような、そんな感覚だった。
自分の中で渦巻く魔力が少しずつ、だけど確実に流れはじめる。
なんて……心地いい光なのかしら……フィルレスの優しい気持ちがにじみでてるみたい————
あまりの心地よさに、まぶたを閉じる。アスモデウスはそのまま穏やかに眠りについた。
「う……ん……」
すこし肌寒さを感じて、アスモデウスは目が覚めた。
身体が楽になっている。あの異常なまでにふわふわして、魔力が渦巻いている感覚はもうなくなっていた。
どれくらい眠っていたのかしら……?
身動きしようとしたけど、左手が動かない。そして左手だけが暖かい。
視線をむけると、手を握ったままベッドに突っ伏して眠っているフィルレスが目にはいった。
ふふ、疲れて眠ってしまったのね。何か大きな魔術でも使ったのかしら? でもこの状態で起きたら、フィルレスの性格だと確実に悪態つくわねぇ。
アスモデウスは考えた。病み上がりでフィルレスの悪態は避けたい。できることなら、この心優しい少年の素顔をもっと見てみたい。
となると、やっぱりここは……寝たふりかしら?
仕方なくそのまま横になっている。窓に目をむければ、外はもうだいぶ明るくなっていて、他の悪魔族たちも働き始めているようだ。
それにしても、フィルレスの手は暖かいわねぇ……。
優しく握られいる手は、少年のわりにゴツゴツしていて硬いけれど、とても暖かい。すこし力が入ってしまい、刺激したのかフィルレスがモゾモゾ動き出した。
アスモデウスは目を閉じて、眠ったふりをする。
「うっ……いって……」
衣擦れの音と、様子をうかがっている気配がする。
「はぁ……ぜんぜん起きる様子ないな。診察行ってこよ」
そう呟いた声が聞こえて、足音が扉の方へ進んでいく。「いや、お腹すいたな」と独り言をいいながら、食堂にむかったようだった。
完全にフィルレスがいなくなってから、アスモデウスはゆっくりと起き上がり、こらえていた笑いを吹きだした。
「あははっ! フィルレスったら、なんていうか……可愛らしいわねぇ」
作り置きのパワードリンクを飲んで、ほぅっと力を抜く。
ソファーの前のテーブルに、見慣れない薬草が置かれている。薬草を見て、温室のことを思い出した。
フィルレスが戻ってきたら、温室を見せてあげよう。もし欲しいと言えば、アイシンカグラも株分けしてあげようか……。
まるで年の離れた弟を可愛がるような、そんな気持ちになるアスモデウスだった。
***
「王家の名において、この契約を破棄する。
クリストファーをはじめとした王族たちは、彼らしか起動できない極秘の魔術を使って、城に連れてきていた人たちを自由にしていった。
回収した貴族たちは爵位と領地を返上のうえ、私財も没収となった。さらにこれから罪人として流刑地に送る予定だ。
奴隷商人たちも私財は没収、同じく罪人として流刑地に送られる。
貴族と奴隷商人から没収した私財は、すべて解放した人たちのために使われた。
他国からさらわれた者には、帰国の費用を渡し、住むところや職が見つかるまでの生活費などとして、一時金を全員に配ったりしていた。
この日はロシエルの奴隷契約を解除するために、ベリアルとレオンやノエルも一緒に王城に訪れていた。レオンは悪魔族の角と仮面を付けている。
城の侍従に声をかけられて、案内されるまま付いていった。
「……お姉ちゃん、ほかの人たちは別のところに並んでたよね? なんで私たちだけ、こっちなの……?」
いきなり別のところへ案内されて不安になったのか、ロシエルがベリアルにピッタリと寄り添っている。
「さぁ……? レオン様、何か知ってる?」
「あー、わかるけど、ノエル、説明たのめるか?」
回り回って結局は僕か……と内心思いつつも、このメンツでは仕方ないとノエルは諦めた。
「…………罰を受けるわけではないから安心していいよ。あ、ベリアルにはあとで手伝いを頼みたい」
「手伝い? いいけど……なんなの?」
「難しいことじゃないから大丈夫だよ」
そうしているうちに、ひときわ豪華な両開きの扉の前で、侍従が立ち止まる。
「こちらでございます」
促されるまま、進んでいくとクリストファーとエンリッチ公爵が、黒いベルベットのかかったテーブルで待ち構えていた。
「よく来てくれた。先日は世話になったな」
「いや、暴れられて逆にスッキリしたよ」
「ハハッ、そうか。それはよかった。では早速だが調印式を始めてもよいか?」
「よろしくお願いします」
「ああ。ベリアル、頼む」
(えぇ! 手伝いって、調印式の契約書のことだったの!? ちょっと……心の準備がっ……!!)
こうして実にあっさりと調印式は終わり、ロシエルはクリストファーに隷属の首輪を解除してもらった。
同盟を結び、敬称はいらないとクリストファーが言い出したので、互いに名前で呼び合うことにする。
そして、レオンにとってもう一つの目的を果たすため、慎重に話をきりだした。
「なぁ、獣人族って風呂が好きって聞いたんだけど……」
「うむ、そうだな。たしかにこの地方は寒冷地ゆえ、風呂の文化は根付いている。それがどうした?」
「実はさ、俺の国でいろんな種類のお湯が出る、風呂専用のダイヤルを開発したんだよ。それでクリストファーが使ってみて、良かったら他の人にも勧めてくれないか?」
「この私を宣伝に使う気か? たいした度胸だな! ハハハッ」
考えてみればそういう事かと思ったけど、クリストファーが豪快に笑っているので、そのまま話をすすめる。
「クリストファーにはサービスで、最初の魔石はタダでつけるよ」
「いや、構うな。いい値で買い取るから、あとで詳しく話そう。世話になった礼だ」
「やった! ありがとう!!」
「これからも我らブルトカールは、ルージュ・デザライトとヴェルメリオに恩義を返していこう。何でも言ってくれ」
それを聞いていたノエルも、ミラージュ公爵家で取り扱いたいから、風呂のダイヤルが欲しいと言い出した。もちろん喜んで了承する。
俺の発案した風呂のダイヤル、売れるといいな……とレオンの夢は広かった。
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